IoTの力で未来へ繋がる産業を。村民とともに創る「誇れる」作物
猿払村プロジェクト
文:三川璃子 写真:原田啓介
「いちごの産地として猿払村の名前が広がって欲しい」ーー雇用を増やし、人口減少に歯止めをかけるため、猿払村でIoT推進事業が始動。その第一歩として、いちご、葉物野菜の栽培(施設園芸栽培調査研究事業)が2020年にスタートし、未来に向けて大きな一歩を踏み出しました。
2021年の取材から1年。最新技術を駆使した野菜・いちごの栽培はより本格的な動きになっています。新たなメンバーも加わり、形を変えながら挑戦の幅を広げるIoT推進事業。地域おこし協力隊の塚田治幸さん、坂入亮兵さん、藤田旅人さん、企画政策課小高翔太さんにお話を伺いました。
初年度の失敗を学びに変えて挑む2年目
IoT技術を使って、誰もが営農できる環境づくりを目指す猿払村。まずは、実際に作物を育てているハウスにお邪魔させてもらいました。
ーー現在、どのような品種の野菜を育てているのですか?
塚田:昨年はリーフレタス、小松菜、チンゲン菜など7品種の野菜を育てました。今年はさらに春菊やわさび菜など、全部で14種の葉物野菜に種類が増えました。猿払で育てられる野菜の種類を少しでも増やしたい、という思いでいろいろ試していますね。
ーー前年から倍の品種を育てているんですね。
他にどのような変化がありましたか?
塚田:今は見ての通り、葉物野菜が収穫できる状態ですが、昨年の同じ時期はまだ収穫できていませんでした。無加温※でも育てられる品種なのですが、11月に急激に寒くなった影響で、一部の野菜がなかなか成長しなかったんです。中でもほうれん草は成長が間に合わず、大部分はやむを得ず廃棄することになりました。心苦しかったですね、なるべく僕たちで消化したりはしてたんですが。なので、昨年の失敗をもとに、今年は成長が遅かったものは植える時期を少し早めて調整しました。
※無加温とは加温器具を用いずに栽培する方法。 株をなんとか枯らさずに冬越しさせるという栽培法。 設備や暖房費などの経済的コストが軽くなる。
もうひとつ浮き彫りになったのが、一度に全部植えて一気に収穫するパターンだと、出荷量の調整ができないという問題。今は地元スーパーのQマートだけに出荷している状況なので、需要と供給のバランスが合わず、どうしても余ってしまうんですよね。定植を2回に分けるなど、今年は前年の失敗を学び変えて取り組みました。
ーー昨年の葉物野菜に加えて、今年からいよいよいちごの栽培も始まったそうですね。
藤田:2棟のハウスのうち1棟を使って、いちごを育てています。いちごって腰を曲げてかがみながら手摘みするのが主流なんですけど、体への負担を軽くするために、高さを出して立ったまま収穫できるようにしています。
今回は4品種を植えました。いちごもいろいろ種類があって、冬から春にかけて実がなる「一季成り」と、夏や秋にも実を付ける「四季成り」があります。猿払村は寒さの厳しい場所。冬に育てるとなると加温が必要になり、コストもかかります。そのため、ここでは「四季成り」のいちごを育てているんです。
塚田:こんなに狭い面積で多品種を育てているのは、おそらく全国探しても猿払だけなんじゃないかな。来年は5品種にしようかと考えてます。私たちが取り組んでいるのは、あくまで、これから猿払村で新規就農する人たちのための実証実験。これから先、安定して生産していけるいちごをもっと増やしていきたいですね。
スタートして見えた「課題」
実際にハウスで採れた野菜やいちごは、地元スーパーや学校給食に販売提供され、地元の方の手に届くように。しかし、そこにはいくつもの葛藤や課題があったのでした。
ーー採れた野菜やいちごがスーパーに並べられて、地元民の方の反応はどうでしたか?
坂入:いちごや採れたての葉物野菜は、今まで猿払になかったので喜ばれましたね。お客さんの意見を聞くために実施したアンケートなどで、「作ってくれてありがとう」という言葉をもらえてとても嬉しかったです。
塚田:一方で、いちごの品質や大きさにバラつきがあることに、ご意見をいただくことも。労働力のバランスが理由のひとつなんですが、これは今年見つけた課題ですね。
ーー具体的にどんな課題があったのでしょう?
