33年の歩みを未来へつなぐ 持続可能な町に向けた東京理科大学と長万部の挑戦
長万部町プロジェクト
文:高橋さやか 写真:斉藤玲子
海もある。山もある。あたたかい人たちがいる。
渡島半島内浦湾に位置する長万部町。
札幌と函館の中間にあるこの町は、古くから交通の要衝として栄えてきました。「自然豊かな環境で人間性を育む教育を」と願った東京理科大学(以下、理科大)がこの地にキャンパスを構えたのは、1987年のこと。33年にわたる大学と町とのつながりは今、町の未来づくりへと歩みを進めています。
偶然の出会いが導いた大学誘致
長万部町と理科大は、2015年「長万部町と東京理科大学との地方創生に係る包括的連携協定」を結び、自律的で持続可能な社会の実現に向け、さまざまな取り組みをおこなっています。包括連携協定に関わった、長万部町まちづくり推進課長の加藤慶一さんにお話をうかがいました。
ーー長万部に東京理科大のキャンパスがあることを、実は今回初めて知りました。そもそもなぜ、理科大が長万部にキャンパスをつくったのでしょう?
加藤:長万部は昔から交通の要衝として栄え、1960年代には15,000人ほどの人が住んでいました。機関区という国鉄の車両基地があり、住民の大多数を国鉄の職員が占めていたんです。ところが、1970年代から人口減少が進行し、当時の西田町長が町づくりの長期展望、企業誘致などを模索していました。
時を同じくして、理科大では「自然を尊重する豊かな人間性と国際感覚を身につけた21世紀を担う技術者の養成」を目指し、その適地を探していました。
そのタイミングで、理科大の理事を務めていた無臭元工業社長の田崎さんという方が、偶然、長万部に立ち寄られたんです。西田町長と田崎さんが面会し、長万部の過疎脱却と理科大の構想が話題に登りました。
長万部は、海も山もある、自然もいっぱいあるということで、マッチするのではないかと。
ーーものすごい偶然ですね。
加藤:そうですね。田崎さんと西田町長との出会いから、当時の理科大理事長へと橋渡しをしていただきました。その後、西田町長が理事長のもとへ足繁く通い、5年半にわたる現地調査を経て、1987年に長万部キャンパスが開設されました。
基礎工学部の1年生が、1年間全寮制の長万部キャンパスで学び、2年次以降は東京の葛飾キャンパスへ。これまでに、長万部キャンパスを経験した学生は8,000名以上にのぼります。
ーー町側としては人口減少を食い止めたいという目的があった中で、理科大との出会いがあり誘致に至りました。当初の課題だった人口減少は食い止められたのでしょうか?
加藤:直接的には、学生は1年間しかいないので、長らく住み続けるということにはなっていません。ですが、全国から集まった学生が、さまざまな形で町民と交流を重ね、関係性が築かれていきます。長万部から出て行った後も、夏休みには学生や卒業生が遊びに来ることもあり、関係人口につながっています。
また、長万部キャンパスでの役割には、学生だけでなく大学や保護者からも非常に高い評価をいただいています。
長万部にくると、学生は4人一部屋で寮生活をします。学科も出身地も、趣味嗜好も違う人たちとの共同生活に、最初はみんな戸惑うんですね。ですが、卒寮する頃には、人とコミュニケーションを取り、助け合いながら、チームとしてひとつのことに取り組む姿勢が醸成されていきます。
学生の人格形成への高い効果が認められたこと、進学や就職の面でも実績を出していることから、長万部キャンパスは33年継続されてきました。
地方創生を機に手を取り合った大学と町
33年に渡り関係を積み重ねてきた、理科大と長万部。お祭りや山登りなどさまざまなイベントを通して、学生と町民は交流を重ねてきました。一方で、町は過疎化や高齢化など多くの課題に直面。国の「地方創生」という言葉を機に、理科大と長万部の関係は進化していきます。
ーー2015年に理科大と共同で、長万部地方創生サミットが開催されましたが、どういった背景があったのでしょう?
加藤:2014年第2次安倍内閣発足後の会見で「地方創生」という言葉が出てきました。
それを契機に、理科大としても「長万部が元気じゃないと、大学もここにキャンパスを構えてやっていけない。町と協力して、連携協定を結んでやっていきたい」と、積極的にアプローチいただきました。
町としても、もちろん理科大との連携を考えてました。地方創生元年に、お互いに「知恵を出し合って、長万部を元気にしましょう」という機運があったんですね。
そこで、まずはきっかけづくりとして、2015年に長万部サミットを開こうという流れになりました。
長万部の人口は、当時6,000人で将来的には半減以下と推計されています。そのカーブをできるだけゆるやかにしていきたい。全国の理科大出身者にも協力を仰いで、何ができるのかを話し合いました。
ーーそこから包括連携協定につながっていくのですね。
加藤:サミット後に、町と大学の連携事項として
(1)地域と学生の交流に関すること
(2)教育、文化に関すること
(3)産学公の連携研究に関すること
(4)大学における地域・社会貢献活動に関すること
という、4つの柱をつくりました。
そこから具体的な取り組みとしてスタートしたのが、再生可能エネルギーを活用したアグリビジネスです。最初にチャレンジしたのは、レタス。つくりやすく、ある程度出荷量も調整できるのでは、と見込んではじめたものの、なかなかビジネスとして成立させるのが厳しいという結論になりました。
最終的にはしっかりと収益を確保できて、雇用を創出できるものにしなければならない。そこで、次の候補にあがったのがミニトマトでした。
ーーどうしてレタスからミニトマトだったのでしょう?
