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稚内市

最北の景色と牛を守りたい。自然と共存し、歩む宗谷岬牧場の物語

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最北の景色と牛を守りたい。自然と共存し、歩む宗谷岬牧場の物語

稚内市事業者の想い

文:三川璃子 写真:原田啓介

最北の海に囲まれた宗谷丘陵の頂上。なだらかな緑の波に乗って丘を登ると、その先には、思わず息をのむ圧巻の景色が広がり、水平線も眺めることができます。

氷河期時代に凍結と融解を繰り返して生まれた、珍しくも美しい周氷河地形。北海道遺産にも登録された宗谷丘陵で、自然と共存しながら歩みを進める牧場があります。宗谷黒牛や、宗谷岬和牛などブランド牛を育てる、宗谷岬牧場です。広大な草原では、肥料や飼料の生産も行い、自然に配慮した循環型牧場を営んでいます。安心安全な牛肉を作りつづける宗谷岬牧場の物語をひもといていきましょう。

日本最大規模の牧場で育ち、育てる

稚内の他に、天塩、豊富にも牧場を構え、あわせて3,000ha以上の大規模な土地を持つ宗谷岬牧場。肉牛の繁殖から肥育、酪農、飼料の生産まで幅広く行っています。今回は、宗谷岬牧場の代表、新保潔さんにお話を伺いました。

ーー宗谷岬牧場の設立はいつだったのでしょうか?

新保
:もともとここは、稚内の畜産公社として肉牛を育てていました。平成19年に、日本でも有数の牧場を経営する、株式会社ジェイイーティファームの関連会社として、宗谷岬牧場が設立されました。

ーー新保さんはどのような流れで代表になられたのですか?

新保
:私が宗谷岬牧場に初めて訪れたのは、約20年前ですね。JAやまかわで働いていた時でした。家畜用の餌を売りに年に何回かここに来ていたんです。その後、JAを辞めるタイミングで「うちに来ないか?」と言われたのがきっかけで、平成28年から宗谷岬牧場で働くことに。入った当初は常務をしていて、その3年後に代表をやらせてもらうことになりました。代表としては今年で3年目です。

ーー代表になられた時、どんな心情でしたか?この大規模な牧場の看板を背負うのはかなり勇気がいりそうだなと思ったのですが。

新保
:そりゃ責任は重かったですよね。親会社のジェイイーティファームは本当にすごいところで、かつて生乳出荷量が日本で1番になるほどの牧場を経営していた、有名な会社です。その関連会社の代表を務めるのは、背筋が伸びる思いでした。

でも、ここには信頼できる優秀なスタッフが揃っている。みんなの協力があって、私も頑張れていますね。ここと天塩、豊富も合わせて80名の方が働いてくれています。ちなみに牛は全部で9,300頭もいるんですよ。

生後2ヶ月ほどの仔牛たち
生後2ヶ月ほどの仔牛たち

ーー9,300頭もの牛を80名の従業員の方々で育てているのですね。繁殖から育てるまで、全て担うのはものすごく手間がかかりそうです。

新保
:手間がかかっても、宗谷で生まれ育った牛を責任持って送り出したいんですよね、それが信頼にもつながります。一頭一頭牛たちの状態をスタッフが毎日見て回っていますよ。特に仔牛は体が弱いので、常に体調を見守っています。毎月240〜250頭の仔牛が生まれるんですが、最初の1ヶ月は一頭ずつ手でミルクを飲ませています。ミルク容器も最新の機械を使って洗浄、消毒するほど、かなり衛生面にも気をつけてますね。他にも、牛の様子を見て体調が悪い時は必要に応じて注射や点滴打ったり。

ある程度体が大きくなっても、時々体調を崩してしまう牛がいます。そういう時も欠かさず、しっかりケアするのが私たちの仕事。夏の間、妊娠したお母さん牛はストレスがかからないように放牧します。その時も、何日も全く見ないなんてことは絶対にありません。どの牛も今どういう状態なのか、常に注意を払っていますよ。

仔牛たちにミルクを自動で与える哺育ロボット
仔牛たちにミルクを自動で与える哺育ロボット

牛たちをお世話する段階で、先進システムを使う場面もあります。例えば、うちでは生後2ヶ月目くらいの仔牛たちに、自動でミルクを与える哺育ロボットを導入しました。仔牛の首にセンサーが付いていて、それぞれに合わせて1日決められた分量分のミルクが自動で出てくるシステムです。飲み過ぎも防げますし、設定している量よりも飲む量が少なかったら、体調が悪いかもしれない、という小さな異変にも気づくことができるんです。

自然に優しい牧場でありたい

普段は衛生管理を徹底しているため、外部の人は滅多に入れないという牛舎に、今回特別に案内していただきました。牛舎に入ってまず驚いたのは「臭くない」ということ。その理由は、衛生管理の徹底と糞尿を再利用しているからだそう。そこにはこの土地で牧場を営む新保さんのある想いがありました。

ーー牛舎、全然臭くないですね、驚きました。

新保:そうなんです、臭くないでしょ。うちは衛生管理も徹底していて、牛の糞尿は発酵させて再利用するんです。発酵した糞尿は無菌状態になり、牧草地の有機肥料として還元したり、牛たちの寝床にも使っていますよ。

観光で来られる方も多いので、臭いは配慮してますね。あと、ここは海に囲まれているので、排水処理にも気をつけています。先進システムを導入して、排水を浄化する施設もあるんですよ。河川や海に影響は与えたくないですからね。

自分たちで生産している飼料(牧草)も、農薬を使わずに生産しています。糞尿を堆肥に、堆肥を牧草に、無農薬牧草を牛に。この循環は安心安全な牛を育てるためにも必要ですし、自然を守るためにも必要だと思っています。

安心安全、世界で認められるブランド牛

自然に配慮した循環型牧場を営みながら、宗谷黒牛や宗谷岬和牛などのブランド牛を届けてきた新保さん。安心安全な牛肉を国内のみならず、世界の人々にも食べてもらいたいと意欲を覗かせます。その第一歩として、宗谷岬牧場では国内でもまだほとんど例のない国際安全認証規格SQF認証の取得。認証を取得するまでの道のりはどのようなものだったのでしょう。ブランド牛の育て方や違いも絡めてうかがいます。

ーーブランド牛である、宗谷黒牛と宗谷岬和牛はどのように育てられているのでしょうか?

