噴火湾の味を食卓へ。マタツ水産が挑むおいしさへの飽くなき探求
長万部町事業者の思い
文:高橋さやか 写真:髙橋洋平
「水産は不安定な仕事、だから商品力を上げていくことが大切なんです」。そう語るのは、長万部町にある株式会社マタツ水産取締役営業部長の東さん。1986年に鮮魚卸売業からスタートしたマタツ水産は、蒸しホタテやイクラなどの厳選した海産物を、日本国内にとどまらず海外にも届けています。
20年変わらず愛される“強い商品”を
株式会社マタツ水産があるのは、長万部町にある国縫(くんぬい)漁港にほど近い国道5号線沿い。大きなトラックが行き交う道路に面した工場では、噴火湾(内浦湾)で獲れた海産物を新鮮なまま届けられるよう、多くの従業員が徹底した衛生管理のもと手早く作業しています。
一般への小売りはしていないにも関わらず、「マタツ水産のホタテじゃないとダメ。小売りしてくれませんか」という問い合わせがくることもあるそう。まずは、おいしさの秘密についてうかがいました。
ーー噴火湾といえばホタテが有名ですよね。マタツ水産でも蒸しホタテやホタテ貝柱などをあつかっていますが、どんな特徴がありますか。
東:噴火湾のホタテは甘さと厚みが特徴ですね。ホタテをロープで海中に吊るして、2年かけてゆっくり成長させる「垂下方式」という方法で養殖してて。プランクトンの多い栄養たっぷりの海で育つので、甘くなるんです。ホタテが砂を噛まないので、獲ったら軽く海水で洗って、すぐに冷凍できる。だから鮮度抜群。
蒸しホタテは、蒸し上がったらすぐにウロ(ホタテの黒い部分)を取って、洗浄して冷凍するのがベストなんですけど、それがすごく難しい。
通常100度で蒸すところを、うちは最初に160度ぐらいの熱風でホタテを殻ごと蒸して旨みをギュッと閉じ込めるんです。それから徐々に温度を下げていって蒸し上げ、粗熱をとったら、ウロ取り処理をしてフリーザーへ。
炊き上がりから冷凍までをどれだけ短い時間でできるか。時間との闘いです。炊き上がってから冷凍まで、30分〜40分。このスピード感があるからこそ、獲れたてのおいしさを閉じ込めることができるんです。
東:蒸しホタテって、作り方で劇的に味が変わるかっていったら、「あ、味が残ってる」「あ、味ないな」という微妙な違い。でも、わずかな違いを感じ取って、業者さんや量販店さんがリピートしてくれるんですよね。
うちは小売はしてないんですけど、おいしさを追求していくと、「小売りして欲しい」という電話がくるんです。本州の業務スーパーでホタテを買っているお客さんから「マタツ水産のじゃないとダメだ」って。
ーー小売りしていないのに電話がくるって、わざわざ調べてるってことですよね。すごい。イクラも人気商品だとうかがいました。
東:うちのイクラは、まず食べたら最初に「甘い」って感じるんですよ。
なんで甘みを感じるかって言ったら、社長が九州のたまり醤油が好きで、それでイクラを作れないか?っていう話から始まったんです。結局、イクラの味付けには適さなかったんですけど、ちょっと甘い感じの味を目指して作りました。イクラ本来の味を残すために、漬け込み時間も短くして、当初から変わらない味を守っています。
獲れたての鮭をその日のうちに処理するので、タレに漬け込むときは、卵がまだ生きてるんですよ。タレにつけると、ちょっと膨らむじゃないですか。それがうちのイクラって、逆に減るんです。鮮度の良いイクラっていうのは、タレが入ったり出たりするんですよ。良いイクラほど、ちょっとペタッとしてる感じ。市場の担当者も、「イクラ本来の味がする」って言ってくれますね。
ーー創業当時からホタテやイクラを手がけてきたのですか。
東:当初は鮮魚から始まって、徐々に蒸しホタテやイクラなども手がけるようになりました。
もともと社長のお父さんは、魚やホッキ貝などの鮮魚出荷を国縫ではじめて、その後八雲町に移って水産加工場を営んでいたんです。1986年にうちの社長が独立して、いまの場所(国縫)に工場を建てました。
