一期一会の精神を釜に込めて。いちえが贈る感動のひととき
恵庭市事業者の想い
文:本間 幸乃 編集:高橋 さやか 写真:斉藤 玲子
「その時集まった人、時間は一度きり。だから心を込めるんです」ーー人と人が顔を合わせ、ともに食事を楽しむ時間の尊さを実感する昨今。『旬のお料理と釜めしいちえ』は1997年の創業から変わらずに、「二度とないひとときを、究極のサービスでもてなす」ことを続けてきました。
食をとおして創り出される感動とは。株式会社いちえ北海道の進藤茂紀さん、宍倉康之さんにお話を伺いました。
10年かけてたどり着いたおいしさを炊きたてで
札幌中心部から車で45分ほど国道を走ると見えてくる、円筒型の大きな建物。迫力ある佇まいからは、老若男女を受け入れてきた懐の深さを感じます。
『旬のお料理と釜めしいちえ』は、地元ではもちろん、道内外からも「釜めしといえば、いちえさん」と知られる名店。その人気は、平日でも予約をしないと入れないほどです。まずは、こだわりが詰まった釜めしについてうかがいます。
ーー釜めしの種類の多さと美しさに驚きました。こだわりはどんなところでしょうか。
進藤:いちえの釜めしは、蓋が浮くくらい具材を入れるのが特徴です。ご飯が見えなくなるくらいたっぷりと。さらにお米と一緒に炊き上げることで、具材の旨味をご飯にしっかり沁み込みこませています。
看板メニューは「いちえ特製釜めし」。鶏肉にエビ、ホタテ、いくら、蟹など、13〜14種類もの具材が入っています。そのひとつひとつに仕込みをして、時間と手間をかけて釜におさめています。職人の努力が結集しているのが、いちえの釜めしです。
進藤:野菜や魚介、肉などは北海道産、それもできる限り恵庭の食材を使っています。余湖農園や恵庭光風会の野菜、西水産のサーモン、えこりん村の豚肉など。創業から一貫して、「恵庭の食材を使う」ことにこだわってきました。
特にお米は恵庭の島田農園と協力してできた特別なものです。
ーー「釜めしのためだけのお米」を作った、ということですか?
進藤:そうなんです。「釜めしにはどの米が合うか」と島田さんと話し合いながら、さまざまな品種を試しました。行き着いたのが、今使っている「ななつぼし」。旨味、食感、風味がいちえの釜めしに一番合っていたんです。さらに、現在のクオリティに至るまで、さまざまな試行錯誤を10年ほど重ねました。
こだわりの釜めしを炊きたてで食べていただきたいので、店舗では注文が入ってから炊き上げます。出来上がりまでは20分ほどお時間をいただいております。
ーー「待ち時間を作ってまで」というところに、美味しさへのこだわりを感じます。
進藤:実は以前、「早炊き米」に挑戦したこともありました。やはりお客様をお待たせずに、少しでも早くお出ししたいですから。でも実際に試してみると、導入までの準備が大変だったり、出来上がりに納得がいかなかったりで、難しかったですね。
宍倉:炊き上がりが安定しなくて。最終的には浸水時間を長めにすることで、落ち着きました。
進藤:さらに釜の蓋を圧力蓋にすることで、提供までの時間を短縮しました。しかしクオリティを保つためには、どうしてもお待ち頂く時間ができてしまいます。
お客様の大切なお食事の時間ですから、最初から最後まで心地よいひとときをつくりたい。そのために、産直野菜を使ったサラダやおつまみなどで旬の味を楽しんでいただいたり、四季折々で表情が変わる中庭をご覧いただいたり。店内でゆっくりと過ごしていただけるように、空間づくりにも心を配っています。
ーー店舗で味わう時間や空間を大切にされる一方で、通販の『しばれ釜めし』も人気だそうですね。
進藤:有難いことに、ご自宅用からご贈答用まで、全国からご注文頂いております。
開発当時は急速冷凍機もなく、「どうしたら店舗と同じ、炊きたての味を届けられるのか」と試行錯誤して。電子レンジでおいしさを損なわずに解凍できる釜めしにするため、完成まで2年ほどかかりました。現在は3Dフリーザーという機械を導入し、炊きたてを瞬間冷凍。店舗の味をご家庭の電子レンジでお楽しみいただけるようになりました。
「究極のサービス業」から受け継いだ精神
