takibi connect
ニセコ町

ルピシアブルワリーが創る「ニセコに根ざす」クラフトビール

takibi connect

ルピシアブルワリーが創る「ニセコに根ざす」クラフトビール

ニセコ町事業者の想い

文:本間 幸乃 写真:斉藤 玲子
 
「ビールには人と人との距離を縮める力がある」ーー世界のお茶専門店として知られるルピシアは、2020年ニセコでLUPICIA BREWERY(ルピシアブルワリー)を立ち上げました。なぜお茶のルピシアがビールを?
醸造家の良知博昭(らちひろあき)さんに、ブルワリー立ち上げの背景と商品への想いをうかがいました。

羊蹄山の伏流水と生きた酵母がはぐくむフレッシュなビール

ルピシアブルワリーが製造する、羊蹄山麓ビールのコンセプトは「新鮮・無濾過」。源流にあるのはヨーロッパの地ビール文化です。ルピシアグループ会長の水口博喜さんが、「つくったその場で飲む」スタイルと味わいに感動したことがきっかけだそう。新たな拠点であるニセコで、地域に根ざしたビールづくりがスタートしました。

ーールピシアは2020年に本社を東京からニセコに移転されていますよね。同年にビール事業を始めたことと、何か関係があるのでしょうか。
 
良知:ビール事業は会長の発案です。会長はヨーロッパで暮らしていた頃に、その土地でつくられたビールが、人々の間に絆をもたらす光景に感銘を受けたそうです。
もちろんお茶でも関係性は深められますが、ビールにはより「人と人との距離を縮める力がある」と会長は感じたんですね。
 
「ビールをつくって、絆を深めたい」「ニセコに根付く企業になりたい」との思いから、ビール事業がスタートしました。

ーー「羊蹄山麓ビール」ならではの特徴はどんなところにありますか?
 
良知:「無濾過」の製法と「羊蹄山の伏流水」です。
日本の主流は酵母を濾過したクリアなビールですが、「羊蹄山麓ビール」は生きた酵母をそのまま閉じ込めているんです。口当たりがよく、ノドごしもなめらか。泡もちの良いビールに仕上がります。

ーーほんのり甘い香りがしますね。
 
良知:酵母は糖を食べて、アルコールとともにさまざまな香り成分を出すんです。この香りがワインや日本酒など、それぞれのお酒の特徴になります。ビールの種類によって、酵母も変えているんですよ。
 
ビールづくりでは「酵母がいかに気持ちよく頑張ってくれるか」が大切です。
温度管理や酸素濃度には徹底的に気を配っています。特に発酵が終わってからは、できるだけ酸素に触れないように管理し、ポイントごとに酸素濃度を測っています。
色々なパラメーター※を適切に管理することで、毎回ねらった味になるんですよ。
 
※パラメーターとは物事の条件や基準を示す指標のこと。ここでは品質に影響を与える温度や酸素濃度などが含まれる。

ボコボコしているのは、発酵によって出る炭酸ガス。ほんのりビールの香りが。「僕らと同じように酵母も呼吸するんですよ」と良知さん。
ボコボコしているのは、発酵によって出る炭酸ガス。ほんのりビールの香りが。「僕らと同じように酵母も呼吸するんですよ」と良知さん。

ーー酵母が気持ちよくなるように、というのが面白いです。生きものなんですね。
 
良知:そうなんです。ビールをつくるのは酵母。
ビールのもととなる麦汁をつくるのは醸造家ですが、酵母が麦汁をビールに変えてくれる。「おいしいビールができる環境を整える」のが、僕らの仕事なんです。
 
約1ヶ月かけて完成したビールは、生きた酵母が入ったまま出荷されます。
フレッシュなおいしさを楽しんでもらうため、羊蹄山麓ビールは要冷蔵・期限は90日です。

コクのあるイングリッシュペールエールは、良知さん曰く「王道な味わい」。フルーティでモルトの風味が感じられる。
コクのあるイングリッシュペールエールは、良知さん曰く「王道な味わい」。フルーティでモルトの風味が感じられる。

