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白石のササニシキを再び全国に。世代を超え伝統を未来へ

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白石のササニシキを再び全国に。世代を超え伝統を未来へ

白石市プロジェクト

文:高木真矢子 写真:平塚実里

コシヒカリ・ひとめぼれ・あきたこまち・・「米」とひと口に言っても、その種類はさまざまです。かつて「東の横綱」とも言われた銘柄米「ササニシキ」。1993年に起こった大冷害以降、冷害や病気に弱いササニシキは作付面積が減少し、宮城県内での作付面積割合は約6%と、風前の灯となっています。

希少価値の高いササニシキを再び全国に届けようと、宮城県白石市では2016年3月から「宮城白石産ササニシキ復活プロジェクト・畦かえる」がスタート。プロジェクトに関わる白石市農林課農業振興係係長の髙橋由桂さんと、プロジェクト事務局として生産者や地元企業をつなぐ大槻育美さんに話をうかがいました。

食味日本一のササニシキ復活へ

白石市では、かつて、宮城県で誕生した品種・ササニシキを多くの米農家が生産していました。白石産ササニシキは平成元年度に民間調査機関の食味調査で日本一を獲得するなど、高品質米としての評価を受けたブランド米。希少な品種となってしまった現在も、ササニシキが持つ特有の味わいと風味は、根強い人気があります。

市内の認定農業者5名からスタートした「宮城白石産ササニシキ復活プロジェクト・畦かえる」。まずは立ち上げの背景を探ります。

ーーササニシキの復活プロジェクト立ち上げの経緯を教えてください。

高橋:地方創生事業で、農家の所得安定のために、安定した価格で販売できる「付加価値の高い農産物」を作ろうとしたのがはじまりです。差別化を考え着目したのが「ササニシキ」。白石産のササニシキは、過去に民間の食味調査で日本一を獲得したこともあるブランド米でした。

ササニシキは、かつて白石市内でも多く生産されていましたが、1993年の大冷害を受け、冷害に強い新品種「ひとめぼれ」に転換。現在では県内でのササニシキの収量は全体の6%という状況です。
希少価値が高くなったササニシキを復活させて「再び日本一になろう」と、賛同いただいた農家の皆さんとともに、宮城白石産ササニシキ復活プロジェクトが始動しました。

写真提供;宮城白石産ササニシキ復活プロジェクト・畦かえる
写真提供;宮城白石産ササニシキ復活プロジェクト・畦かえる

ーーかつて生産されていたとはいえ、プロジェクトに関わる農家さんを集めるのは大変だったのではないでしょうか。

高橋:そうですね。農家さんの立場からすると、それぞれの田んぼで土作りや水の管理の仕方、肥料の種類や量も違います。ササニシキはとても繊細な品種。どのくらい収穫できるかもわからない中、ササニシキを受け入れるのは大きな決断だったと思います。

プロジェクト始動時に手を挙げてくれたのは、地元・白石の認定農業者5名。「ササニシキを再び全国に届けよう」「農産物に付加価値をつけて収入を安定させる試みに挑戦しよう」と、私たちと思いを同じくする方たちが参加してくれました。

畦かえるのプロジェクトメンバー(公式サイトより)
畦かえるのプロジェクトメンバー(公式サイトより)

ーー再び生産がはじまったササニシキ、こだわっている点はありますか。

高橋:安心・安全なお米をめざして、減農薬・減化学肥料で育てています。冷害に弱く、栽培方法の難しさに試行錯誤の連続です。
もちろん「おいしさ」へのこだわりも大切にしています。コンクールでの受賞を目標に、年5回ほど、講習会を開いて生育調査などもしながら生産しています。

ササニシキは主役にもなるけれども引き立て役もこなす米。食味はあっさりしていて、どんなおかずでも合い、冷めてもおいしい。寿司ネタとの相性も抜群です。粘りが少ないので、食べていただくと、お寿司のおいしさの表現にある「シャリがほどける」ということが感じられると思います。市内のお寿司屋さんにも使っていただいています。

ーープロジェクト名の「畦かえる」のネーミングがユニークですよね。どんな由来があるのでしょうか。

大槻:都会に出た人が田舎に帰るように、田んぼのあぜ道に1回戻ろうという意味を込めて「畦かえる」に決めました。
ロゴは、1字1字メンバー自らが書いた、思いの込もったもの。この稲穂の数くらい、ササニシキを作る農家さんが増えたらいいな、という個人的な思いもあります。

立ち上げ時のメンバーが1字ずつ書いたという「畦かえる」ロゴ
立ち上げ時のメンバーが1字ずつ書いたという「畦かえる」ロゴ

ーープロジェクトに取り組む中で、苦労もあったのではないでしょうか。

大槻:私自身、農業とは無縁の家庭で育ったので、農家の皆さんに米の作り方から教えてもらいながらのスタートでした。プロジェクトに参加してくれている農家さんって、これまでは先に大きな売り先が決まっていて、そこに米を納品することで、生計を立ててきたんですね。それが、このプロジェクトでは、自分たちで商品を開発して、販路を見つけなくてはいけない。

右も左もわからない中でのチャレンジだったので、「大丈夫なのか?本当にやれるのか?」と、皆さん不安もあったんです。そこを何とか「頑張ろう!」と声をかけて、私も伴走してきました。

ーーどのようにして、皆さんの気持ちを盛り立てていったのでしょう?

