シャルキュトリーアカイシがニセコから贈る、ひと切れの贅沢
ニセコ町事業者の想い
文:浅利 遥 写真:斉藤 玲子
焼く、煮る、蒸す。素材の持ち味を生かして調理されたお肉は、私たちの身体に欠かせない栄養の一部となって、いのちを繋いでくれます。
身近にあるお肉も、食肉加工を専門とする職人の手が加わると格別な一品に。ニセコにある「Charcuterie AKAISHI(シャルキュトリー アカイシ)」では、気候風土を生かし丹念な手作業で、生ハムやサラミ、ソーセージなどを製造しています。「食べる」という、人がいのちを繋ぐために欠かせないひとときを豊かにするため、ものづくりを追及する赤石泰洋さんを訪ねました。
日本にシャルキュトリーという食文化を
シャルキュトリーは、フランス語で食肉加工品の専門店や製品の総称を指します。日本で暮らしているとあまり馴染みのない言葉ですが、赤石さんはどのような商品を手がけているのでしょうか。
ーーシャルキュトリーというのは、“お肉の加工品屋さん”という捉え方で良いのでしょうか?
赤石:そうですね。日本ではあまり馴染みがないかもしれませんが、食肉加工品全般の総称をシャルキュトリーといいます。身近なものではハムやソーセージ、ほかにもパテやテリーヌなど。さらに、販売するお店のこともシャルキュトリーと言います。
ーーシャルキュトリーアカイシでは、どんなものを作っているんですか?
赤石:特に思い入れがあるのは、生ハムとサラミです。他にもベーコンやパテ、レバーペースト、砂肝のコンフィなど、20品種以上の商品を製造しています。
お酒や他の食事と一緒に楽しんでもらうことを想定して、インパクトのある味付けを意識しています。そのため、人によっては塩辛く感じる方もいるかもしれません。ただ、素材の味がストレートに伝わるようにあえてそうしています。
うちの商品は、単体で食すというよりもパンや野菜、ピクルスと合わせたり、サンドイッチに挟んで楽しむことをイメージしています。嗜好品として味わう、“ひと切れの贅沢”ですね。
ーー日本ではあまり馴染みのない、シャルキュトリーを始めようと思ったきっかけはなんだったのでしょうか。
赤石:シャルキュトリーを立ち上げる前に、隣の倶知安町にある「ルピシア」のレストランでシェフをしていたんです。その頃に、フランスの作り手の生ハムを扱うことがあって、あまりの美味しさに衝撃を受けたんですよね。「えっ、こんなに美味しいの?!」って。
生ハム=買うものってイメージだったのが、作れるもんなんだなって。
生では食べられない豚肉を丹念に手をかけて、食べられるようにしているって凄いこと。俄然興味が湧いて、本で調べたり資料を集めたり、独学で勉強しはじめて。実際に肉を仕入れてみて、手探りながら毎年何本か作ってみたら、徐々にかたちになっていったんです。
赤石:ルピシアにいた頃に、フランスで本場のシャルキュトリーを体感できたことも大きかったですね。ハムやソーセージって日本にもありますし、ドイツやイタリアなどそれぞれの国にあります。その中でも、フランスでは“日常に溶け込んでるな”って、文化の違いを感じたんですよね。
ワインやチーズをはじめ、世界中のものが手に入る日本で、“日本発”のシャルキュトリーがあってもいい。「日本でもシャルキュトリーが一つの食文化として、馴染むものになったら面白いな」と、事業の構想を描いていました。
料理人としてのアイデンティティを探り見出した道
独学からはじまった赤石さんのシャルキュトリー作り。具体的な構想を描いていても、事業としてスタートするには覚悟が必要です。赤石さんを突き動かした想いとは。
