「また食べたい」に応え続けて55年。地域に根ざす阿部精肉店の物語
恵庭市事業者の想い
文:本間 幸乃 取材・編集:髙橋さやか 写真:斉藤玲子
ショーケースにずらりと並ぶ厳選されたお肉を前に、「おいしそう・・」と思わずため息が。体も呼応するように「ぐぅ」と、お腹がなってしまいそう。恵庭市の住宅街にたたずむ阿部精肉店には、おいしいお肉をもとめて、平日午前から次々と足を運ぶ人の姿がみられました。
やわらかな日差しのなか出迎えてくださったのは、阿部精肉店代表の斉藤春代さん。「恵庭が大好き」と話す春代さんには、街並みそのままの穏やかなまなざしが感じられます。家族が生まれ育ったこの場所ではじまったお肉屋さんの物語。地域の人に愛されながら、地道に歩みつづけてきました。
「もうちょっと」を続けて辿り着いた今
昭和41年の創業以来、ひとりひとりのお客様の声に応え続けながら歩んできたという阿部精肉店。実家をそのまま使ってはじめられたという店舗には、どこか懐かしさが感じられます。時折きこえる愛犬の声とともに、お店のこれまでの歩みについてうかがいました。
ーー阿部精肉店は、春代さんのご両親がはじめたのでしょうか? なにかきっかけがあったのですか?
斉藤:父が馬にたずさわる仕事をしていた人で、仲間同志でつくったと聞いています。開店して2年くらいで亡くなってしまったので、お店をはじめたきっかけを聞く機会もなかったんですよね。父が亡きあとは母が一人でお店を継いで。わたしは、子どもだったのでよく覚えてないんですけど、子育てとお店で大変だったと思います。でもまあ、根が明るい人だったのでね。
ーーお母さんの姿を見て、お店を継ごうと?
斉藤:いえいえ。わたしは最初から「店を継ごう」と思っていたわけではなくて、7年くらいOLをやっていました。母も「継がなくてもいいよ」と言ってくれてましたし。ちょうど結婚するくらいのタイミングで、夫が焼肉屋『春華』をはじめることになったんですね。
それでなんとなく、「じゃあわたしが継がなきゃな」と。わたしが継いで、母が店に立たなくなって、今年で33〜4年目になりますかね。
斉藤:継いでみると一人で迷うこともありましたが、お客様に支えられてこれまでやってこれました。大きな努力をしたとか、何かを学びに行ったとかって全然なくって。お客様が来てくださるから頑張って、また来てくださるから頑張って、の繰り返し。
「いただきもので食べて美味しかったから」と、来てくださるお客様もいます。恵庭から引っ越した方からも注文をいただいたりね。口コミで、だんだん広がっていって、本当にありがたいなと思います。これまで大々的に、アピールやセールスをしたことってないんですよ。
ーーそうなんですね! 口コミやリピーターで続けていけるってすごいことだと思います。
斉藤:本当ですよね。お客様には感謝してもしきれないくらい。量販店さんもどんどん増えていく中で、「あーどうしよう」と不安に思った時もありました。けれど、お客様が支えてくれて。途切れずに来てくれるお客様に応えて、「ああ、もうちょっと頑張れるかな」「もうちょっと頑張れるかな」とここまでやって来ましたね。
想定外のできごとから見えた「譲れない」こと
迷いながらも、お客様の支えとともに歩んできた阿部精肉店。「努力とか、そんなレベルじゃないです」と、春代さんは屈託なく語ります。軽やかさの中にも、時折感じられる芯の強さ。平坦な道ばかりではなかったからこそ、その強さが生まれたのかもしれません。
ーー30年以上お店を続けてきた中で、いちばん大変だった時は?
