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ニセコ町

誰もが笑顔になる食を。ニセコフードコミッションが貫く安心とおいしさへの使命

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誰もが笑顔になる食を。ニセコフードコミッションが貫く安心とおいしさへの使命

ニセコ町事業者の想い

文:本間 幸乃 写真:斉藤 玲子

生きるために欠かせない「食」。どんな人でも安心しておいしく食べられるものが、毎日の食卓にのぼってほしい。そんな想いでニセコのお米や、お米を使った加工品を届けているのが、ニセコフードコミッション企業組合の理事長、齋藤行哉さんです。
「誰もが“おいしい“と思えるものを作るのが目標」という齋藤さんの歩みと、製品への想いをうかがいました。

56歳、逆境から始まった第二の人生

齋藤さんは、ニセコ町地域おこし協力隊の初代隊長でもあります。2011年5月に札幌から移住し、ニセコ米の知名度を高めようと、米の加工品づくりを始めました。
「56歳からの挑戦だった」というその背景について、まずはうかがいます。


ーーニセコ町地域おこし協力隊に応募したきっかけは?

齋藤:50歳の時に勤めていた会社が倒産してしまったんです。札幌で知り合いの米屋が経営するレストランを手伝っていた時に「地域おこし協力隊」を知りました。
全国の募集要項を調べて、目に止まったのがニセコ町。「農産品の加工ができる方」という一文を見つけたんです。今までの経験が活かせるかもしれない。ここから「第二の人生」っていうのも面白いなと手を挙げました。

ーーそれまではどんなことをされてきたのですか?

齋藤:農業資材会社で、農家の技術的なサポートをしていました。「農薬なしなんて考えられない」という時代でしたが、米の無農薬栽培にも挑戦しましたね。今から50年前の話です。
退職後に起こった食肉偽装事件を機に、安心安全な食をどうしたら届けられるのかと、考えるようになって。「いつか自分の手で、生産から販売まで一貫したものづくりをしてみたい」という想いもあって、協力隊にチャレンジしました。

「その年齢で受かるわけがない」という声もあった中、齋藤さんは採用されニセコ町役場の農政課に配属されました。
2年という限られた任期をフル活用しようと、すぐに取りかかったのが、ニセコで初めての米粉づくりでした。
着任して3ヶ月後におこなわれた、ニセコ産酒米100%で造られた日本酒「蔵人衆」のイベントでは、「女性や子どもにも喜んでもらえるものを」と、齋藤さんは米粉のシフォンケーキを使ったニセコ米のPRを提案。出来上がったケーキはイベントで振る舞われました。

順調な滑り出しに見えたその背景では、「前例がない」中での苦労が続いていたといいます。

齋藤:米粉に関しては賛否両論でした。イベントで出したシフォンケーキは、札幌にいた頃に3ヶ月間、試行錯誤して考案したレシピ。砂糖は控えめなんです。
「こういうケーキが食べたかった」という声もありましたが、「甘くない」「ケーキじゃない」という声も多くありました。

ーーそこで多くの声に合わせようとはしなかったのですか?

齋藤:それはしませんでした。「自分が毎日食べられるものしか作らない」というポリシーがあるからです。
米の無農薬栽培のほかにも、20代前半に母を病気で亡くし、長女のアレルギーも経験しました。生命と食に向き合ってきた自負があるから「自分が毎日食べたいと思うもの、おいしいと思うものしか作らない」。この価値観を一番大切にしているんです。

2012年12月、協力隊の任期中に、齋藤さんはニセコフードコミッション企業組合を設立。企業組合とは、事業者だけでなく主婦や学生も含めた個人が出資し、ともに経営や労働を担う組織です。
組合が運営する店舗「味楽屡(みらくる)ゆきや」もオープンし、地元の農産物や加工品の製造販売を始めます。
齋藤さんの熱意やものづくりに共感した主婦や農家の人たちが集まり、ニセコフードコミッションは地域に根付いていきました。

ーー「企業組合」という事業形態を選んだのはなぜでしょうか?