創業から2年後には、当時まだ珍しかった「トンネルフリーザー」という冷凍機を噴火湾で1番最初に導入。社長が本州の方で駅弁を食べた時に入っていたホタテが、すごくおいしかったことがきっかけで、「もっとおいしくできるんじゃないか」と、設備投資しておいしさを追求しています。
「安心・安全な商品を届けるために」と、衛生管理にも力を入れて、2000年に対米HACCP※、2004年には対EUのHACCPを取得しました。対EUのHACCPを取得した当時は北海道で4社だけ。結構早い方でしたね。
蒸しホタテの時期は2月から4月くらいで、夏場の6〜8月は刺身原料。9月からは秋鮭とイクラ。それを11月まで作って、12月は年末の需要に合わせて生のホタテ貝柱を市場に出荷して。それで1年回ってる感じ。その流れで20年近く、品目をほぼ変えずに続いてますね。
※HACCPとは、製造工程を細分化し工程ごとのリスク管理を行う、衛生管理の国際的な手法のこと。Hazard(危害)、Analysis(分析)、Critical(重要)、 Control(管理)、Point(点)の頭文字をとっている。
おいしさにゴールはない
20年近くほぼ同じラインナップで商品を作り続けてきたマタツ水産。既存の商品にしぼって、おいしさを追求し続けるのには理由がありました。
ーー創業されてからほとんど商品を変えずに歩んできたんですね。結構勇気がいるというか、自分たちの商品を信じてないとできない、すごいことだなって。
東:メーカーなんで、自分らの作ってるものはやっぱり信じないと。商品数が増えると、1つ1つの商品に目が行き届かなくなるし、人手もさらに必要になります。
一方で、1つの商品に絞ったとして、ゴールがあるか?って言うと、ゴールはない。「もっと良くなるんじゃない」って。だから、逆に増やせない。
ーー一品入魂という感じですね。
東:やっぱり良いものを作ろうとすると、どうしてもコストがかかるし、企業努力の限界ってあるんですよね。自分も若い時は「安い方がいいな」と思ったけど、安いものを追求していくと、素材の味がね、消えていくんですよ。
だから、うちらは素材の味を生かして、できるだけ味付けはシンプルに。味付けしないものは、いかに出汁や旨味成分が抜け出ないように短時間で処理するか。そこをもう尽くして、毎年何かしらチャレンジしてます。
ーーどんなチャレンジをされてるんですか?
東:それこそ、蒸す時間や冷却する時間、殺菌する時間、殺菌濃度なんかをどんどん下げよう短くしよう、と試みたり。機械の改造してみたりね。スチーマーの中の空気の流れを変えてみたりとか。色々やるんですよ。すぐには結果が出てこなくても、“ちょっとずつ良くなってる感じ”を頼りに、毎年チャレンジを重ねてます。
「本当に前より良くなってるのかな」って、わからなくなる時もあるんですよ。でも続けていると、やっぱりお客さんが毎年買ってくれるし、企業としても生産しやすくなるんですよね。
うちらの商品って、売れるかどうかの確約がない中で、作り始めるんですよ。水産物は、その時期その時期に水揚げされるから、値段って定価じゃないし、買い手が納得してくれるかどうかは、わからないんです。
それでも、商品力を上げると、ついてきてくれる。だから、良い物を作れる。だから、アイテム数は増やさないで、既存の商品だけを追求し続けてます。
ーー創業されてから苦労された時期ってありますか。
東:いや、ずっと大変です。
原料が多くても大変だし、少なすぎるのも大変。多ければ多いで全部は処理できないから、うちでホタテを買って、どこかに転売したりね。浜値を安定させるために、そういう努力も必要。
逆に少なければ少ないで、漁師さん、大変でしょ。でもうちも大変。結局工場で1日に何十トンないと、赤字になるよっていうラインがある。
昔、ホタテは浜値で70円とかだったんです。70円のホタテって、漁師さんは生活できないんですよ。いくら20年前で今とは物価が違うといっても、70円は無理。それをどうにかしないといけないっていうので、北海道ぎょれんや国もそうだけど、海外にも販路を広げようと色々努力して。その結果、全体的にホタテの相場も上がってきました。