たった2人、ゼロからのスタート

年間30万本出荷するという、羊蹄山麓ビールの製造を担うのは4人の精鋭です。現在は軌道に乗ってきたブルワリーですが、立ち上げはゼロからのスタートでした。

良知:社内公募に手を挙げた女性2人で、ビール事業をスタートしたんです。
元パティシエの矢吹さんと、レストランのホールスタッフだった藤峯さん。未経験者2人での立ち上げは、相当大変だったと聞いています。
 
まずはヨーロッパを視察した後、北海道内のブルワリーで約3ヶ月間修行したそうです。修行後はブルワリーの開設に向けて、設計に関する打ち合わせや製造量の予測、設備の選定・・水もなかったので井戸を掘って、ビールに適した水かどうか?まで確認し、準備を進めました。
 
ようやく建物が完成したのが2020年の10月。初醸造は11月でした。
 
ーーたった2人でのスタートだったんですね。

工場建設中の様子(提供:ルピシアブルワリー)
工場建設中の様子(提供:ルピシアブルワリー)

ルピシアブルワリーでは当初、「羊蹄山が見える場所で飲むビール」として、飲食店への提供を想定していました。しかしコロナ禍で飲食店の営業が縮小。樽からビンに切り替え、家庭に届ける方針にシフトしました。醸造家2人での製造に限界が見え、募集をかけたところに手をあげたのが良知さんでした。

ーー良知さんはなぜビールの道に?
 
良知:学生時代、北海道で酵素や微生物の研究をしていたんです。当時からビールが好きで、醸造にも興味がありました。大学卒業後は大手食品メーカーで研究開発や製造に携わっていましたが、コロナ禍で人生設計を見直して。
先を模索していた頃、ルピシアブルワリーと出会い、今に至ります。
 
僕より先に、別のクラフトブルワリーにいた現・工場長の石村さんが加わり、2021年4月に現在の4人体制になりました。
 
とにかく工場をフル稼働させることが、最初のミッション。二年目でようやく8〜9割くらいの稼働にもっていけました。

ルピシアブルワリーを彩る4人の個性。左から石村さん、矢吹さん、良知さん、藤峯さん。(提供:ルピシアブルワリー)
ルピシアブルワリーを彩る4人の個性。左から石村さん、矢吹さん、良知さん、藤峯さん。(提供:ルピシアブルワリー)

4人の醸造家が創る個性豊かなビール

バッグボーンが異なる4人が集まり、本格的に動き出したルピシアブルワリー。
「イングリッシュペールエール」「ニセコワーズ」「IPA」「ラズベリーブラック」の4種類を定番に、石屋製菓とのコラボ「白い恋人」ビールや季節限定品を展開。北海道産の原材料も積極的に取り入れています。「お茶」を使ったビールがあるのもルピシアならでは。遊び心のあるラインナップが魅力です。

ーー商品づくりはどのように進めているのでしょうか?
 
良知:新商品は時期によって担当を決めています。個々にさまざまな“ビールストック”があるので、「こういうビールにしようかな」というイメージを膨らませて。
 
実際に形にするまでのアプローチは、4人の個性が出ますね。
 
石村工場長と僕は、どちらかというと理詰めタイプ。レシピを設計してから試作します。モルトの構成、ホップや酵母の種類や割合、アルコール度数に、苦味の度合いや色も計算して。ビール製造の経験が多い石村さんは、かなり精度が高いですね。

矢吹さんは元パティシエということもあって、フルーツなど副原料の使い方がすごく上手。感性が豊かで、最初にレシピをつくりつつ、試作中にどんどん変えていくんですよね。女性に受けるビールが得意で、採用率も高いです。
 
藤峯さんはワインのエキスパートでもあって、味覚が鋭い。鋭い感覚を生かしたユニークなビールをたくさんつくりますね。去年の冬に出した「MICANNE(みかん)」というビールは、彼女のアイディアです。みかんの爽やかな風味に、隠し味のスパイスが味に深みを与えて。大人気の商品でしたね。
 
ーー良知さんのアイデアでできたビールはありますか?
 