加藤:経営の面から見て、短期間で収益を出せそうだということで、ミニトマトになりました。ところが、長万部は日照時間が少なく、もともとトマトの栽培はやっていなかったんですね。そこで、施設型園芸という、いわばハウス栽培の方法で試行錯誤していきました。
土を使わず、培地といって炭酸カルシウムを土の代わりに使用する方法です。培地には、珊瑚をくだいたものと、ほたての貝殻をくだいて焼成したものが使われています。そこに、肥料分を含む溶液を通し、ミニトマトに栄養を与え栽培していきます。
ーー産業廃棄物になるホタテの殻を利活用できるのはとても良いですね。
加藤:そうですね。通常、炭酸カルシウムを使うと、熱で焼けてしまうんですが、そうならない絶妙な水分量をAIを使って調整しています。植物の欲しがる水分量をAIが感知して与えることで、甘くて美味しいミニトマトになります。
当初は、東京の機関で開発したAIだったので、長万部の天候、日照量などと合わず、調整に苦心したそうです。
現在では、これが形になり「エンリッチミニトマト」という商品を世に送り出しています。炭酸カルシウムがミニトマトの味を良くしてくれ、糖度が高く、リコピンやGABAなどの栄養も豊富。おかげさまで、非常に評判が良いです。
2020年に格付けジャパン研究機構の評価で、「データプレミアムNo.1格付け認証」を受賞しました。
ミニトマトは、レタスから転向して、実質2年間で収益をだしていかなければならない中での取り組みでした。将来的には農業法人として、収益をあげて雇用も創出しながら、次のステップへつなげていこうと構想しています。
ーー大学と連携して事業を進める中で、意見の食い違いなどはなかったのでしょうか?
加藤:短い期間で結果を出さなければならず、地元の人を集める必要があったりと、大変な部分はありました。
ですが、お互いに「長万部をよくするために」という共通認識がありました。
理科大の方でも長万部キャンパスの重要性を認識してくれてたからこそ、こうして「一緒に町をもりあげていこう」という方向で、上手くやっていけたのではないでしょうか。
町の未来へ向けてともに歩んでいく
包括連携協定の締結から、アグリビジネスを起点に進んできた大学と町の取り組み。ミニトマトだけでなく、未来へ向けた取り組みはまだまだ続いていきます。
加藤さんに今後の展望についてうかがいました。
加藤:長万部といえば毛がにというイメージがあると思うんですが、漁獲量は非常に少なくなってきてるんです。機関車全盛期には、ゆでた蟹をそのまま駅で売る、なんていう時代もあったんですが。現在は、資源が枯渇してきて、漁期も限定されています。
そういった状況の中、理科大基礎工学部の竹内教授が、2016年からで毛がにの養殖に向けた研究を進めています。世界的にも、毛がにの養殖が成功した例はなく、非常に難しいそうです。過去50年で、毛がにを陸上で1年6ヶ月以上育てられたことはないそうで、最初は一週間で全滅してしまいました。
どうしたら、人工的な装置の中で生きられるのか実験を続け、少しずつ長く生きられるようになってきています。
ーー夢がありますね。
加藤:最終的にはコストの問題もあるので、これをビジネスにするには何十年もかかるという話ですが、近大マグロのように「東京理かに」が実現する日を夢見ています。
こういった取り組みの一方で、理科大では学部の再編がおこなわれます。これまでは基礎工学部の1年生が長万部にきていましたが、2021年度からは、経営学部国際デザイン経営学科と理工学部国際コースの外国人留学生ばかりの1年生がくることになりました。
これにともない、長万部の課題解決について学生も一緒になって考えるという、新しいカリキュラムも組み込まれます。今後の教育内容に向けて、現在は、教授の方が我々と一緒に事前のワークショップや情報収集をやっています。
2031年には新幹線の駅も開業しますし、全国から集まってこられるような交流の拠点にできれば、うれしいです。これからも町と理科大で力を結集して、街を盛り上げていきたいですね。
学生にとっては第二の故郷とも言える長万部。「鮭の子どもが生まれた川へ戻ってくるように、卒業後も理科大生との交流を大切にしていきたいですね」と加藤さんはおっしゃっていました。アグリビジネス、東京理かに・・未来への取り組みで、持続可能な社会が実現できるよう、町と理科大の挑戦は続いていきます。