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韃靼そばで地域再生。神門が築く持続可能な産業のあり方

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韃靼そばで地域再生。神門が築く持続可能な産業のあり方

雄武町事業者の想い

文:髙橋さやか 写真:高橋洋平

「夢はあるかい?」ーーそう訊ねられた時、堂々と胸をはって夢を語れる大人はどのくらいいるでしょう。株式会社神門の石井弘道社長は、「韃靼(だったん)そばで地域を再生し、持続可能な産業を築く」という、大きな夢に向かって目を輝かせながら挑んでいます

人口減少、耕作放棄地の増加。北海道の多くの地域が抱える課題は、山野の資源が豊かな雄武町も同じです。変わりゆく故郷の姿に、石井社長は立ち上がり、雄武町に新たな特産品を生み出しています。

変わりゆく故郷の景色を再生したい

神門が生産する「韃靼そば」。ちょっと耳慣れない名前ですよね。
由来は、モンゴルに住んでいたタタール民族によって古くから栽培されてきた「苦そば」。タタール人を表す韃靼(だったん)という漢字を用いて、日本では韃靼そばと呼ばれるようになったそう。ルチンやマグネシウムなど豊富な栄養素が含まれています。そんな韃靼そばをなぜ、雄武町で栽培することになったのでしょうか。


ーー雄武町で韃靼そばの栽培をはじめたのは、どういった経緯があったのでしょうか?

石井 :私はもともと役場職員で、建設課に25年、産業振興課に14年間いました。地元の産業に携わる中で、さまざまな農業の課題に直面したんです。

雄武町はもともと酪農地帯。ですが、 後継者不足で使われない土地が増え、役場では新たな農業振興策を模索していました。土地に適した農作物を検討していた時に、国の農業研究機関から、「雄武町の気象条件に、韃靼そばが合うんじゃないか」という話をもらったんです。

試験栽培がはじまったものの、当初は韃靼そばの食味が悪いという、マイナス面がありました。そうした中、農業研究センターが研究を重ね、苦みがほとんど出てこない品種を開発。それが、今栽培している「満点きらり」でした。

韃靼そばの花(写真提供:株式会社神門)
韃靼そばの花(写真提供:株式会社神門)

石井 :この会社を立ち上げたのは、元町長だった田原賢一さん。
平成24年の5月に立ち上げて、そばの栽培をはじめて3ヶ月で亡くなってしまって。
私は当時はまだ役場職員だったんですが、早期退職して会社を引き継ぐことにしたんです。

ーー役場職員だった頃から、耕作放棄地の課題に向き合ってきたんですね。生まれ育ってきた町の景色が変わっていくことへの思いもあったのでしょうか?

石井 :そうですね。廃屋が増え、景観も悪くなるでしょ。
ここから 20キロぐらい山奥に、上幌内集落っていうとこがあるんだけど、そこはもう20年くらい前に、消滅集落になってしまった。昔は学校や映画館、お店屋さんも何件もあったの。だけど、誰も住まなくなった。離農したら牛舎や家も潰れてしまう。畑だったところも雑草だらけになって。

何よりも、昔の人が苦労して切り開いた土地をなんとか再生して、次の世代へ繋いでいきたいという想いがありましたね。田原さんも同じ想いで、この会社を立ち上げたと思います。その矢先で田原さんが亡くなってしまったから、その意思を大切に引き継いだんですよね。

「どんな作物がいいのかな?」って、なかなか思いつかなかったんだけど、最後にたどりついたのが韃靼そば。

石井 :韃靼そばは、機能性のある食品。これからは、健康の時代になってくると見越して、1本でやろうって。

食べものは、安心安全が一番だから、化学肥料や農薬を一切使わない有機栽培。環境に負荷をかけないという点も、配慮しています。川の近くでもそばの栽培をしているので、農薬を使うと漁業にも影響がでる。土地を次の世代に繋いでいくという意味でも、持続可能な農業を目指してますね。

ひと筋縄ではいかない耕作放棄地

田原さんの意志を継ぎ、地域の再生のためスタートした韃靼そばの栽培。種を落としてから、約3ヶ月で収穫できるそうですが、経験ゼロからのスタートは容易ではありませんでした。

ーー役場職員から韃靼そばの栽培って、全然畑違いですよね。

石井:ノウハウゼロ、加工経験もゼロ、販売経験もゼロ、全部ゼロスタートでしたね。
それでも、お父さん、おじいちゃん、おばあちゃんが繋いできた土地を「なんとか次の若い世代に繋いでいきたい」という想いが強かったんです。

ゼロからのスタートでしたから、農研機構の方や製粉をされてる農家さんなど、いろんな方に力を貸していただいて。補助金の情報も色々いただいて、活用しましたね。

ーーさまざまな方の力添えがあったんですね。韃靼そばは最初の年からできたんですか?

石井 :土地を再生するところからはじめたから、収穫はできたんだけど、水捌けの悪い場所は、やっぱり収穫量が落ちましたね。雄武町は粘土地質で、水捌けが悪くなりやすい。そばは、湿害にすごく弱いので、もともとの土壌としては非常に厳しいんだけども、土地を再生して、まずは種を落としてみようって。

耕作放棄地だったので再生するのも非常に厳しく、石がすごく多い畑もありました。だから、大変苦労しましたね。毎年、少しずつ改善しているのに加え、今は国の事業によって再整備しています。整備後はトラクターの自動運転を活用し、スマート農業にも取り組んでいきたいですね。

(写真提供:株式会社神門)
(写真提供:株式会社神門)

石井 :そばは、気象条件にすごく左右されやすい作物。「実」だけ売ってても、取れない時には経営が不安定になります。台風や雨でやられて、収穫量が半分に落ちた年は厳しかったですね。職員抱えてるし。会社始まって3年ぐらいの時かな。当時は玄そば※だけで、加工は手がけてなかったから、ちょっと大変でしたね。

それで、付加価値を高めるために製粉や製麺も手がけていこうって、加工もスタートしました。

※玄そばとは、結実し収穫されたままの殻つきのそばの実のこと

ーー製粉工場って設備投資とかも必要だと思うんですが、どうやって踏み切っていたんでしょう。

石井 :設備投資するための国の事業制度を活用したり、町にも応援してもらって。
そこは勝負を賭けたんだよね。韃靼そばは健康にいいものだし、「将来絶対伸びる」っていう信念持ってやらないと。軸足ブレちゃったらなんもできないよね。

ーーどうして、そこまで信念を持って韃靼そばに賭けられたんですか?

