猿払ホタテの影の立役者。全国シェア10分の1を誇る巽冷凍食品の挑戦
猿払村事業者の想い
文:立花実咲 写真:原田啓介
猿払の名物・ホタテ。1958年に禁漁になる危機に瀕しましたが、稚貝を放流して漁獲量を増やすことで乗り越え、今では指折りの産地の一つです。
「猿払といえばホタテ」というブランドを、日本中に浸透させてきた立役者の一つが、巽冷凍食品(株)。1952年に初代社長が、個人商店として立ち上げた企業です。
創業から約70年。現在では、国内で流通しているホタテの10分の1のシェアを誇るまでに成長しました。猿払のホタテの品質と信頼を守る、巽冷凍食品さんの3代目代表取締役社長・小山内賢一さんにお話を伺いました。
禁漁時期を乗り越え、ホタテ産業を支える会社に
現在、日本国内で流通している冷凍ホタテは年平均で2万トンほど。巽冷凍食品(株)が製造・販売している冷凍ホタテは年間約2000トンにのぼります。
ーーーー個人商店からスタートして、数年後に、ホタテが禁漁になりました。それでも、ここまで生産規模を大きくできた理由は、どこにあるのでしょうか。
小山内:「初代社長が、水産物仲介業もおこなっていたことで、会社として持続し、乗り越えることができたのだと思います。その後、稚貝放流が始まって、漁獲量がどんどん伸びていきました。それに伴って、弊社も冷凍してすぐに販売できる設備を整えていったんですね」
粘り強い漁師さんや村の人々の努力に応えるように、ホタテの漁獲量は伸び、巽冷凍食品(株)は1970年に法人化。現在はグループ会社を6社かかえるまでに成長しました。
鮮度のひみつは“海まで5分”の地の利
販売している冷凍ホタテ貝柱「玉冷」(たまれい)は、会社を代表する商品。生きたまま瞬間凍結することで、しっかりとした歯ごたえが残り、ぷりぷり。Sサイズから特大サイズまで選べます。見せていただいたのはSサイズでしたが、子どもの手のひらくらいある粒の大きさ。「これで本当にSサイズ?」と疑うほど贅沢な分厚さです。肉厚で、クリーミーな猿払のホタテ。北は稚内、南は沖縄まで全国に住む多くのファンが、毎年届くのを楽しみにしています。
ーー巽冷凍食品(株)ならではの、ホタテの特徴はどんなところでしょう?
小山内:「私は猿払村出身ですから、地元びいきなところもありますが、やっぱりここで獲れたホタテが一番おいしいと思います。粒も大きいし、なにより弊社からお客さんのところへ届くホタテは新鮮なんです」
巽冷凍食品の工場は、漁がおこなわれる浜から車で5分ほどのところにあります。そのため、朝8時に水揚げされたホタテが工場へ運ばれ、15分以内で急速冷凍され、すぐに出荷できる状態になります。朝獲れたホタテを、その日の夜に札幌で食べることができるほどのスピード感。産地と加工場の近さと整備されたオペレーションが、文字通り“産地直送”の美味しさを、遠く離れた地域へもお届けられるひみつなのです。
工場の衛生管理も徹底しており、時折視察や新しいお客さんが見学に来るときは「病院と同じくらい清潔な場所だと思ってください」と伝えているのだとか。
小山内:「大げさなんですけどね。でもそれくらい獲れたての味を届けることに、特にこだわっています。弊社は平成21年に、対米HACCP(※1)、平成25年には対EUHACCPを取得し、より安心・安全なホタテであることを追求してきました。ホタテ以外にも、美味しいものがたくさんある時代ですから、お客さんに選んでいただくために『猿払のホタテがいい』と指名していただけるよう、作り続けたいです」
※1 HACCPとは、食品等事業者自らが食中毒菌汚染や異物混入等の危害要因(ハザード)を把握した上で、原材料の入荷から製品の出荷に至る全工程の中で、それらの危害要因を除去又は低減させるために特に重要な工程を管理し、製品の安全性を確保しようとする衛生管理の手法
選ばれ続けるホタテであるために
安定した漁獲量を誇る猿払のホタテ。ですが、自然の影響もあるため、毎年必ず十分な量のホタテが獲れるとも限りません。価格も少しではありますが、変動します。
ホタテの品質は保ちながら、相場にとらわれない“選ばれるホタテ”であるために、巽冷凍食品では試行錯誤をつづけています。
ーー現在、アイディアを絞るためにしていることはありますか?
小山内:「コロナ禍ではむずかしいですが、お客さんに工場見学をしていただくことがあります。水揚げから始まって、トラックに乗せて工場に運び、ホタテをむいて冷凍になるまでのラインをすべて見ていただくんです。食品の安全性を伝えるのと、アドバイスをいただくのが目的です。やっぱりずっと同じ工程を見続けていると、当たり前に感じてきてしまうんですよね。だから違う視点を持つ方に意見をもらうようにしています。冷凍技術も、見学に来ていただいたお客さんからのアドバイスを受けて見直し、今の形になりました」
現在は90名ほどの従業員がたずさわっている、巽冷凍食品。一人ひとり、ホタテを実際に食べ、「常日頃から『自分がお店に行って買いたいと思うような商品を製造しよう』と指導しています」とのこと。海外からの実習生も受け入れながら、会社全体で猿払の名に恥じないホタテを作り続けたい、と小山内さんは話します。
予測不能な時代だからこそ、先代が築いてきた道を守りつつ新しい発想を
小山内:「2003年に、私、東京の営業所にいたんですが、ちょうどSARS(重症急性呼吸器症候群)の流行が騒がれ出した時期でした。すぐ収束はしましたが、あの時も大変でしたね。そして今回の新型コロナ……こんな事が人生で2回も起きるとは思ってもみなかったです。でも、こういう状況だからこそ、お客さんに信頼してもらって買っていただけるのは、ありがたいですね。先代が築いてきた精神やホタテの品質は裏切れないという気持ちが強いです。守り続けるものは残しつつ、でも若い人にも新しいことを発想してもらいたいなとも、思っています」
取材の最後に、今後はホタテ以外の主力商品も考え中と教えていただきました。調理できるホタテの加工食品やボイルなど、アイディアはあるといいます。とはいえ「時代は変わるから」と、若手や次世代への期待を寄せています。
小山内:「猿払のふるさと納税の返礼品は、美味しいものがたくさんあります。私たちが作るホタテも、猿払のものなら間違いないと思ってもらえるように頑張りたいですね」
伝統のホタテ漁を加工業から盛り上げ支える巽冷凍食品さんが、これからどんな新境地に打って出るのか。猿払のホタテをいただきながら、注目してみてはいかがでしょうか。
会社情報
巽冷凍食品株式会社
〒098-6232 北海道宗谷郡猿払村鬼志別西町186
電話 01635-2-3326