齋藤:企業組合は、ニセコで培われてきた「相互扶助」の精神に基づいているからです。事業者だけではない、まちに住む人、個人の意見やセンスを光らせたくて、企業組合という形を選びました。それぞれ生き方は違っても、助け合いながら地域に根ざした事業ができると思ったんです。

農家の人たちも「俺たちの米や野菜を使ってくれるなら」と、力を貸してくれました。自分たちが手をかけて作った米や野菜が、適正な価格やルートで消費者に渡ってほしいというのが、農家の人たちの想い。
「ニセコフードコミッション」という企業組合をつくり、農家と一緒に事業を行うことで、消費者が農園名と生産者名までわかる販売の仕組みを整えたんです。
協力隊の任期中は農家を駆け回って関係性を築いていきました。
現在は主婦や農家を含めた16人の個人と、2つの企業が組合員として在籍しています。

ーーすごいバイタリティーです。組合で栽培しているお米の特徴は?

齋藤:北海道の安心ラベル「YES! cleanマーク」※の取得が最低基準。それ以外の米は組合の米として認めないと決めています。
私は水田環境鑑定士でもあるので、農園ごとの苗の様子や、種まきの時期も把握しているんです。だから農家の人も信用してくれて、一生懸命作った米を「組合の米」として託してくれます。みんなプライドを持って米作りをしているから、こっちも本気で向き合わないと。
ふるさと納税には、組合理事でもある宗片農園が「あいがも農法」で作った米だけを出しています。

※YES! cleanマークとは、北海道クリーン農業推進協議会が定めた基準にもとづき、農薬や化学肥料を減らして栽培された農産物に表示されるマーク。

(写真提供:ニセコフードコミッション)
(写真提供:ニセコフードコミッション)

ーー自分が納得したものだけを厳選しているのですね。

齋藤:残りの人生は自分の思い通りに生きたいんですよ。第二の人生を歩むってそういうこと。これまでどん底をみるくらい辛い経験もしてきたからね。自分が人生を楽しんでいたら、世の中も明るくなると信じているんですよ。

水田に放したアイガモのヒナに雑草や害虫を食べてもらうことで、農薬や化学肥料を使わない「あいがも農法」で栽培された宗片農園の「ゆめぴりか」。精米は栄養や旨みの層を極力残す低温2度挽き、胚芽米仕様製法で、ややベージュ色に仕上げている。
水田に放したアイガモのヒナに雑草や害虫を食べてもらうことで、農薬や化学肥料を使わない「あいがも農法」で栽培された宗片農園の「ゆめぴりか」。精米は栄養や旨みの層を極力残す低温2度挽き、胚芽米仕様製法で、ややベージュ色に仕上げている。

どんな人でも「おいしい」食卓が囲める幸せを

地域おこし協力隊の任期満了後、2013年から齋藤さんは「味楽屡(みらくる)ゆきや」の運営と商品開発に専念。製粉機や製麺機を導入し、敷地内に小麦を入れない「パーフェクトグルテンフリー」、乳製品ゼロの「デイリーフリー」、添加物なしの「アディティブフリー」を3本柱に、加工過程までこだわった製品づくりを始めました。

ーーお米以外の加工品も手がけられているのですね。商品のこだわりを教えてください。

齋藤:「世の中にないチーズ」という概念で5年かけて開発したのが、「ミスニセコ」など北海道原種の無農薬発芽大豆を使った「豆達のチーズ」。発芽大豆の栽培から手がけて、皮も実も“まるごと“使っているのが特徴です。乳成分不使用で植物由来の乳酸菌を使って発酵させ、オーガニックのココナッツオイルで固めてクリーム状に仕上げています。

加工品も米も余計な手は加えず、洗浄や乾燥だけは丁寧に。できるだけ自然に任せて、素材がもともと持っているエネルギーを引き出してあげればおいしくなる、というのが私の考えなんです。

ーーたしかに「おいしい」って、甘い辛いなどの「味覚」だけで感じるものではないですよね。

齋藤:生命力があるものを人は「おいしい」と感じるんじゃないかな。素材が持つ生命力も一緒に食べるから、元気になる。おいしさを味わうって、栄養を摂るだけじゃない、噛んで飲み込むという「食べる」行為の醍醐味でもあると思います。
黙って食べるのか、誰かと話しながら楽しく食べるのかでも「おいしさ」は変わってくる。だから食べる雰囲気も大事なんです。

ーーこれまで挑戦の連続だったと思うのですが、組合を設立してから現在まで「ここが転機になった」という出来事はありますか?

