子どもの豊かな発想が育むニセコらしいまちづくり
ニセコ町プロジェクト
文:浅利 遥 写真:斉藤 玲子
ニセコが人々を魅了するのは雄大な自然だけではありません。
自然の美しさを楽しむグリーンシーズン、パウダースノーと戯れるウィンターシーズン。国内外から訪れる多くの人々の心を掴むニセコ町を支えてきたのは、町民ひとりひとりの行政参加でした。
全国に先駆けてスタートした子どもも参加できるまちづくり
ニセコ町では全国に先駆けて、2001年にまちの憲法といわれる「ニセコ町まちづくり基本条例」を制定しました。この条例は、住民への「情報共有」と「住民参加」をまちづくりの2大原則として「住むことが誇りに思えるまちづくり」をテーマに取組みがスタート。時を同じくして、子どものまちづくり参加事業を進めてきました。ニセコ町らしいまちづくりのカタチについて、ニセコ町役場企画環境課の係長・佐藤英征さんと主事・吉田智也さんにお話を伺います。
ーー子どものまちづくり参加事業が発足された背景について教えてください。
佐藤:子どものまちづくり参加の前段としてあるのが、「まちづくり基本条例」です。2001年に制定されたまちの憲法のようなものですね。町政に限らずですが、トップが変わることによって方針が大きく変わる、ということは往々にしてあります。まちづくり基本条例は、体制が変わっても不動のニセコ町のあり方、意思のようなものです。条例の制定にあたっては、当時町長だった逢坂誠二さんが、町民や外部の専門家と協力のもと策定しました。日本で一番最初にできたまちづくり条例といわれています。
まちづくり基本条例の基本概念は、「住むことが誇りに思えるまちをめざす」ことです。条例には「国籍、民族、年齢、性別、心身の状況、社会的または経済的な環境などに関わりなく、町民だれもがまちづくりに参加権を有している」と記されています。
満20歳未満の子どもたちにもまちづくりへの参加の権利を保証し、社会参加を進めようと、「小・中学生まちづくり委員会」と「子ども議会」が設立されました。条例制定と同年の2001年から実践されています。
ーー日本で一番最初にできたまちづくり条例なのですね。まちづくり委員会と子ども議会ではどんな活動をされているのでしょう?
吉田:まちづくり委員会は、まちづくりを考えるきっかけとして、まずは純粋に楽しみながらニセコ町ついて勉強しようという感じですね。毎年テーマを決めて、小学生は4年生から6年生、中学生は全学年を対象に各学校へ募集をかけて、集まった児童・生徒が委員として一年間の任期を勤めます。
子ども議会はニセコ町教育委員会主催のもと、小学校4年生から高校3年生までの児童・生徒が議員となって参加します。実際に子どもたちの考えや意見を役場の皆さんに率直に意見し、議会で答弁する場となっています。
佐藤:子どもたちは議会が開会される前に、事前調査活動や議論を行うんです。
単純に「サッカーコートがほしい」みたいな漠然とした要望じゃなくて、なぜ必要なのか、実現するためにどうしたら良いのかを考えた上で、発言しなければなりません。質問を作る子は、きついんじゃないかな。子どもたちが考えた質問は、教育委員会も一丸となってアドバイスしたり、学校の先生や親と一緒に何度もブラッシュアップしていって、議会に臨みます。
質問に対しては、大人たちも本気です。町議会と同様に、議員に対してと同じように答弁します。子どもたちが一生懸命考えた意見や質問に対して、役場の管理職も真面目に応える環境は、ニセコ町ならではの貴重な経験だと思います。
プレッシャーとの戦いを成果で跳ねのける
今ではニセコ町らしいまちづくりの一環として、子どもたちの貴重な経験の場となっている「小・中学生まちづくり委員会」と「子ども議会」。しかし事業が立ち上がった当初は、好意的な反応ばかりではなかったそうです。
吉田:立ち上げ当初は、一部の職員から理解されないこともあったり、厳しい意見をもらうこともあったそうです。実際子どもを参加させて、成果はあるのかっていう部分も求められたり。
佐藤:立ち上げ当初はプレッシャーというか、例えば町長に提言するとか、実際に給食のメニューに繋げるとか、「なにか残さなきゃいけない」というのは、あったんじゃないですかね。未来に向けて、活動を軌道にのせるためにも。
ーー最初は様々な意見もあったなかで続けてこられて、事業はどう変化していったのでしょう?
佐藤:私の感覚的には、続けていくことによって、子どものまちづくり参加や協力体制が加速したように思います。
子どものまちづくり参加は大きく2つ良いところがあって。
一つは、活動を通じてまちのことを知ったり、好きになったりすること。漠然と住んでいるだけではなくて、子どもたちがニセコ町のことを考えるきっかけになると思うんです。
もう一つは、子どもならではのアイディア。まちづくり委員会でも議会でも、子どもたちのアイディアが実現されることが、大人にとっても良い刺激になっています。平成18年には「ふるさと眺望点を探そう」という取組みをおこなって、小学生・中学生まちづくり委員会が町長に提言したものが、実際にふるさと眺望点になっています。
「ニセコ町にデパートが欲しいです」とか、大人だと思いもつかないようなこと、諦めてしまうような視点を得られるのは、結果的にニセコ町の利点になると思います。
ーーまちの人々の反応は?