去年からは、鮭が異常に獲れなくなったから、対策を考えなきゃいけない。そういう中でも、イクラも鮮度や味にこだわって作ってると、やっぱり飽きないから、みんなまた買ってくれる。
要はものを作るって、そういうことで。商品力をあげるために、例えばホタテの貝柱も剥き方ひとつ、常に気を付ける。工程の随所に気を配るべきポイントってあるんだよね。
何かしら考えなければ、良いものって絶対できないから。
ーー私だと浮き沈みが激しいと落ち込んだりしてしまいそうなんですけど・・と言ってる場合ではないですよね。
東:うちらの商売って落ち込んでたら、多分やれない商売。
水産って安定した商売ではないですよ、一次加工って。浜から仕入れて加工するっていうのは、獲れすぎても困るし、少なすぎても困る。でもそんなの、調整なんてできない。
浮き沈みがあるからこそ、お客さんに求められる良い商品を作ればいい。売れていけば安定して作れる。だから、商品力を上げる。その繰り返しだね。
10年後、20年後も変わらず「売れる場」を守っていく
浮き沈みがあるからこそ、マタツ水産では試行錯誤を重ねお客さんに求められる商品を追求し続けてきました。未来に向けて守っていきたいのは、商品だけではなく海産物をとりまく食文化だと東さんは語ります。
ーー仕事をしてる時に喜びを感じる瞬間とかってあったりしますか。
東:喜びねぇ・・やっぱり「うちの商品を買いたい」っていうお客さんがいて、認めてもらえるのは嬉しいよね。毎年色々なチャレンジをしてるんだけど、みんなが一生懸命関わってくれてて。営業って自分1人なんだけど、いろんな荷受けさんや商社の人とか、みんなうちの営業マンになってくれる。「マタツ水産の商品いいですよ」って。
昔、営業になり始めた頃に「マタツ水産と申します」って飛び込み営業した時に、「そんな会社聞いたことねえ」って言われて。いつか有名になってやろうと思ってやってきました。
だから、やっぱり商品で褒めてもらえるのが1番嬉しいんだよね。
ーー積み重ねてきた商品へのこだわりが、たくさんの人に認められたんですね。これから取り組んでいきたいことは、変わらずおいしい商品を作っていくことですか。
東:そうですね。今の商品をもっともっと、おいしくするために追求していくこと。答えがあれば簡単なんですけど、答え無いんでね。
かっこよく言えば「飽くなき探求」じゃないけど、これでいいと思ったらそれで終わり。それ以上もう伸びしろなくなるんですよ。ちょっとしたアイデアで、もっともっといいもの作れる。
例えば、蒸しホタテを扱う会社が3つあるうち、「1社しか仕入れない」となったら、うちの商品を選んでくれる人が多いから、努力する。そういうのがね、原動力かな。
蒸しホタテや貝柱、ホタテをちゃんと日本の食文化として繋いでいかないと。忘れられたら、売れなくなる。漁師さん困るでしょ、売り場がなくなったら。「今は中国で売れてるからいいよ」って言っても、いつまで需要があるかわからない。これから10年後、20年後続くのかって、それは違う話。
いい年もあれば悪い年もあるんだけど、「必ずやるよ、必ず売るから」って言ってくれる人たちもいる。マタツ水産の商品を必要としてくれる人が、今もこれからもいるように、努力していきますよ。
取材中、「この仕事好きなんですよね。元々、ホタテ漁師なんで。鮭もうちの親父が漁師やってたんで、鮭とホタテは昔からほんとに愛着があるんですよ」とお話しされていた東さんの姿が心に残りました。
漁師さんに寄り添う姿勢は、ご自身が漁師をしていたからこそ。おいしいものを届けるだけでなく、長万部の水産を守っていくのだという熱い気持ちが伝わってきました。「食べてみる?」といただいたホタテはうっとりする甘さで、ずっと口の中に留めておきたいほどでした。抜群の鮮度を保った状態で加工されるホタテを、みなさんの食卓にもぜひどうぞ。
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