伝統と挑戦で次世代に繋ぐ。まっすぐで正直な月寒あんぱん
恵庭市事業者の想い
文:本間 幸乃 写真:斉藤 玲子
約120年の歴史をもつ、北海道の銘菓「月寒(つきさむ)あんぱん」。おまんじゅうのような見た目と食感が特徴的な、唯一無二の「あんぱん」です。
1日の製造個数は1万5,000個、繁忙期には3万5,000個にものぼり、近年では『ゴールデンカムイ』とのコラボレーションも注目を集めています。

「月寒あんぱん」を軸に“攻めと守り”で生き抜いてきた、株式会社ほんまの5代目・代表取締役社長の本間幹英(みきふさ)さんに、これまでの歩みと商品への想いをうかがいました。

想像から生まれた「あんぱん」とともに歩んだ120年
明治39(1906)年の創業以来、ほんまの看板商品である「月寒あんぱん」。このユニークな「あんぱん」はどのように生まれたのでしょうか?

ーー「月寒あんぱん」誕生の経緯を教えてください。
本間:月寒あんぱんは、明治7(1874)年に大沼甚三郎氏が開発したものです。大沼氏は月寒村(つきさっぷむら、現・札幌市豊平区周辺)にあった陸軍歩兵第25連隊内で、菓子販売を行っていた人物です。
ちょうど、東京の木村屋で「桜あんぱん」が人気を博していた時代。
「甘くてどっしりとした“あんぱん”を食べてみたい」という第25連隊の連隊長と、大沼氏の想像と工夫のもとに、作り上げたのが「月寒あんぱん」です。
ーー「あんぱん」の実物は見ておらず、想像で。
本間:はい。その結果、おまんじゅうのような独自の「あんぱん」が生まれました。
その後、大沼氏から指南を受けた「ほんま」創業者の本間与三郎が、陸軍とその家族向けに「月寒あんぱん」の製造・販売を始めました。
当時「月寒あんぱん」の製造業者は当社を含め7社ほどありましたが、戦争による物資不足や徴兵により製造は中断。戦後復活したのは当社のみでした。
昭和21(1946)年に製造を再開してから約80年、ほんま一社で「月寒あんぱん」の歴史を繋いできました。

ーー戦後も「月寒あんぱん」一本で続けてこられたのですか?
本間:昭和40年代からは、並行してショッピングセンターの経営も始めました。店内にほんまの売り場を作り、洋菓子も製造・販売していましたね。
昭和50年代には、西友の北海道1号店が月寒にオープンし、ほんまの直営店が入りました。全国の百貨店への出店を始めたのもこの頃です。
道内外に販路を広げたのは、4代目の代表・栗山光道(こうどう)です。
栗山が中心となって築いた販路拡大の流れを受け継ぎ、現在も全国の北海道フェアや北海道物産展には力を入れています。

「ほんまにしか作れないもの」を。生き残りをかけた方向転換
「月寒あんぱん」を軸として事業を拡大してきた「ほんま」。その5代目として本間さんが着任したのは平成17(2005)年、大きな節目のタイミングだったと言います。
ーー事業継承の話がきたのはいつ頃ですか?
本間:私が34歳の頃ですね。当時は会社員で、家業を継ぐことは全く考えていませんでした。
ーーそこからどうして引き継ぐことになったのでしょう。
本間:翌年に創業100周年を控えていたことに加え、4代目が高齢だったことから、私に白羽の矢が立ちました。
「本間が立ち上げた会社なのだから、本間家の人間がやるべきだ」と。話をもらった時は迷わず決心しましたね。
ーーすぐに気持ちを切り替えられたのですか。
本間:幼い頃から身近にあった「月寒あんぱん」が、私の想像を遥かに超え、多くの方から支持されているのを傍から見ていました。ですから、できる限り存続させたいと考えていたのです。
自ら関われる喜びや意欲の方が大きかったですね。

ーー5代目として着任されてから、変えたことや挑戦されたことはありますか?
本間:どんどんチャレンジしていくべきものと、絶対に変えないもの。一番意識してきたのは、この切り分けです。
競争の激しい北海道の菓子業界で生き残っていくためには、「ほんまにしか作れないもの」に力を注ごうと。そこで、大きく何かを変える、広げるのではなく、原点である「月寒あんぱん」を軸とした商品に「絞る」方へと舵を切りました。
さまざまな事業を手がける中でも、変わらず作り続けてきたのが月寒あんぱんです。創業100年という重みを受け止めて、小さな会社がどう生き延びていくのか?模索した末の方向転換でした。

ーー改めて、「これが月寒あんぱんだ」という特徴やこだわりを教えてください。
本間:北海道産の原材料へのこだわりです。小豆、小麦、砂糖、卵。和菓子ってオール北海道で作れるんですよ。
月寒あんぱんのこしあんは、北海道産小豆100%。小麦粉も同じく道産品で、月寒あんぱん用の特別ブレンドです。
近年、原材料の価格高騰が続いていますが、原材料の質を落として価格を維持するのではなく、たとえ価格を上げてもクオリティの維持を優先してきました。
理念である「まっすぐで正直なお菓子作り」を貫きたかったのです。