石井 :農地を再生させて、次の若い世代に繋いでいく。役場にいた時から、常に「なんとかしたい」って想いがあったから。 それと、新しい農業の振興作物は「韃靼そばだ」ってもう決めたから、ブレないでやろうって。

不思議なもので、2015年に製粉工場を作った翌年、本州の外食チェーンの社長さん自ら、「契約していただけませんか」って話をいただいたんです。250店舗ぐらい持ってる会社で、毎月、定期的にそば粉を供給しなければならなくなりました。「安定供給」という新たな課題ができたことから、農地面積を広げていきました。

(写真提供:株式会社神門)
(写真提供:株式会社神門)

人とのつながりで広がる、韃靼そばの可能性

「韃靼そばはまだまだ知らない人が多い。それは、チャンスなんだよ」と、笑顔で語る石井社長。製粉にとどまらず、オリジナルの乾麺や神門のつゆも手がけています。

ーー乾麺や神門のつゆなど、オリジナル商品の開発はどんな点にこだわったんですか?

石井:まず最初に、スーパーに売っている韃靼そばを全部買って食べて。自分のイメージする味のゴールを探った。 製麺を製麺会社にお願いする時も、「こういう味の麺にしてほしい」って、イメージを示さないと。

乾麺ができたら「やっぱり、つゆも欲しいね」ということになって。商品にはストーリー性が大事。雄武町には山と海、それぞれの地域食材があるから、うまくコラボして作り上げようって。漁協さんの昆布とオダ水産の鮭節を原材料に入れて、雄武町ならではのつゆを作りました。

中身はもちろん、パッケージも重要。こちらも、デザイン会社とやり取を重ねて、つくりました。味もパッケージも、最終決定は女性にお願いしてます。やっぱり、女性の目線って大事ですね。

乾麺の開発から約5年が経ち、現在は新たな商品開発にも取り組んでいるそう。年に3〜4回、東京の展示会などにも積極的に足を運び、韃靼そばの可能性が広がっていきます。

石井 :構想はたくさんあります。
まず、今手がけているのが、東京の有名なそば屋さん監修の冷凍そば。うちのそば粉を使ってね。そば湯とお店監修のつゆもつけて。あとはそばパスタ。これは、東京の「イタリア展」で1回やってみようって。
それと、イチオシなのがレンジで温めて食べられる生そば。

ーーいいですね。

石井:今はやっぱり、 「簡単にできておいしい」っていうニーズがあるから。常温で半年ぐらい持つ製法技術で作っているから、非常食にもなる。あともう1つ、韃靼そばって、タンパク質や食物繊維が含まれていて、ダイエット食にもなるんです。アスリート向けのプロテイン入りのそばも開発しています。

ーー韃靼そばで、そこまで広がってるってすごいですね。アイディアはどんどん湧いてくるんですか。

石井 :展示会に行った時に、バイヤーさんが「今何を求めてるか?」をキャッチボールさせてもらっています。例えば、海外だとグルテン・フリーが求められる時代だとか。 
そば茶も製造委託していますが、お茶もヨーロッパだと、有機JASのように“農薬を使ってません”という証明がないと売れません、なんて話とかね。
そういう会話からヒントを集めて、商品開発につなげています。

荒れ地を甦らせ未来につなぐ

荒地の再生から、韃靼そばの栽培、商品開発と未開の地を切り開くように進んできた神門は、これからどのような未来を描いていくのでしょうか。

ーーどんどん広がりますね。

石井 :まだまだ「農地を買ってほしい、使ってほしい」っていう声があります。今は韃靼そばがメインだけど、それだけだと出口が余っちゃうと思う。
それで今構想してるのが、小麦。ロシア・ウクライナの小麦問題があるでしょう。1〜2年以内に、小麦の試験栽培をはじめたいと思っています。そばと小麦があれば、製造できる商品の幅がもっと広がる。有機の小麦を作れば、乾麺も全部有機JASのマークで作れるから。

5年以内には自社で製麺工場も作る予定です。
ただ、韃靼そばを食べられる専用の場所がないから、並行して全部作ろうって。そばも食べて、そば打ちも体験できて、横に直売所も。

役場から民間になったからこそ、地域貢献していきたいですね。
持続可能な地域産業を目指して、これからも頑張るよ。まだ道半ばだから。

(写真提供:株式会社神門)
(写真提供:株式会社神門)

「やっぱり経営者は夢を語らないと。いい時ばっかりじゃないからね。でも辛いことがあるから、楽しさも喜びも倍になると思う」
さまざまな難局を切り抜け、力強く語る石井社長の言葉に、こちらが勇気づけられました。

役場で培った知識や経験と、人とのつながりを大切に荒野を切り開く石井社長。韃靼そばの可能性と雄武町の未来は、広がっていきます。

会社情報


株式会社 神門
〒098-1702 北海道紋別郡雄武町字雄武62番地の1
電話 0158-84-2333
FAX 0158-84-2314
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