佐藤:活動が継続していくことで、役場内にも町全体にも浸透しているように感じますね。
吉田:積み重ねてきたことで、今は浸透しているように感じています。例えばまちづくり委員会をやるにしても、今年は防災というテーマを設けたんですが、担当である企画環境課から話せる防災のことって限られています。他の課の協力が必要な場面でも、みなさん協力的ですね。
2021年の活動に関して、親御さんに実施の可否を電話で確認した際にも、協力的な姿勢を感じました。「コロナで、さまざまな活動が制限されてしまっているので、可能な範囲の経験をして成長してほしい。活動は実施してほしい」という言葉をいただいて。町民にとって本当に根付いている取組みなんだなと、実感しましたね。すごく嬉しかったです。
大人の先入観は捨て、子どもの自由な発想を磨きたい
活動を続けていくことで、少しずつまちに根付いてきた子どものまちづくり参加事業。
実は吉田さんは、中学時代に委員として参加していたそう。佐藤さんのお子さんもまた、まちづくり委員会と子ども議会に参加されていたと言います。当事者として見た印象についてお二人に伺いました。
ーー吉田さんも委員として参加されていたということですが、当時はどんな活動内容だったのでしょう?
吉田:僕がまちづくり委員会に参加したのは中学生の時です。当時は「ニセコらしいふるさと給食を考えよう」というということで、給食のメニューを考えて、実際に町内の学校給食で提供されました。
ーー当時と今とで気持ちの変化はありますか?
吉田:実は当時、じゃんけんに負けて参加したんです。笑 僕が所属していた野球部から誰か出すぞってことになって。実際に活動してみたら楽しかったですし、大人になって担当をしているのは、不思議な気持ちですね。
子どもの時は、単純に「楽しい」でしたけど、担当職員になって思うのは、子どもたちが自ら手を挙げてのびのびと意見できる雰囲気がいいなと。
子どもたちの天真爛漫さにも、大いに刺激を受けています。毎年テーマに沿って活動内容を決めていくんですけど、テーマを超越して子どもたちから色んな意見がでてきます。できるだけ子どもたちの意見を尊重して、楽しく活動できるように心がけていますね。
ーー子どもたちがアイデアを出しやすい場づくりをするために工夫されていることはありますか?
吉田:そうですね。できるだけ変な大人の先入観で「あれはできない、これはできない」とはしないようにしています。「いいね、いいね!」と、子どもたちの本当に自由な発想を尊重して、できる限り実現させてあげるように取り組んではいますね。
ーー佐藤さんは親目線でどう感じていますか?
佐藤:そうですね。上の子が子ども議会、下の子がまちづくり委員会に参加していて。自分の子どもが出るって言った時には、「いいことだけど・・お前で大丈夫か?」と思ったのが正直なところでした。参加することよって、子どもの意識は変わるので、その点は絶対にいいことだなぁと思いますね。
もし何もなければ、まちのことを大して考えることもなく、ただ勉強して、卒業して、ニセコ町を出てって。きっと、それで終わっちゃうと思うんですね。議会や委員会に参加してみることで、たとえ外に出ても、「今のニセコってどうなってるんだろう?」って、ふと振り返る瞬間に繋がるんじゃないかな。
多様な人々がみんなでニセコをつくっていく
まちとして子どもの社会参加を進めていくことで、逆に大人にとっても運営の立場で気付かされることもあると話すお二人。子どもを相手に活動を運営していくことの難しさやこれからの展望について伺います。
ーー活動を続けていくなかで感じている課題などはありますか?
吉田:子どもは正直なので、テーマによっては人が集まらなかったり、笑顔が少なかったりというところは、さじ加減が難しいですよね。委員数は、年によって1人の時もあれば、10数名の時もあります。1人でも2人でも活動はしていくんですが、せっかくだったら、多くの子どもたちに参加して欲しい。どうしたら子どもたちに面白いと思ってもらえるかは、常に考えますね。
ーーテーマに悩んだときはどのように決めていますか?
吉田:子どもたちの意見を尊重しながらやるのが、第一かなっていうのがあります。前年度の子どもたちに「何をやったら面白いか」を聞いて、翌年にその意見をできる限り採用するようにしています。テーマこそあるけど、本当に自由な発想で子どもたちの思うことを実現させていくのが、僕らの役目かなと思いますね。
ーー今後ニセコならではのまちづくりとして、子どものまちづくり参加事業はどんな姿でありたいですか?
吉田:大人だけの意見じゃなくて、子どもの意見を取り入れていくのは、今後も行政にとって大事なことだと思います。
僕自身も楽しいと思えないと、子どもも楽しいと思えないじゃないですか。それで輪の広がりかたも違うと思いますし。子どもの想いに、真剣に向き合ってくれる大人がいる町であり続けたいですね。
佐藤:子どものまちづくり参加事業を、長く続くものにしていきたいですね。何かのきっかけで活動が一度ストップしてしまうと、あっという間に終わってしまう。継続してきたからこそ、今は浸透してきました。どんな形であっても続けていくことが大事。子どもたちの心に残っていくものとして。
ニセコ町には多様な人たちがみんなで協力し、尊重しあってまちづくりをしていくという考え方があります。そこに、子どもたちも1人の人として、当たり前に参加できるということ。私たちも「みんなでニセコ町を作っていく」という姿勢で、職員として取り組んでいきたいなと思います。
ニセコ町まちづくり基本条例の冊子を読んでいると、日本語の説明文の下には英訳が。だれもが対等な立場でまちづくりに参加できるという姿勢が、条例冊子からも受け取れます。
そして、冊子のなかには「自治」という文字があちこちに。改めて調べてみて、ハッとしました。自治体の「自治」とは、「自分たちのまちづくりは自分たちの責任でつくること」に由来しているのです。まちのことを行政にすべて任せるのではなく、住民ひとりひとりが自ら考え、まちを育むニセコ町には、どんな逆境をも乗り越えていく強さがあるように感じます。
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