ーー独学での生ハム作りから、ニセコでの独立を決心した背景にはどんな想いがあったのでしょう?一歩踏みとどまってしまうこともあるじゃないですか。
赤石:「何かしら自分だけの武器を持ってないと、生き残っていけないな」という気持ちがあったんですよね。
札幌の調理学校を出て、市内のホテルで勤務して、お声がけいただいてルピシアに転職して。料理人を続けていく中で、自分が生き残っていくことの大変さを痛感しました。自分ならではの強みをと思って、完全に趣味としてですが、休日にハム・ソーセージを作ってたんですね。その10年後くらいに、それを職にしてるとは思わなかったですけど。
加えて、ルピシアではマネジメントにも携わっていたので、「自分の肩書きというか、アイデンティティってなんだろう」って考える時期があったんです。もともとものを作るのが好きでこの世界に入ったので、「自分はシャルキュトリーです」って、一つに絞って本気で取り組めば、今までできなかったことも形にできるんじゃないかって。その想いに後押しされたんでしょうね。
ーー強い想いがあったとはいえ、日本ではまだ珍しいシャルキュトリーを事業化して世に広めるのは大変さもあったのかなと思います。
赤石:そうですね。シャルキュトリーで扱う商品の中には、非加熱食品もあります。特にハムやソーセージは製造許可を取るために、国家資格が必要なんです。資格を取るまでは、群馬県にある食肉学校に1ヶ月ほど通っていました。その間は仕事も出来なかったですし、収入がないのに出費がかさむ状況で、結構しんどかったですね。
融資や建物の申請、営業許可など、商売を始めることのハードルはわかっていましたけど、なかなか大変でした。それでも、「そこを乗り越えたら、自分のやりたいことができるんだ」って思い描いて踏ん張りましたね。
ーースタートされたのは2018年でしたっけ?
赤石:準備期間はもっと前から動いていたんですけど、実際にスタートしたのは2018年ですね。
顔見知りの業者さんに「何する気なんですか?」なんて言われたりしながら。笑
自分の中では明確なビジョンがあったものの、「シャルキュトリー」という馴染みのないものに対して、「どう認識してもらえるんだろう?」というのが最初のハードルでしたね。家族も不安を抱えてたと思います。
今は妻に手伝ってもらっていますけど、基本的には僕ひとり。製造から流通まで道を作らないとならなかったので。自分の手がけた商品が適切な形で評価してもらえるところへ持っていきたくて、慎重に進めましたね。時間はかかりましたけど、徐々に理想の形で商品が届くようになっています。
ーー商品はどんなところへ届けているのでしょう?
赤石:お酒好きの人に向けた商品が多いので、ワインショップやレストランを中心に道の駅や空港のお土産店でも扱っていただいています。あとは開業した年に、倶知安にあるラッキーというスーパーに置かせてもらったら、海外からの移住者もいるので、意外と反応が良くて。徐々に広まって扱ってもらえる店舗が増えていきました。作ることに専念したかったので、基本的には卸売のみでやらせてもらって、小売店さんで販売してもらう体制にしています。
ありがたいことに、今は商品がすごく動いてくれてるんですよね。限界値を超えて、既存のものを作るので手一杯なほど。特に年末年始は普段の1.5倍くらい忙しいので、寝る間を削って、毎日夜中まで作業してますね。
開業してみたら、閑散期と繁忙期のサイクルが全然読めなくて。最初は年間計画を立てていたんですけどね。社会情勢に振り回される部分もありますが、年々業績は上がっています。
失敗を成功に導く。その繰り返し
ーーさまざまなハードルを超えて、自分のやりたいことをできている実感はありますか?
