頭と地球を守る。猿払を救ったホタテから生まれたHOTAMET
猿払村プロジェクト
文:三川璃子 写真:原田啓介
「猿払といえばホタテ」と言われるほど、国内でも最大級の水揚げ量を誇る猿払村。しかしながらその裏では、毎年約1万トンにもおよぶ貝殻が水産系廃棄物として発生。猿払村では長年にわたって処理方法を模索してきました。
そうした中、2022年12月にスタートしたのがホタテの貝殻を再利用した環境配慮型ヘルメット「HOTAMET(ホタメット)」のプロジェクトでした。
「ホタテの貝殻が頭を守り、地球を守る」ーー地域課題と社会課題を解決するプロジェクトの一翼を担った、猿払村役場伊藤 浩一 村長と建設課の新家拓朗さんにお話をうかがいました。
模索してきた猿払村内のホタテ貝殻利活用
猿払村ではかねてから、伊藤村長が中心となりホタテ貝殻の利活用を進めてきたと言います。現在村内には5つの加工場があり、貝殻はチョークや化粧水、道路舗装材などに形を変えているそう。
ーーこれまで猿払村では貝殻処理はどのように行ってきたのですか?
伊藤村長:猿払村としては、以前から環境問題について取り組んできました。2006(平成18)年には地域新エネルギービジョン、2011(平成23)年にはバイオマス構想を策定し、ホタテの貝殻とウロ、家畜糞尿の処理について模索してきました。
中でも毎年1万トンもの廃棄が出る貝殻には、頭を悩ませてきたのです。
民間企業や専門家などと連携しながら、水虫の薬や土壌改良剤、道路の白線材など、さまざまな商品を開発してきたものの、なかなか幅広く普及するには至りませんでした。
猿払村では国内で貝殻の活用方法を積極的に模索しながら、国外へも輸出をおこない廃棄貝殻を処理してきました。しかし2021年にはホタテ貝殻の国外輸出がストップ。貝殻は地上保管を余儀なくされ、深刻な地域課題が生じたのです。
新家:一時的に海外への貝殻の輸出がストップしたことで、近年稀に見る量で廃棄貝殻が溜まっていました。環境への影響や堆積場所の確保などに、関係者が悩まされていたんです。
村としても地域課題の解決方法を模索していきました。
頭と地球を守る、HOTAMETの誕生
2021年12月。新家さん宛に一通のメールが届きました。メールの送り主は外資系総合広告代理店のTBWA\HAKUHODO。内容は猿払村のホタテ貝殻利活用に着目した「HOTAMET」製作に関する提案でした。
新家:ホタテの殻を再利用したヘルメットを作りたいという内容でした。
貝の身を守っていた貝殻が、今度は漁師の頭を守る。ひいては環境を守り、地球を救うことにつながる。そのコンセプトに感銘を受けました。
TBWA\HAKUHODOは、東大阪にあるプラスチックメーカー・甲子化学工業とともにHOTAMETを企画。ホタテ貝殻の主成分が炭酸カルシウムであることに着目し、廃プラスチックをベースとする新素材「カラスチック※」を採用したHOTAMETを構想し、新家さんにオファーを投げかけたのでした。
新家:聞いたとき、すごい発想だと思いました。私たちだけでは到底出てこないアイディアですよ。
地域課題と社会課題の解決を目指し、官民連携で商品化を進めていきました。
※カラスチックとは甲子化学工業が大阪大学 大学院工学研究科 教授の宇山浩氏と共同で開発した新素材
ーーデザインなど商品設計にもこだわりを感じます。
新家:ヘルメットのリブ構造は、ホタテの貝殻を真似たデザインになっています。バイオミミクリー(生物模倣)といって、生物の特性を技術やシステム開発に活かす設計が施されているんです。
ホタテの持つリブ構造を導入することで、ヘルメットの耐久性が30%向上しました。これは、自然界でホタテが身を守るために貝殻が進化してきた証です。ホタテの身を守る貝殻が、ヒトの身を守るヘルメットへ。資源を循環してつくられたヘルメットなんです。
さらに廃プラスチックと貝殻を50%ずつ配合することで、通常のプラスチックよりも約33%も強度がアップしました。CO2削減も科学的に実証済みです。
スタートアップスタジオ・quantumさんの協力も得ながら、デザイナーや企画開発の方が設計し、私たちは試作品をチェック。カラー展開や形も緻密に計算し、試行錯誤しながら商品化が進められました。「頭と地球を守る」というコンセプトを追求し、HOTAMETが形になりました。
ーー2021年12月にオファーを受けてから1年で商品化を進め、2022年12月にプレスリリース、クラウドファンディングを実施しました。スピード感を持って取り組めたのは、なぜですか?