食材ひとつひとつ、過ごす時間の一分一秒に心を配る、いちえの精神。その源流は、62年間に渡り葬祭業と向き合う歴史の中で生まれた、ある思いでした。
ーー店舗や釜めし通販のほか、法要仕出しなども行っているのですね。どのような経緯で今の形になったのでしょうか。
進藤:いちえ北海道の始まりは、株式会社むらもと(現 株式会社めもるホールディングス)の料飲事業部です。むらもとは1960年から「感動を創造する」をコンセプトに、恵庭を中心として葬祭業を営んできました。
葬儀では通夜振る舞いなどの食事が出されますが、当時は町の仕出し屋さんに依頼するのが一般的でした。
しかしコンセプトを追求する中で、「温かいものはあたたかいまま、冷たいものはつめたいまま出したい」という思いが生まれて。「自社でチャレンジしてみよう」と、1997年に料飲事業部が立ち上がりました。
当時は寿司桶やオードブルを出すスタイルがほとんどだった中、むらもとではウォーマーを使い、ビュッフェスタイルの食事提供を始めました。
ーー通夜や葬儀の食事がビュッフェというのは、珍しいですよね。
進藤:今はコロナ禍の影響で個包装にしたものを用意することも増えましたが、ビュッフェスタイルは喜んでいただくことが多いです。印象にも残りやすいですしね。
「葬儀の仕事は“究極のサービス業“」と、代表の村本はよく言うのですが、本当にその通りだと思います。やり直しが効かない、一生に一度のセレモニーですから。
その中で生まれた「温かいものはあたたかく、冷たいものはつめたく」という理念は、今もいちえで受け継がれています。
ーー釜めしは葬儀仕出しを手がけていく中で生まれたのでしょうか。
進藤:釜めしは仕出しとは別に、店舗独自のメニューとして生まれました。
料飲事業部と同時に立ち上げた、『日本料理いちえ』という店舗です。
当初のメニューに釜めしはなく、予約制で日本料理だけを出していました。経営が思うようにいかない中、当時の代表が旅先で出会った釜めしに感動して、「やってみないか」と始まったのが、いちえの釜めしです。
その後テレビ番組で取り上げられて評判になり、多くの方にお召し上がりいただけるようになりました。
宍倉:いちえは通夜振る舞いなどの仕出しから始まりましたが、現在はお子様のお食い初めや還暦などのお祝いでご利用される方も多くいらっしゃいます。
お祝い事も一生に一度。いちえの料理でお子さんの百日とご両親の還暦を一緒にお祝いする、なんてこともありますね。
ーーお祝いから弔事まで、さまざまな場面でいちえの味が届けられているのですね。
進藤:本当にありがたいことです。「いちえ」という店名の由来は「一期一会」。たとえ1日に100組お客様がいらっしゃっても、お客様にとっては一度きりの時間。お弁当も同じです。100食作ったとしても、お召し上がりになる方にとっては一日の中の大切な一食です。
だから私たちは一組一組、一食一食に対して、作る側もサービスする側も心を込めて対応すること。それが「一期一会」の精神だと思っています。
先が見えない中で背中を押してくれた声
「今日来てくださった方が、また来てくださるとは限りませんから」と進藤さんは語ります。葬祭業から生まれた理念を受け継ぎ守ってきた、いちえ。2020年からのパンデミックにより冠婚葬祭や会食の形が大きく変わる中、どのように一期一会の精神を届けていったのでしょうか。
ーー人が集まる法要や会食などは、新型コロナウィルスの影響が大きいのではないでしょうか。
進藤:すごく大きいです。一時期は非常に苦しかったですね。宴会場をロールカーテンで区切って改装したり、以前から手がけていたデリバリーや企業向けのお弁当に力を入れたりして、できる限りのことをしてきました。
ーーデリバリーはコロナ以前から取り組まれていたのですね。
進藤:はい。仕出しで培った技術や知識を活かして、釜めしやお弁当の宅配を2014年頃から行っています。
デリバリーで特徴的なのは、『0人社員食堂』。「温かいものはあたたかく」という理念のもと生まれた、企業向けのランチ配食サービスです。企業の会議室や休憩室の一角をお借りして、ビュッフェ形式のおかずと温かいご飯やお味噌汁を提供しています。