塚田:いちごの栽培を始めた最初の年だったので、どれくらいの人手が必要か、全くわからなかったんです。収穫時期に人手不足になり、いちごの手入れが100%できないという事態に陥りました。いちごは花を摘むなど、手入れをしないと実が小さくなりすぎてしまうんですよね。地域おこしの私たち3人と、小高さん含めて4人でやっても、全く手が回らない状況になってしまって。手入れが行き届かないことで、実の品質を担保できなかったのは、一番大きな課題ですね。
もう一つが、それぞれの品種で病気が出て生食用のいちごが少なくなってしまったこと。専門家の方と病害虫を想定して、農薬スケジュールなどを組んでいましたが、想定外の害虫がたくさん出てしまって。やってみて見つかる課題がたくさんありましたね。
小高:生食用のいちごが少ないのは、来年しっかり改善したいところ。全国平均だと、生産したいちごのうち、8割は生食用いちごになるんですが、うちはまだ6割ほど。生で食べられないものは、加工品に回して対応していますが、数割は廃棄になってしまうんです。だから、来年は今回の失敗をもとに、もっと生のいちごを楽しんでもらえるように改善していきます。
自分ごとで関わる人を増やす
「育てるだけでは未来に残せない」ーー猿払の未来に繋げるため、試行錯誤しながら育てられるいちごと葉物野菜。プロジェクトメンバーは事業の認知を広げ、自分ごとで関わる人を増やすための活動も、同時に行っていました。
ーー藤田さん、坂入さんは今年から地域おこし協力隊として猿払村に?
藤田:そうですね。以前は、東京のIT企業で働いていたんですが、徐々に田舎で働きたいという思いが強くなって。地域おこし協力隊の募集を探すようになって、「面白そうだな」と目に止まったのがこの猿払の事業でした。
坂入:私も藤田さんとちょっと似ていて。地方暮らしとプラス、作物を育てることに興味があったんです。関東で営業の仕事をしていましたが、猿払村の地域おこし協力隊の募集要項を見て「これだ!」と思って来ました。
ーー塚田さん含めお三方とも道外から猿払村へ移住されて来たのですね。
この事業は地域おこし協力隊の皆さんとパートさんで回しているのでしょうか?
小高:今年は「おてつたび」※というサービスを利用して、14名の方が猿払村に来てこの事業をお手伝いしてくれています。約10日間ほど猿払村に滞在してもらい、収穫のお手伝いをお願いしているんです。
この事業は、「自分ごととして関わってくれる人をいかに増やすか」も大事だと思っています。おてつたびや地元のパートさんにお願いしているのも、この事業へ思い入れを持ってくれる人を増やしたい、という想いから。村内、村外両方にはたらきかけ、関わる人を増やすような取り組みをしています。
小高:「自分ごと」といえば、この間決まったばかりなのですが、地元の小・中学生に猿払のいちごの名前を決めてもらいました。6月から募集を開始して、全部で800件ほど集まりました。そこから担当部署で3つ候補を絞って、最後に地元の小・中学生に投票で決めてもらったんです。
ーー子どもたちが決めたいちごの名前、気になります。
小高:「北ポムム(きたぽむむ)」という名前に決まりました。「北」は最北の村としての北という意味、「ポムム」はラテン語で果実という意味です。
この事業は、未来に残る産業を作っていくのが目的です。今の子どもたちが大人になった時、今取り組んでいるIoT事業に挑戦したり、選択肢のひとつになる状況が理想。もし子どもたちが大きくなって猿払を出ることになったとしても、「自分で名前を選んだいちご」「自分が関わった事業」という思い出が、猿払村に帰るきっかけになってくれたらいいなと思いますね。
もっと遠くに広く届けたい
1年目、2年目と重ねるごとに見つかる課題や広がるつながり。猿払IoT推進事業のこれからの動きや描く未来について伺います。
塚田:来年できるかどうかわからないですが、生のいちごを遠方に出荷したいですね。暑さに弱いいちごを夏に配送するのは、かなりハードルが高いんですよね。この北の果てからどうやったら都市部に送れるか考えてます。
とはいえ、猿払でも本州のいちごが食べられる方法はきっとあるはずです。
藤田:いちごの見た目も色ムラを少しでも減らすなど、より品質の良いものを作りたいですね。猿払のブランド力をあげることにもつながると思います。
坂入:全国的に知られるような、ブランドいちごになってくれたら嬉しいですよね。「将来有名になるいちごを作っている」って考えると、歴史に何か残せそうでワクワクします。
小高:まだまだ始めたばかりの事業ですが、猿払にも美味しいいちごがあると知ってもらうには、やはり地元スーパーだけでは伝わりません。これから新規就農できる環境を築いていくためにも、販売先を広げていきたいところ。ありがたいことに、栽培を始めた年に人気スイーツの堂島ロールとコラボして認知が広がりましたが、もっともっと広く多くの方に知ってもらいたいです。関わってくれるみんなと一緒に、猿払で育つ作物の価値を上げていきます。
「この土地でやってみなければわからない」未知の領域で予想が外れることもある中、試行錯誤を繰り返し、形作るIoT推進事業。猿払村の特産品として、村民が誇れる作物が未来に残っていくことでしょう。