齋藤:一番大変だったのはコロナの時期です。デパートに卸していた物もストップしてしまい、売り上げは半分くらいまで減ってしまいました。

ーーそれでも、農家ではお米を作り続けますよね?

齋藤:作りますね。本当はできた米を全部引き取りたかったのですが、注文が減った分、難しくなってしまって。あの時は苦しかったな。
なんとかして状況を変えようと、私たちの取り組みを理解してくれる大手卸先を開拓したのもこの頃。「ニセコ鑑定米」ブランドを打ち出し、生活協同組合や全国の百貨店など取引先が増えました。

ーー苦しい時期に「もう辞めようかな」とは思わなかったのですか?

齋藤:「辞められない」んですよ。
ある時、小学生の男の子とその両親が来店されてね。男の子は目を見張るような食べっぷりで、一人で何品も平らげていたので、もうびっくりして。食べ終わった後、その子のお父さんが「実は今日、息子に人生で初めて麺を食べさせました」と感謝を伝えてくれたんです。男の子はアレルギーのある子どもでした。
そんなお客さんが、一人や二人じゃないんですよ。「ここに来たら何でも安心して食べられる」って人が、何人も来てくれる。だから辞めるわけにはいけないし、何としても続けなきゃならないんです。

ーー「安心して食事ができる」って大切だと思います。

齋藤:そうだよね。アレルギーのある人もない人も、一緒に食事ができるってすっごく幸せなこと。特に多感な子ども時代の食事を、暗い思い出にしてほしくないんです。食事って本来楽しい時間でしょ。
誰もが安心して「おいしい」と食卓を囲めるものを作り届けることが、私の目標です。
だから調味料ひとつにもこだわって「おいしいものを食べさせたい」と想いを込めて作っています。


「ものづくりで大切なのは思いやり」という齋藤さん。コロナ禍を機に米や加工品の通信販売を始め、同時期にふるさと納税の返礼品にも選出されたことで、販路を広げていきました。

思いやりでつながる食文化を未来に

近年はアレルギーのある方だけでなく、宗教上食事制限のある海外の方からも認知され、遠方からの来店も増えてきたそう。
ニセコの地で、齋藤さんは今後をどのように見据えているのでしょうか。


齋藤:加工品の開発や製造は私一人でやっているから、まずは後継者を見つけないとね。誰か一人に託すのではなく、5人でも10人でも、私の考え方や想いを伝えていけたらと思っています。
あと何年現場に立てるか分からないけど、死ぬまでには「思いやり」が根底にある、この食文化を継承したいよね。

ここに食べに来てくれた子が大きくなって、自分のアレルギーを理解して、また来てくれるまでは辞められない。必要としてくれる人がいる限り、前向きに挑戦しつづけますよ。


思わず「ただいま!」と言ってしまいそうな、安心感に包まれながらの取材。空間に漂う温かな雰囲気は、齋藤さんのお人柄そのものでした。
帰り道にニセコの風景を眺めながら食べたシフォンケーキは、お米の匂いがふわりと香るやさしい味。一粒一粒の生命力が、体に沁み渡っていくようでした。

写真手前右にある「豆達のチーズ」は「エリモ小豆」「幻の黒千石大豆」「極大粒大豆イワイグロ」「ミスニセコ大豆」の全4種。写真手前左にある米粉は石臼と特殊水冷製粉機で三段挽きしている。
写真手前右にある「豆達のチーズ」は「エリモ小豆」「幻の黒千石大豆」「極大粒大豆イワイグロ」「ミスニセコ大豆」の全4種。写真手前左にある米粉は石臼と特殊水冷製粉機で三段挽きしている。

Information

ニセコフードコミッション企業組合(店舗名:Niseko farms 味楽屡ゆきや)
〒048-1512
北海道虻田郡ニセコ町中央通113
電話:0136-44-1400

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