良知:2022年の夏にでた「アールグレイ・ダージリン」というビールです。これは僕が初めて採用されたレシピで、思い出深いビールですね。

ーーお茶とかフルーツっていうのは、どうやって味を出すのでしょう?
 
良知:まずつくりたいビールのイメージに合わせて、ビールの種類※と、フルーツやスパイスといった副原料の組み合わせを考えます。
たとえばりんごを使った、酸味が強い爽やかな感じのビールをつくりたい。その場合ベースの酵母には、酸味が出るものを使います。発酵が終わった後にりんごジュースを加えて、最終的に味を見て調整していく、という感じですね。
 
※ビールの種類は世界中で150以上あると言われる。代表的なものにピルスナーやペールエール、IPAなど。

2024年夏限定ビール「パラディ・デテ」。ラベル貼りは手作業で。「気持ちがこもってます」と良知さん。
2024年夏限定ビール「パラディ・デテ」。ラベル貼りは手作業で。「気持ちがこもってます」と良知さん。

ーーすごくクリエイティブというか、4人の個性が生きていると感じました。
 
良知:4人の異なるバックボーンを活かして、さまざまなバリエーションが生まれていると感じますね。今でこそ、季節ごとに担当を分けていますが、当初は一つのビールに対して4人でレシピを考えて、完成度の高いものを採用していました。
3年、4年と試行錯誤してきて、今はお互い良い距離感で仕事ができています。みなさんをすごく尊敬しています。
 
4人の個性を生かしながらも、羊蹄山麓ビールは全国展開する「ルピシア」の商品にふさわしいクオリティを担保する必要があります。調整した試作品は社内でも試飲してもらいます。僕たちが「おいしい」と思っても、社員からは「一般ウケはしないんじゃないか」という意見が出てくることも。そこからさらに調整を重ねて、商品化に至ります。
 
ルピシアファンをはじめ、多くの方に味わっていただけるビールを常に意識しています。

ニセコで愛される存在に

2024年に4年目を迎えるルピシアブルワリー。需要にも変化がみられる中、ニセコの地で今後をどのように見据えているのでしょうか。

良知:立ち上げ時は「ルピシアがつくったビール」という、“目新しさ”による追い風もありましたが、ここからが正念場だと思っています。おうち需要も変化しています。
いま一度立ち返って、羊蹄山麓ビールをどう届けていこうかと、4人で考えています。
 
ーー今後の夢や構想はありますか?
 
良知:目指すのは「地元の人に愛されるビール」です。
特別な日のお祝いや観光で来た人に紹介したくなるようなビール。「ニセコにはこんなにおいしいビールがある」と、地元の人に認められる存在になりたいです。
 
今後は花火大会やお祭りなど、地域のイベントにも積極的に出店したいですね。目の前でビールを飲んでもらって、「おいしい」と言われるのは格別ですから。
 
ビールってすごく多様性があるんです。
遊び心のあるビールをつくって、楽しんでもらいたいですね。

取材後外に出ると、目の前には羊蹄山の全景が。「あそこにホップを植えたんですよ。いつかビールに使えたらいいなと思って」と話す、良知さんの少年のような笑顔が印象的でした。
 
ルピシアブルワリーはニセコに根ざしたビールを目指し、「乾杯!」という声とともに、人と人をつないでいきます。

会社情報

LUPICIA BREWERY(ルピシア ブルワリー)
〒048-1541 北海道虻田郡ニセコ町羊蹄4-1

  • このエントリーをはてなブックマークに追加