新保
:宗谷黒牛と宗谷岬和牛はちょっと育て方が違います。宗谷黒牛はF1と呼ばれる交雑種で、ホルスタインに和牛を種付して繁殖しています。その後、ゆっくり27ヶ月かけて肥育、出荷されます。

一方、宗谷岬和牛は和牛のみで繁殖し、肥育しています。F1の宗谷黒牛は、一部仔牛を買うこともありますが、宗谷岬和牛は全部うちで繁殖し、仔牛から育てています。

ーー宗谷黒牛、宗谷岬和牛それぞれお肉の特徴などはありますか?

新保
:黒牛は赤身の味がしっかりしていて、宗谷岬和牛は脂の甘みが濃いところかな。いや〜実際に食べてみて欲しいですね。うちのお肉、本当に美味しいと思うよ。そのまま焼いて食べるのも美味しいし、すき焼きもおすすめ。お盆と正月には、社員みんなでうちの肉をすき焼きで食べてますよ。

稚内 海鮮炉端うろこ亭で食べられる宗谷黒牛
稚内 海鮮炉端うろこ亭で食べられる宗谷黒牛

新保:うちでは「ゲノム技術」を使って、効率よくバランスの取れた牛の生産ができるようになっています。お肉にはロースやサーロインなど、部位がありますよね?種牛の遺伝子をいろいろと組み合わせることで、目的の部位を増やすことができたり、より品質の高いお肉に調整できるんです。

種牛には一頭一頭名前もあって「きなこ」「きたふくはる」とか。全国から優秀な種牛を集めて、優良血統をつくるために、データを一つずつ取ってるんですよ。

ーー今の先進技術、すごいですね・・!
出生後、肥育〜出荷するまでで気をつけている点などはありますか?


新保:出荷するまでに、どんな飼料を食べて、どんな病気、治療を受けたのかがわかるように個体情報を徹底管理している点ですかね。「安心安全なお肉を届けたい」という思いで、こうした取り組みを強化し、国際規格であるSQF認証※の取得を目指しました。

SQF認証の取得に向けて、まずSQFプラクティショナーという資格を取得し、ここにいる全スタッフと一緒に記録、管理を徹底して進めました。2019年、ついにSQF認証機関から認証を取得し、高い評価を得られたことはとても誇りに思っています。

※「SQF」認証とは、食品製品を最高基準により生産、加工、調製、及び、処理することを証明する認証プログラム。

SQF認証は、国内でも畜産業界ではまだほとんど例がないので、取得した時は嬉しかったですね。SQF認証を取得したことで、世界中の方に安心してお肉を食べてもらえるようになりました。今後は世界に誇るブランド牛として、輸出にも力をいれていこうと思っています。

大好きなこの景色を守る

「ここの1番の魅力は、この景色です」と、新保さん。特別に新保さんのお気に入りスポットに案内していただきました。丘に登ると、そこに待っていたのは息を呑む美しいパノラマ景色。自然溢れるこの丘陵で目指す、宗谷岬牧場のこれからを伺います。

新保:宗谷岬牧場の1番の魅力は、この景色です。ここでしか見れない周氷河地形は、本当にいつ見ても綺麗だと思いますよ。晴れた日には、利尻富士や国境を越えてロシアのサハリンも眺めることができます。私も仕事終わりや合間に、丘を登って一人で景色を見て、黄昏れることがあります。

本州から来たお客さんがこの景色を見て「あ〜イヤなことが全部吹き飛ぶ」と言ってたのが印象的でした。この景色は人をも救ってしまうんだなって。私たちはこの北海道遺産を使わせてもらっている立場。だからこそ、この自然は大切に守っていきたいですね。

実は去年、コロナの影響で、海外からの研修生を受けれることができなくなり、人員不足が問題となりました。一方で牧場の土地は、ほぼ毎年といっていいほど増え続けています。近隣の農家さんが離農した土地を買っているんです。現状スタッフの確保が大変ですが、環境に配慮した経営は変えず、前に進んでいきたいですね。

私たちは、宗谷岬ハンバーグやサーロインなどの商品は作れません。こうして形にしてくれる企業さんに感謝しつつ、私たちは牛づくりのプロとして、これからも消費者に安心して届けられる牛を作り、宗谷丘陵の自然と共存、共栄していきます。

「せっかくなんで、見ていってください」と牧場や景色を案内してくださる新保さん。足取りは軽やかで、楽しく説明してくださるその姿に、牛への愛と牧場への愛を感じました。
牛舎はとても綺麗で、宗谷岬牧場のみなさんがどれだけ環境と衛生面への配慮を徹底しているのかわかります。

緑が生い茂る丘陵で、気持ち良さそうにのんびり過ごす牛たち。ここだけがゆったりと時間が流れているようでした。雄大な自然と共に育ったお肉、ぜひ味わってみてください。

(写真提供:宗谷岬牧場)
(写真提供:宗谷岬牧場)

会社情報

宗谷岬牧場
〒098-6758 
北海道稚内市宗谷岬328
電話 0162-76-2456

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