ーー原材料へのこだわりも「変えない」部分なのですね。
本間:そこを変えてしまうと、大事なお客様を裏切ることになりかねませんから。
変えないのは、「昔から親しまれてきたこの味を、もっとたくさんの人に知ってほしい」という能動的、積極的な思いからです。
その一方で、新商品の開発にも力を入れています。「月寒あんぱん・コーヒーあん」をはじめとした既存商品の新たなバリエーションや、コラボレーション、販路の開拓で、客層を広げていこうと。
色々なお声を聞いた上で、何を変えて、何を変えないか。自問自答しながら整理してきました。
月寒あんぱんを昔から支持してくださるお客様や、身近に感じてくれている月寒地区の子どもたち。「亡くなったおじいちゃん、おばあちゃんが好きだったから」と仏壇菓子に選んでくださるお客様の声を聞くと、「このブランドを残さなければ」と使命感のようなものが湧いてきますね。
ーー歴史の重みが伝わってきました。

作り続けるために。月寒から新天地へ
「変えないもの」と「変えていくもの」を見極めながら歩んできたほんまは、平成25(2013)年11月、北海道恵庭市に工場と事務所を新築・移転しました。
本間さんが社長に就任してから8年目での大きな決断。その裏には事業継続への強い思いがありました。

ーー恵庭に工場と事務所を移転したのはなぜですか?
本間:月寒の工場は限られた敷地の中で拡張や増設を重ねていたため、非常に動きにくい状態でした。老朽化も進んでおり、衛生管理や食品安全の観点からみても「このまま続けるのは難しい」と感じていたのです。
「移転先を探している」と北海道庁に相談したところ、紹介されたのが恵庭市の原田市長でした。
原田さん、月寒までいらしてくださったんですよ。
その日にもらった候補地の1つが現在の場所でした。訪れた瞬間に「ここがいいな」と。恵庭は物流の利便性が良く、良質な水源もある。自然豊かな景観が「北海道で作っているお菓子のイメージにもピッタリだ!」と感じたのです。

本間:月寒あんぱんは、札幌・月寒で長く愛されてきた商品です。離れることに葛藤がなかったわけではありません。大きな投資も必要でした。
でもそれ以上に、もっと良い環境で作りたいという思いの方が大きかった。
「月寒あんぱんを存続させたい」という一心での移転であり、覚悟が必要な決断でしたね。
工場のレイアウトは従業員の声を反映し、時代に即した安全基準を満たす生産体制を整備。移転後は源泉が変わったことで、あんぱん生地の調整に苦労したといいます。水や小麦粉、砂糖の配合に試行錯誤を重ね、「月寒あんぱん」の変わらぬ味が守られました。

伝統を受け継ぎ、続ける進化
「変わらない味」を守るため、恵庭の地で新たなスタートを切ったほんま。現在は北海道内の大手スーパーマーケットや生活協同組合に加え、道外企業との取引も増えているそう。
着任後に一番苦労したことは?と聞くと「正直いつも大変です」と本間さん。その苦労を乗り越えてこれたのは、お客様の存在が大きかったと言います。
本間:コロナ禍でありがたかったのが、漫画『ゴールデンカムイ』の作中に月寒あんぱんが登場し、コラボ商品がヒットしたことですね。
コラボレーションのきっかけは、『ゴールデンカムイ』ファンの方々が「聖地巡礼」と称して月寒総本店を訪れ、月寒あんぱんを食べてくれていたことだそう。若年層のファンも増えているといいます。
本間:北海道物産展や北海道フェアの中止が相次いだ時も、SOSサイト経由で全国から何百件もの注文をいただきました。備考欄に「応援しています」「頑張ってください」と添えてくださる方もいて、ありがたかったですね。
苦しい時を乗り越えられたのは、従業員の力はもちろん、後押ししてくれるお客様の力があったからです。
ーー月寒から北海道、そして全国へと「月寒あんぱん」は広がってきたのですね。今後の展望もお聞かせください。
本間:ほんまの商品をより多くの地域、年代の皆様に味わっていただきたい。北海道の原材料で作る和菓子を、もっと身近に感じてもらいたい。そのための工夫や仕掛けを追求していきたいですね。
最近では、山登りやマラソンの携帯食や、和菓子のヘルシーさに着目する女性など、お客様層の広がりも生まれています。新たなニーズにも応えながら、ほんまの和菓子を次の世代に繋げていきたいですね。「月寒あんぱん」ファンの方々が「なくなって寂しい」思いをしないように。
先人たちが築いてきた「ほんま」ブランドを、1日でも長く守っていくのが、私の使命です。

「“ほんまの和菓子”とはどんな存在ですか?」という質問に「一番の仲間であり、一番尊敬する対象かもしれません」と答えてくださった本間さん。穏やかな口調ながら強い信念を感じる言葉に、心を打たれた取材でした。
ほんまはこれからも、まっすぐで正直なお菓子作りを通して、その伝統を繋いでいきます。
Information
株式会社ほんま
〒061-1405
北海道恵庭市戸磯368番4
TEL : 0123-21-8005
FAX : 0123-21-8006