新家:「とにかくどうにかしなきゃ」という思いがありました。
目の前には処理できなくなった大量の貝殻がありました。貝殻を管理する事業者からも「ぜひお願いしたい」と返事をいただきました。
HOTAMETの商品化は課題解決のために、可能性があると感じました。
村全体として緊急度が高い問題だったことに加え、お話をいただいたTBWA/HAKUHODOさんと甲子化学工業さんの熱量を大切にしたかった。だから、スピード感をもって取り組めたのだと思います。
村内外で広がる、HOTAMET歓迎の声
ホタテ本来の形に則り、環境保全や耐久性まで考えられたHOTAMET。2022年12月にリリースしたクラウドファンディングでは、1107名もの方から支援を集めました。
ーークラウドファンディングではどんな声が集まりましたか?
新家:一般の方からも多くの反響をいただきました。2023年4月から道路交通法の一部改正にともない、自転車走行時のヘルメット装着の努力義務が課されたタイミングも追い風になりました。
ヘルメットの利用者だけでなく、環境保全に関心の高い方にも、コンセプトが受け入れられている感触がありましたね。村内の建設業関係者や漁業協同組合などからも、「製品化されたら会社全員で使いたい」と、うれしい言葉をいただいています。
村内外から注目いただけるのは、非常にありがたいですね。
ーー嬉しい声が集まる中で、現在抱える課題などはありますか?
新家:実はクラウドファンディングで注文した方にはまだお届けできていないんです。(2024年1月現在)
建築現場や自転車での利用を可能にするため、国の認証取得のテストを重ねている最中と聞いています。ヘルメット製作は関係者にとって初めての挑戦で、安心・安全な製品をお届けすべく準備をしています。
みなさんのお手元にお届けできるのも、間もなくだと思います。
ホタテの殻が廃棄物から「資源」になる未来へ
「HOTAMETは大きなインパクトを与えられる」と語っていた伊藤村長。HOTAMETへの注目が高まるにしたがって、素材であるカラスチックの活用について、企業から猿払村への相談が増えていると言います。貝殻が新たな「資源」として価値を高める中、村としては今後どのように活用の幅を広げていくのでしょうか。
ーーヘルメット以外にカラスチックを使った商品化の構想はあるのでしょうか?
新家:現在はANAの特別塗装機「ANA Green jet(ANAグリーンジェット)」の安全のしおりにカラスチックが活用されています。
強度や耐久性があるので、除雪道具への構想もあります。カラスチックの可能性は無限大。だからこそ、まずはHOTAMETを市場に出し、認知を広げていくことが重要です。
地域課題、社会課題の解決につながる視点を大切にしながら、今後もさまざまな企業とコラボしていきたいですね。
ーーホタテの貝殻が廃棄物という厄介者から、サステナブルな資源へと価値転換されたのですね。
新家:貝殻の粉砕工場を村に誘致したいと考えています。
現状は粉砕せず、貝殻のまま輸送しているんです。道南の工場で一度荒粉砕し、大阪の工場で微粉砕後に甲子化学工業に納品となります。輸送のコストパフォーマンスが悪いのがネックです。
村内で粉末状態にできれば、輸送日数もコストも減りますよね。新たな雇用も生み出せたらいいなと思います。
伊藤村長:閉校した小学校を工場にできたら、とも構想しています。
ホタテの漁獲量が多いオホーツク側に粉砕工場ができれば、近隣エリアの廃棄貝殻も処理できます。今後粉砕工場が出来たら、海産物を調達しにきたトラックが、廃棄貝殻を乗せて戻る。実現すれば、コストは最小限のまま廃棄貝殻の回収率も良くなります。
近隣の自治体とも連携をとりながら、北海道全体の課題解決のお役に立てたら幸いです。
ーー今後の展望はありますか?
新家:カラスチックのようなアップサイクル素材が、当たり前の未来になるといいですね。「その製品何でつくられてるの?」「カラスチックだよ」なんて会話が生まれるように。まずはHOTAMETを皮切りに、他にもカラスチックを使用したアイテムをつくりたいです。
みんなが知る存在になるためには、周囲の理解も必要。
未来に向けて、まずは私たちにできることを一歩一歩取り組んでいきます。
近隣地域の社会課題も視野に入れ動く猿払村の姿勢。HOTAMETを契機に、猿払村が廃棄貝殻からカラスチックへの活用事例を築いていくことは、廃棄貝殻に頭を抱える多くの自治体にとって、希望の光になると感じました。
ホタテの貝殻が身近な資源として、私たちの身の回りに現れるのもそう遠くないでしょう。