大槻:まず、無理に押し進めないこと。お米のことは、ベテラン農家である皆さんの方が絶対にわかっています。皆さんの意見を大切に尊重しながら進めています。

寡黙な方が多くて、あまり多くを語らないところがあるんですよね。皆さんが「嫌がっていないか?無理させていないか?」を意識しながら、本当に嫌がることはしないと決めています。とにかく何度も田んぼに足を運んで、会って直接話し合っての繰り返しですね。

ササニシキプロジェクト事務局の大槻育美さん
ササニシキプロジェクト事務局の大槻育美さん

初めての商品開発と感じた手応え

2016年に始動したササニシキプロジェクト。現在では、プロジェクトメンバーの農家さんも5名から8名に。作付面積は、2016年の3.5ヘクタールから2022年の7.5ヘクタールと約2倍に広がっています。

写真提供;宮城白石産ササニシキ復活プロジェクト・畦かえる
写真提供;宮城白石産ササニシキ復活プロジェクト・畦かえる

さらに、プロジェクトメンバーは日本酒作りにも挑戦。酒造好適米(酒米)ではないササニシキでの日本酒作りに、不安を抱えるメンバーもいましたが、蔵王酒造協力のもと商品開発を進め、企画から半年後の2017年2月に2,000本の生酒「SASA秋天」を販売しました。
販売イベントでは、メンバー自らハッピを着てチラシを手に呼び込みを行い、慣れない接客にも対応。ササニシキの魅力を伝えようと来場客からの質問にも答えました。


ーーお米だけでなく、ササニシキを使ったお酒も開発されているんですね。

高橋:お酒は地元の蔵王酒造さんに醸造していただいています。2月にお披露目する「SASA秋天」からはじまり、今年から四季ごと季節に合わせたお酒を作って販売しています。

大槻:日本酒造りは本当に大変で・・。私たちの手では作れないので、製造先を決めるところからマーケティング、市場調査、タイアップ先の選定や販売の方法に至るまで全て考えました。

プロジェクトメンバーの農家の皆さんからも、ササニシキ自体が飯米なので素材として適しているかという不安も。ともすれば、皆さんの意見が後ろ向きになることが、何度もありました。さらに、製造本数2,000本だと、100万〜200万単位の大きなお金が元手としてかかってしまいます。会社からは「果たしてそれが全て売り切れるのか?」という追求もあり、予算請求も難しかったですね。

ーーそのあたりはどうやって説得されましたか?

大槻:白石市の基幹産業は、農業であり米づくりだと思うので、「日本酒を作るとしたら、どのような企画にすれば認められるのか?」を上司に相談したんです。上司からは、「白石市民がみんなに周知してくれるような、さまざまな人や企業を巻き込めるような日本酒だったら」というアドバイスをもらいました。

そこで、市役所の各課にお願いしたり、白石市の広報で商品名の公募をかけるなど、市民の皆さんも巻き込んだ取り組みにしていきました。上司には「市民が関わることで『自分が作った』と思えば、誇れるお土産になるので絶対に売れます。何とか予算を取ってください」と説得し、最終的に決裁がおりました。
企画の立ち上げから半年以上かかって、ようやく販売にこぎつけました。

ーー初年度の売れ行きはいかがでしたか?

大槻:初年度は約2カ月で2,000本が完売しました。生酒は2〜3日で完売する人気ぶりで、今年は新たに季節酒として2,000本多く販売しています。

農家の皆さんも「売れるんだ」「できるんだね」と、それはもう、うれしそうでした。手応えを感じて、私もうれしくて「これは皆さんのお米ありきの商品なんですよ」と思わず熱が入ってしまいました。

「来年はもっと本数を増やそう」と前向きな声もあり、「お酒という形にすることで、自分たちの商品を知ってもらう一つのツールになる」という発見もあったようです。

「白石のために」広がる地域の輪

日本酒造りを通して、商品開発が自分たちの商品を知ってもらう一つの手段になると気づいたプロジェクトメンバー。その後も「しろいしたっぷりん」の開発では、竹鶏ファームや山田乳業、森昭と地域の企業が多く参画。プロジェクトメンバー以外が中心となって開発する商品もあり、プロジェクトを通じた輪が大きく広がっています。