斉藤:2001年の狂牛病※(=BSE:牛海綿状脳症)流行の時ですね。
毎日毎日、お肉があまって。これが半年続いたら、もう店はもたないと本気で思いました。
でも、余ったものを次の日出すことは絶対に嫌だったので、毎日その日に出したものは捨てていました。もし、ここで悪い品物を出したら、狂牛病が去った時に絶対に店の信頼が落ちてしまうって。だからどんなに捨てても毎日新しいもの出したい、と思って頑張っていましたね。
自分の落ち度で何か失敗をしてお客様が離れていっていたのなら、辞めていたかもしれません。でも、自分たちが何もできない状況では、できることをひたすらやっていくしかない。終わりを信じて、半年間耐えることが出来ました。
わたしはこの仕事が好き。だから、嫌だなとか、辞めたいなとか思ったことはないですね。
「美味しい」を求めて続ける進化
抗えない大きな波を経験したからこそ生まれた、お客様との信頼関係と自分たちの譲れないもの。大切にしているのは、個人商店ならではのこだわりです。
ひとつひとつ手作業で切り分けられている阿部精肉店のお肉。脂身や筋も丁寧に切り落とし、下処理をしてから店頭に並びます。
ーーどのお肉もおいしそうなのですが、特に人気の商品はなんですか?
斉藤:一番は牛サガリですね。鳥・豚系ではなく、牛・焼肉系をメインで取り扱っています。あとはジンギスカン。うちではひと切れひと切れ、全てのお肉に目を通しているんですよ。硬いところや口当たりの悪い箇所など、全部取り除いてお出ししています。大量のつくり置きや切り置きはしていません。
なるべく、お客様ひとりひとりのニーズに応えたいと思っていて。「もうちょっと薄く」とか「厚く切って」とか、「細かくして」という声にもお応えしています。個人商店だからこそできるきめ細かな接客で、お客様に喜んでもらえるものを提供することを大切にしています。タレも自家製で、ジンギスカンのタレに、味噌ダレ、焼肉のタレがあります。
ーー自家製のタレは創業時からあるんですか?
斉藤:先代である、わたしの母が作りました。母の味を受け継ぎながらも、ずっと同じ味ではなく、その時々に応じて変えているんですよ。味を決めるのは家族会議。息子たちが成長してからは、一緒に味見してもらって「ちょっと甘すぎるんじゃない」とか「しょっぱいんじゃない」なんて、話し合いながら決めています。
とにかく自分たちが「おいしい」と思ったもの以外は、すすめられないじゃないですか。自分たちが自信を持って売れるものを、「お客様もきっとおいしいと思ってくれるはず」と思って売りたいんですよね。
お店の自慢はお客様
言葉のはしばしに、お客様への感謝や尊重をにじませる春代さん。コロナ禍で自宅での焼肉需要が伸び、現在は来店数も増えているそう。天気の良い週末には、店の外に行列が出来るほどだと言います。
ーー平日の午前中でも、お客様がいらっしゃるので正直おどろきました。お天気の良い週末は、もっとたくさんの方がいらっしゃるんでしょうね。
斉藤:炎天下で並んでもらうこともあって。コロナの影響で店内人数を制限しているので、皆さんよく待っていただけるなと思います。お店が小さいので、本当に心苦しいです。
ただ、もう、自慢するわけじゃないんですけど、うちのお客さんは、ほんっとうに皆良いお客さんなんですよ。とってもいいお客さんで。
学生アルバイトの子が品物を間違ってしまった時も「間違えてたよ」と電話をくれて、その上お店まで持ってきてくださる。そんな方たちなんです。
わたしだったら、商品を間違えられたら怒るよなって思うんですけど。皆さん優しいなって思います。甘えるわけにはいかないですし、何かあったら謝るしかないんですが、本当にお客様に支えられています。
ーー春代さんのお人柄が伝わっているのもあるんじゃないでしょうか。
斉藤:そう言っていただけると嬉しいです。でも、私はそんな優しい人柄ではないんですよ。笑
個人商店で生き残っていけるのって、本当に有り難いこと。これからも流れに身を任せながら、お客様に喜んでもらえるものをお出ししていきたいです。
沢山の「お客様」のために使われてきた春代さんの手を見て思い出したのは、母の手のひら。「ただいま」と飛び込みたくなる安心感と温もりがそこにありました。時代とともにしなやかに変化し続ける、阿部精肉店。今日も誰かの「美味しい」のために、手を動かし続けます。
会社情報
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