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恵庭市

一筋のチャンスを手繰りよせて。ナカガワ工業が紡ぐ宝の物語

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一筋のチャンスを手繰りよせて。ナカガワ工業が紡ぐ宝の物語

恵庭市事業者の想い

文:本間 幸乃 写真:斉藤 玲子

「北国生まれのヒーター」の開発から製造、販売までを一貫して行う恵庭市のナカガワ工業。1991年(平成3年)の創業以来、“恵庭産”と“手づくり”にこだわったものづくりをしています。
窓際に置いて冷気を防ぐ「マルチヒーター」をはじめ、足元用ヒーター「aciri(アシリ)」、トイレ用ヒーター「icoro(イコロ)」に加え、オルゴール・万華鏡の製造、販売も手がけています。
一見、関連性のみえないラインナップですが、そこには暗夜から一筋の希望を見出してきた、ナカガワ工業の歴史が詰まっていました。
代表取締役の中川富雄さん、常務取締役の中川慎一さんに、これまでの歩みと製品への想いをうかがいました。

左:中川富雄さん 右:慎一さん
左:中川富雄さん 右:慎一さん

手作業で生み出すナカガワの品質

代表の中川さん自ら出迎えてくださり始まった取材。まずは「マルチヒーター」とトイレ用ヒーター「icoro(イコロ)」の組み立て作業を見学させてもらいました。

マルチヒーターの組み立て作業。工程ごとに担当が決まっているそう。中には20年以上のベテランも数名いるとのこと。
マルチヒーターの組み立て作業。工程ごとに担当が決まっているそう。中には20年以上のベテランも数名いるとのこと。

「電気製品は安全・安心・信頼性が肝心」と話す中川さん。工程ごとに検査し、クレームゼロを目指しています。手作業にこだわり、高品質を維持し続けるナカガワ工業のものづくりについて、まずはひもときます。

リード線に温度制御の装置を繋げる作業
リード線に温度制御の装置を繋げる作業

ーーここまで手作業だとは思いませんでした。

中川:うちの特徴は少量多品種。配線から組み立てまでを専用の治工具※を使い、手作業中心で作っています。生産者が直接材料に触れることで、線の柔らかみや硬さがわかるので、微細な違和感にも気づくことができるんです。
 
本体内部のヒーター線は、製品によって50℃〜60℃前後に保たれるよう設定しています。これが安全性と製品性能の基本となります。中の発熱部分は耐久性に優れた炭素繊維を使用しています。

※治工具とは、加工や組立、検査などの各工程において、製造をサポートするために用いられる器具のこと。

シリコンチューブに通す炭素繊維。このひと束に約1万2千本の繊維が集まっている。
シリコンチューブに通す炭素繊維。このひと束に約1万2千本の繊維が集まっている。

ーー中の線まで手作りなのですね。
 
中川:従業員はヒーター線の一本一本、部品一つひとつを丁寧に仕上げてくれます。作業工程のポイントごとに検査をしていますが、工程の不良はごくわずか。
品質は人がつくるものです。だからこそ、ものづくりは楽しくやらないと。個人の技とチームワークの良さがあってこそ、いいものができるんです。一人ひとりの作業の積み重ねがあって、ナカガワの品質が保たれている。みんな責任感を持ってものづくりをしてくれています。

オルゴールが繋ぎ止めた倒産の危機

創業以来「安全・安心・省エネ」をコンセプトに、妥協しないものづくりに邁進してきたナカガワ工業。その源流は、中川さんがかつて職人として培った生産・品質管理にありました。
中川さんの生まれは大阪府守口市。実家はパナソニック ホールディングスの下請けとして、金属加工業を営んでいました。1975年(昭和50年)、元請けの千歳工場建設を機に、単身・北海道に移住。オイルショックの影響を受けながらも、電気部品の組み立てを請け負っていましたが、転機が訪れます。

ーー創業は1991年(平成3年)とのことですが、何かきっかけがあったのでしょうか。
 
中川:家業が一区切りしたことを機に、今までの知識やノウハウを活かし、独立して会社を起こすことにしたんです。「ものづくりをしよう」ということだけは決めていましたが、取引先はゼロからのスタートでした。
 
新聞記事から取引先の目星をつけて、「仕事をください」と直談判して回りました。「最初はタダでもいいから」と頼み込んで、初めてもらった仕事が、CDデータを再生するための電子部品の組み立てでした。

中川:家業を通して学んだ品質管理が取引先から評価されて、当初数社あった下請けを、最終的にはうち1社だけにしてくれました。業務拡大のため、1995年(平成7年)には新しく恵み野に生産拠点を構え、従業員は本社に50人、恵み野に50人と一気に増えました。