高橋:つながりは、決して私たち市役所側が考えて広げたものではありません。プロジェクトメンバー、高校生、大学生、地元の企業さんが「白石のために」と力を貸してくれています。このプロジェクトは地元の皆さんの気持ちや心意気、愛情のこもった取り組みということで、いろんな出会いとともに広がっています。

「しろいしたっぷりん」は、ササニシキプロジェクトメンバーの娘さんの想いから生まれたんですよ。大学の卒業論文で、「お父さんたちが作るササニシキや、白石市の農産物についてもっと多くの人に興味を持ってほしい」と、ササニシキを使ったスイーツを開発してはどうかと。最終的にプリンという形で完成しました。

そのほかにも、日本酒作りで出た酒粕を使ったジェラートや、プロジェクトメンバーの奥さんがつくった米粉のお団子などを「おもしろいし市場」で販売しています。

しろいしたっぷりん開発プロジェクトの様子 写真提供;宮城白石産ササニシキ復活プロジェクト・畦かえる
しろいしたっぷりん開発プロジェクトの様子 写真提供;宮城白石産ササニシキ復活プロジェクト・畦かえる

ーー幅広い方々が関わってらっしゃるんですね。このプロジェクトを通して、地域の人とのつながりや関係性の変化はありましたか?

大槻:誰かが具合の悪いときに、メンバーや地域の人が協力して田植えや草刈りを手伝うなど、困ったときに助け合える関係性ができています。講習会などで、ほかのメンバーの田んぼを見る楽しみや学びもあるようです。皆さん、より良いものを作るために熱心にコミュニケーションを取っていて、これもプロジェクトがあったからこそだと感じています。

高橋:ササニシキを活用した地域活性化を地方創生の課題研究としている地元の高校生たちが、稲刈りを手伝いに行くこともありました。高校生たちにとっても、稲刈りは「大変」というものではなく「楽しかった」という記憶に残るものだったようです。販売イベントや高校生、大学生との関わりによって、メンバーが普段接することのない世代や立場、消費者の生の声も聞くことができています。

生育調査の様子 写真提供;宮城白石産ササニシキ復活プロジェクト・畦かえる
生育調査の様子 写真提供;宮城白石産ササニシキ復活プロジェクト・畦かえる

食味日本一と白石産ササニシキの全国展開を胸に

ササニシキの生産復活にとどまらず、商品開発などを通して輪を広げてきたプロジェクト。これから、どのような方向に向かっていくのでしょうか。

ーーササニシキの生産量を増やすことは、まだまだ課題があるかと思いますが、皆さんの意識としてはいかがでしょうか?

大槻:農家の皆さんとしては、売れなければ経営に直結してしまうので、不安が大きいはずです。私たちが売り出し方や営業を頑張り、販路を年単位の長期的なスパンで計画できれば、生産量も増やしていけるでしょう。

課題のゴール地点は見えてはいるものの、価格との折り合いが難しいんですよね。でも、ここは私たちの頑張り次第だと思っています。商品開発などの取り組みも広げて、最終的には自立できる農家さんの仕組みが作れたらいいなと思います。

ーーあらためて、今後の目標や展望はいかがですか。

高橋:コンクールでの優勝です。応募するコンクールの中には国際大会もあるので、日本だけでなくお米を食べる文化がある海外の方にも白石産のササニシキを食べていただきたいですね。そして、コロナ禍で思うように販路が拡大できなかったので、これから作戦を立てながら広げていきたいです。

大槻:このプロジェクトは、「もう一度おいしいササニシキを全国の皆さんに食べていただきたい」という思いからスタートしています。まずは、食味日本一と白石産ササニシキの全国展開が1番の目標です。

写真提供;宮城白石産ササニシキ復活プロジェクト・畦かえる
写真提供;宮城白石産ササニシキ復活プロジェクト・畦かえる

立ち上げから7年目、産学官民の連携が広がっている宮城白石産ササニシキ復活プロジェクト。地域の中で、世代や立場を超えた輪は大きく育ちつつあります。
主食としてのササニシキはもちろん、日本酒やプリン、ジェラート・・・白石市の自然と共にある農業とプロジェクトメンバーの「伝統あるササニシキを再び全国に届けたい」という思いは、これからもさまざまな形で受け継がれていくでしょう。

プロジェクト情報




宮城白石産ササニシキ復活プロジェクト「畦かえる」
〒989-0232
宮城県白石市福岡長袋字八斗蒔20-1
農産物等販売施設「おもしろいし市場」内
TEL:0224-26-9778/FAX:0224-26-9779
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