レストランだけでなく法要仕出し、宅配や企業向けのお弁当、『0人社員食堂』と各部門で助け合い、励まし合いながら乗り越えてきました。
ーーー苦しい中で、支えになったことや嬉しかったことはありますか。
進藤:お客様からの声です。レストランでの「美味しかったよ」というお声はもちろん、デリバリーや仕出しを回収する際に、お手紙を残してくださる方が多くいらっしゃいます。「ありがとう」「ご馳走様でした」「お世話になりました」「コロナに負けずに頑張ってください」というお手紙を、皆様直筆で書いてくださる。
こういった心がこもったお言葉は本当に嬉しいし、大事にしています。いただいたお手紙は、事務所の掲示板に貼らせていただいています。
進藤:特に調理人は、お客様の声を直接聞く機会が少ないんですよね。「美味しかったよ」という嬉しい声も、知らなかったり伝わっていなかったり。お客様からの声を調理場にも届けるため、できるだけ具体的に共有することを心がけています。
例えば「今日のご会食、すごく皆さん喜んでましたよ」ということに加えて、「ナスの田楽を褒めていただきましたよ」というように、料理名まで伝える。そうすることで、「またお客様に喜んでもらおう」というモチベーションに繋がればと思っています。
コロナ禍に入る前は、店舗でのアンケートに力を入れていました。名刺サイズのアンケートを用意して、「進藤です」とお客様に一枚一枚手渡ししていましたね。
お客様の声を大事にするという姿勢は、これからも変わらず持ち続けていきたいです。
変わらないものを守るために、変わり続ける
苦難の中で部門を越えてひとつになり、「温かいものはあたたかいままで」と心を込めた味を守り届けてきた、いちえ。その想いは受け取った人の心を動かし、「ありがとう」の循環を生み出していました。
これからは組織同士でつながっていく、新たな動きがあるといいます。
ーー今後力を入れていきたいことは、何かありますか。
宍倉:いちえの仕出しが架け橋になり、同業他社で共存していく動きに力を入れています。恵庭と札幌の葬儀会社が30〜40社ほど集まって、お互いの強みを活かせる仕組みを目指しています。
進藤:時代の流れが変わっていく中で、我々も変わっていく必要があります。「我が社だけがよければ良い」ではなく、「みんなで補いながらやっていく」ということが重要だと感じます。手を組みながら、手を取り合いながら、なんとかこの荒波を乗りこえていきたいですね。
ーー大きな変化の中で、これからいちえが届けていきたいことはなんでしょうか。
進藤:時代とともに変わるものがある一方で、「一期一会」の精神は変わらないと思います。人と人が出会う、二度とない時間に心を込めてもてなすことを、これからも続けていきたいです。
宍倉:「感動を売る、満足を売る、メリットを売る」というのが、いちえの精神。時間や空間も含めて感動を届けるということを、これからも心がけていきたいです。
進藤:「感動」と言うと大きなことのように感じますが、ちょっとした気遣いで心って動くと思います。「神は細部に宿る」と言いますが、盛り付け一つ、声がけ一つにしっかり向き合ってこだわること。そうすると、ちゃんと伝わるんです。
だからこれからも、作る側もサービスする側も一つになって、「心に残るひととき」をつくっていきたいですね。
「釜めしを含めたメニューの最終確認と撮影は社長自ら行っている」と伺い、最後の一手まで一丸となりこだわり抜く、いちえの感動への信念を感じました。
二度とない今が、幸せであるように。ひとつの釜に込められた祈りはやさしく心を震わせ、温かく沁み渡っていきます。
店舗情報
旬のお料理と釜めしいちえ
〒 061-1423 北海道恵庭市柏木町3丁目3番2号
0120−036-151
<営業時間(2022/6/15〜)>
平日ランチ:11時~15時/ディナー:17時~21時
土日祝日ランチ:11時~15時/ディナー:17時~22時
デリバリー・テイクアウト:10時~20時
<定休日>
毎週火曜日、毎月第2・第4月曜日