当時の生産の様子。顕微鏡を使って手作業ではんだ付けを行っていた。
当時の生産の様子。顕微鏡を使って手作業ではんだ付けを行っていた。

ーー取引先ゼロから4年で従業員100人の会社に。
 
中川:しかし、電子部品は1〜2年ごとに設計が変わる、技術の進歩や市場の変動が激しい業界。1999年(平成11年)、突如、取引先の工場が閉鎖することになったんです。「3か月後に仕事がなくなります」と言われて、もうパニックですよね。従業員は解雇、借金だけが残りました。
 
もう会社を畳んでもおかしくない状況でしたが、従業員からの「もう一度一緒に仕事がしたい」という一言で我に返りました。このままでは終われないと。閉鎖した元取引先の責任者を介して、オルゴールと万華鏡のメーカーを紹介され、組み立ての仕事でなんとか事業をつなぎました。
この時、恵み野の拠点は売りに出したんですよ。でも売れないから、続けざるを得なかったんです。数年後にメーカーへの足がかりになるとは‥夢にも思いませんでした。
 
3年ほど細々とオルゴールと万華鏡の組み立てを続けていた頃、「オルゴールのケースを商品化したい」という話がありました。

ーーこれがそのケースですね。
 
中川:はい。オルゴールケースのサンプルを作るため、道総研(北海道立総合研究機構 )の工業試験場を訪れました。試験場の床にゴロゴロ置いてあったのが、現在の主力商品である「マルチヒーター」でした。その場にいた道総研の先生に「これは何か?」と聞くと、開発中の窓際に置くヒーターだと。組み立て先を探していると聞き、トントン拍子で生産を請け負うことになりました。
 
ところがその後、お世話になっていた販売元企業の事業継続が苦しくなり、商品そのものが存続困難の大ピンチに。主力商品だったため私たちも共倒れに瀕し、販売元に変わって自分たちで売るしかない、選択肢のない状況になったのです。
ただ、マルチヒーター自体の良さや手応えは感じていた。だから「何とか販売して、立て直してみよう」と。各取引先の後押しもあって、事業を一手に引き継ぐことを決意しました。その当時のことは常務もよく知ってますよね。
 
慎一:いち従業員として働いてましたね。
 
中川:下請けから脱却し、メーカーとしての生産体制を整えました。2人で道外に何度も足を運んで、営業したり展示会に出したり。しかし事業としての道のりは険しく、上手くいきませんでした。
ターニングポイントは、STV(札幌テレビ放送)との出会いです。展示会でマルチヒーターに興味を持ってくれたので、テレビ局内で1年ほど、お試しで使ってもらったんです。その結果、商品の良さを認めてくれて、2014年(平成26年)から通販番組『ほっかいどう情熱市場』で取り上げていただきました。
 
 
ーー暖房が効いている北海道の家で、小さいヒーターを使うイメージがあまり湧かないのですが。一番の「売り」はなんだったのでしょう?
 
中川:「結露にも効果があること」でしょうね。
 
慎一:機密性の高い北海道の住宅では、寒さよりも結露で困る人の方が多いんです。外と室内の寒暖差が大きいほど、結露はできやすくなります。
 
中川:「結露を電気製品でとる」という文化、発想が今までなかったのでしょう。多くの方が手で拭いたり、シートを貼ったりして、それでも取りきれずに諦めていた。「隙間風を防ぐことができ、結露にも効果がある」とテレビで紹介してもらったことで、大きな反響がありました。番組を機に道外企業からも好意的な反応をもらえるようになり、販路を拡げることができました。

まだ世にないものを。ものづくり魂にかけて開発した「宝物」


マルチヒーターを事業継承し、下請けからメーカーとして歩み出したナカガワ工業。2010年(平成22年)には道総研から技術的な支援を受け、「竹踏み足元ヒーター」を開発。同年東京ビックサイトで開催された「中小企業総合展」に出展しました。そこで目にしたのは、全国から集まったメーカーの商品力や専門性の高さ。「このままでは市場に残ることができない」と危機感を抱いた中川さんは、新たな自社製品の開発へと踏み出します。
 
 
ーートイレ用ヒーター「icoro(以下、イコロ)」は自社で開発した製品とホームページで拝見しました。開発のきっかけはなんだったのでしょう?
 
中川:テレビ放送を機に、マルチヒーターが道内で知られるようになってから、冬になると電話がかかってくるようになりました。「トイレが寒くて困っている」「開発しないのですか」と。
 
でもトイレ用のヒーターは、すでに安価な商品が流通していました。その市場に足を踏み入れることは、会社の経営を揺るがしかねない。「絶対に立ち入らないでおこう」と思っていたんです。
それでも「何か良いものはないか」という電話が止まない。「良いものってなんだろう?」ちょっと実験してみようと「竹踏み足元ヒーター」を重ねて、試作してみたんです。私も寒がりだし、ものづくりは私の強みですからね。