赤石:そうですね。自分が「あったらいいな」と思うものを商品化してきて、結構な商品数にはなってるものの、まだまだ作りたい気持ちはあって。リリースする手前のところで、最後のイメージが湧かなくて踏みとどまっているものもあります。
独立したからこそ気づけたこともあるんですよね。
ルピシア時代は、料理人として入社したものの、新規事業の立ち上げなど多岐に渡る業務に携わっていたんですね。当時は与えられた立場に対して、なかなか成果をあげられていないといった焦りもありましたし、初めて着手することばかりで、いつも行き当たりばったりの状況でした。
そうした中で、さまざまな方々からサポートを受けながら、”ゼロからイチ”を作り上げる過程を経験させてもらったことは、商売を始める上ですべて役に立ちました。本当にありがたく思っています。
赤石:「料理人って、たくさん人の支えで成り立っていたんだ」ということにも気づけましたし、「次のステップのためには、得手不得手に関わらず経験しておいた方がいいんだ」とも思いました。
そういう意味では、あまり効率ばかり求めちゃいけないですよね。時間がかかっても、自分が良いと思う方へ向ってみたらいいんじゃないかな。自分なりの答えがまたひとつ見つかるかもしれない。
商品作りも試行錯誤の連続。最近はだいぶ安定してきたんですけど、サラミを作る時って微生物を扱うので、そのコントロールがうまくできなかったり。カビ付けが難しかったりね。なかなか100%には、ならないかな。でもそういう失敗も、正面から受け止めてあげることが大事ですよね。きっと、失敗を成功に導いていくっていうのはずっと繰り返されるんだと思います。
人生に正解はない、自分なりの答え合わせを
真摯に仕事に向き合い、各地に広まるようになったシャルキュトリーアカイシの商品。「構想はまだまだたくさんあるんですよ」と赤石さんは言います。
ーーシャルキュトリーアカイシは今後どんな展開になっていくのでしょう?
赤石:まずは確実に商品を届けられるように、生産体制を強化すること。規模の拡大よりは、ひとつひとつのクオリティを上げたいなと思っています。特に生ハムの製造に関しては、年に一度しか試せないものなので、毎年少しずつ変えながら作っていくしかない。あと何年この商売を続けられるかわからないですけど、10年、20年、ワインや米作りと同じですね。
自分なりの正解を求めて、答え合わせが出来たらいいなと思います。
赤石:ハーブやオリーブ、ドライトマトを使ったソーセージを何種類か作って、コンフィにできたらいいな、とか。ニセコの食材を取り入れた商品も作りたいですね。構想は沢山ありますよ。
「シャルキュトリー=食肉加工専門の職人が手がける料理」という認識が広がって、レストランの一皿として提供される機会が増えたらうれしいです。そういう使い方ができると、料理人によってはもっと違う時間の使い方ができて、新しい可能性が生まれるかもしれませんしね。
ーー赤石さんにとってシャルキュトリーはどんな存在になっていますか?
赤石:やりたいことを生業にできるのはいいですよ、やっぱり。
“豊かな食”のシチュエーションって、自分が思っているよりも世の中にものすごく沢山あるんだろうなって思ってるんですよね。シャルキュトリーって、ニッチなジャンルだとは思うんですけど、自分の想像よりもマーケットは大きいんだろうなって。
いつも思うんです。「うちの商品は食べなくても生きていけますから」って。ただ、好きで食べてくれる人がいたら、それはもうありがたいこと。
売れないんじゃないかと不安になることがあっても、買ってリピートしてくれるひとがいる限りは、そこに需要は間違いなくある。だから、そこは臆せずに恐れずに、進んでいきたいですね。
取材後、赤石さんのシャルキュトリーを堪能しました。とろっとした口溶けの生ハムと、ふわっとなめらかな舌触りでフォアグラのような余韻がのこる鶏白レバーペースト。つけ合わせには、ニセコ羊蹄山麓の季節野菜を使ったピクルスを。上品な肉の脂身と、シャキッとした野菜の食感を調和させて・・。図らずも、ワインがすすみました。
日常で馴染みが薄いシャルキュトリーですが、日本の風土や嗜好に合うよう、贅沢なひと口への想像を膨らませる赤石さんの姿は勇ましい。日本ならではのシャルキュトリー文化が、ニセコで始まっているように見えました。
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