自宅トイレでの検証からスタートした。
自宅トイレでの検証からスタートした。

中川:スイッチを入れてみると、今までに感じたことのない暖かさを感じました。足元からポカポカ。「これは商品になるかもしれない」と実感し、道総研の工業試験場と北海道機械工業会の支援を得て、本格的に開発を決めました。
 
いつ行くかわからないトイレでは、ヒーターを連続運転しておく必要があります。ヒーターからの火災を恐れて、寝る前に消してしまうことが、寒さの原因。マルチヒーターでは、万が一トイレットペーパーが触れても発火しない安全性を担保できていました。「勝算はあるはずだ」と信じ、試作を繰り返しました。
 
 
ーー試作品とイコロでは、見た目がかなり違いますね。
 
中川:マルチヒーターで培った経験と技術を駆使しながらも、今までにみたことがないような、はっと驚く商品を作ろうと、知り合いの工業デザイナーに協力してもらいました。辿り着いたのが、湾曲した2枚のアルミパネルを向かい合わせにした、末広がりの形状。モニター試験も含めて、完成まで4年ほどかかりました。
 
慎一:正直なところ、工業デザイナーが考えたデザインは「作りにくい」んです。ユーザーの目線で、見た目の美しさなどデザイン性を優先するんですね。例えば「外側にネジ穴を見せたくない」とか。ネジ穴を見せずにどう製品化するか、試行錯誤しました。
 
中川:妥協せず、本気でぶつかりあったからこそ、お互いに納得のいくものができました。作り手の観点だけではこうはならない。工業デザイナーが自身のスタンスを貫いてくれたからこそ、オリジナリティある製品が出来ました。

中川:実はイコロは、製品化を一度断念しているんです。試作品は完成したものの金型が高額で、費用の捻出が壁となりました。ところが、奇跡的なタイミングで大手建設会社と商社から、マルチヒーターの大口注文が入ったんです。この売上資金を元に商品化することができました。
 
 
ーー本当に奇跡のようなお話です。どうしてそこまでの情熱を持ち続けることができたのでしょう。
 
中川:今思えば、東京での展示会で大きなショックを受けたことがスタートでした。あの日の危機感と悔しさが原動力となり、デザイナーと一緒に「北海道から良いものを作ろう」と、ものづくりに邁進することができたのだと思います。
 
 
開発中には「こんなもの売れるわけがない」という声もあった中、商品の力を信じていたという中川さん。デザイン性と品質を兼ね備えたヒーターは、アイヌ語で「宝物」を指す「イコロ」と名付けられました。

すべてのパーツがつながり、今がある

2016年(平成28年)イコロの販売開始にあたり、マルチヒーターを取り上げた通販番組が「ヒートショック対策商品」としていち早く紹介。その反響は全国へと広がっていきました。
 
中川:イコロ発売後すぐに、高齢のご夫婦が来社されてね。「お父さん、これこれ!」って、その場で買って行かれたんです。「ああ、開発してよかった」と仕事冥利に尽きる思いでした。感無量で目頭が熱くなり、自然と涙がこぼれました。
 
2年後には、パナソニックホームズ札幌支店の推奨商品として、マルチヒーターとイコロを紹介したいという話が舞い込みました。パナソニックといえば、誰もが知る大手電機メーカー。最初は何かの間違いかと思いました。夢のような話です。
 
 
ーー大阪からパナソニックを追いかけて恵庭に来た話が、ここで繋がるんですね。
 
中川:なにか一つでも抜けていたら今に繋がっていません。創業時の仕事からオルゴールの組み立てを経て、あの日、道総研の工業試験場の先生に出会わなかったら、デザイナーと出会えていなかったら、テレビ局との巡り合いがなかったら‥。多くのご協力やご支援があって今があります。従業員一人ひとりとの出会いも縁ですよね。ピンチのたびに、人が支えてくれました。
 
 
ーー心打たれる物語でした。最後に、これからの夢や取り組んでいきたいことはありますか?
 
中川:これからも「買ってよかった」と思ってもらえるものづくりを続けられるように、まずは雇用を守ること。何度も倒産の危機に直面しながらも、ここまで続けてこれたのは、人との繋がりに支えられてきたからです。
 
「人」という宝を守り、ものづくりを楽しみながら、世の中に必要とされる企業であり続けたいと思います。

49年前、大阪から夢を追い、ひとり恵庭に降り立った中川さんから始まった、ナカガワ工業の物語。生産現場の主力は、全員が恵庭に住む女性だそう。従業員への感謝を何度も口にしていた中川さんの姿が印象的でした。
 
「お土産に」といただいたのは、オルゴールのようなデザインが施された万華鏡。覗き込むと、景色に呼応して模様を変える、光の世界が広がっていました。

Information

株式会社ナカガワ工業
【本社】
〒061-1424 北海道恵庭市大町2丁目4番1号
TEL:0123-32-6111
FAX:0123-32-6112
 
【恵み野テクノセンター】
〒061-1374 北海道恵庭市恵み野北3丁目1番5号

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