takibi connect
中標津町

北海道の恵みに時の魔法を。馬追蒸溜所がつくる“世界にひとつだけ”のウイスキー

takibi connect

北海道の恵みに時の魔法を。馬追蒸溜所がつくる“世界にひとつだけ”のウイスキー

中標津町事業者の想い

文:三川璃子 写真:小林大起

北海道中標津町で育まれたモルトを100%使用したウイスキー。この希少なジャパニーズウイスキーを手がけているのが、北海道長沼町にある馬追蒸溜所です。

馬追蒸溜所は、2006年に創業した“日本一小さいワイナリー”を前身に、2022年に醸造・蒸溜所としてリニューアルオープンしました。土地の恵みを生かすウイスキーづくりについて、製造責任者の花岡昌季さんと取締役の池岡優介さんにお話をうかがいました。

写真左:花岡昌季さん。ウイスキーに惚れ込み、バーテンダーや大手酒造メーカーでのウイスキー製造を経験 写真右:池岡優介さん。前職は音楽系ソフトウェアを開発するIT企業。異業種からお酒の世界へ
写真左:花岡昌季さん。ウイスキーに惚れ込み、バーテンダーや大手酒造メーカーでのウイスキー製造を経験 写真右:池岡優介さん。前職は音楽系ソフトウェアを開発するIT企業。異業種からお酒の世界へ

土地の素材を手仕込みで

蒸溜所に入ると、目に飛び込んできたのはどっしりとした蒸留器。スコットランドから輸入したものだそう。大人の男性よりも背が高く、とても大きく感じますが、ウイスキー業界では小さい部類だといいます。

まずは世界で唯一の味を生む、中標津町産のモルトについてうかがいました。

ーー中標津町産のモルトを使用することになった背景を教えてください。


花岡:この蒸留所はワイナリーが前身なので、「土地に根付いた原材料を使う」という、ワイン的な文化を保ちたかったんです。仕入れ先を模索していた時に出会ったのが、中標津町で自社生産の国産大麦をモルト加工している、中標津クラフトモルティングジャパン(株)でした。

中標津産のモルトはもともとビール用の品種で、糖分が少なく、アミノ酸やタンパク質といった旨味成分が多く含まれるのが特徴です。

海外産のモルトと比べるとコストはかかりますが、道産の原材料を使って道内で製造することで、“ここだけ”の特別なウイスキーが生まれると思っています。

現場で試食させてもらった2種類のモルト。ブレンドはせず、100%の割合で原料として使用するそう。 左:中標津産モルトは塩気のある香ばしい味 右:海外産モルトは甘みの強く華やかな味
現場で試食させてもらった2種類のモルト。ブレンドはせず、100%の割合で原料として使用するそう。 左:中標津産モルトは塩気のある香ばしい味 右:海外産モルトは甘みの強く華やかな味

ーーウイスキーの製造工程についても教えてください。

花岡:
まずは麦芽を一袋ずつ粉砕するところから始まります。次に「仕込み」と呼ばれる工程で、粉砕した麦芽を糖化させ「麦汁」をつくります。麦芽とお湯を混ぜておかゆ状にしたものを攪拌していくと、麦芽に含まれる酵素が働いて、でんぷんが糖分に変わっていくんです。多くの醸造所では機械化されていますが、うちでは30分間手作業で混ぜているんですよ。

ーー30分も止めずに。

花岡:休憩しながらですけどね。糖化が終わったら、ろ過して麦汁を取り出します。

さらに「発酵」の工程では、麦汁に酵母を加えアルコールを含んだ発酵液(もろみ)に変えていきます。ここで、ウイスキー特有の香りも生まれるんですよ。

できあがった発酵液は、蒸留器に入れアルコール分を濃縮させ、高濃度の「原酒」に。この原酒を樽詰め・熟成させることで、ウイスキーになっていきます。

樽が生み出す“未来の味”

原材料の次にウイスキー造りで重要なのが「樽」だといいます。「ウイスキーの8割は樽で決まる」と言われるほど、樽選びは味を左右するとのこと。

花岡:実はウイスキーの味は最初の2割を僕たちがつくって、残り8割を樽に任せているようなもの。樽材や大きさなどの違いによって、味が変わります。

代表的な樽材は、アメリカのホワイトオークや日本のミズナラなど。“中古”の樽を使うこともあるんですよ。例えばシェリー酒の熟成に使用したシェリー樽は、干しぶどうやレーズン、ブラックベリーのような黒いフルーツを思わせる味に。バーボン樽を使うと、バニラのような甘い香りになります。

同じ原酒でも、樽が違えば味が変わるんです。

花岡:シングルモルトってよく聞くと思うんですが、これは「単一の蒸留所で大麦麦芽のみを使用してつくられたウイスキー」のことを指します。複数の樽からブレンドされているのが一般的です。

一方、「単一の樽から詰められたウイスキー」を“シングルカスク”と呼びます。こちらは、より個性的な味わいが特徴。原酒と樽の組み合わせで生まれる、“世界にひとつだけ”の味です。

ーー組み合わせによって無限に味が変わるんですね。奥が深いです。

花岡:熟成期間は最低でも3年以上。樽のサイズや気温によって、熟成の速度も変わります。原酒の質や樽の中での変化、熟成状況をイメージして、「一番おいしいタイミング」を見極めていきます。

ーー数年先を考えてつくっていくんですね。

花岡:そうですね。「未来をつくる」というか、時間とともにつくっていくというか。
“樽に詰められた時間”を感じながら味わっていただくのも、ウイスキーの醍醐味かもしれません。

ワイナリーというルーツから生まれた素材へのこだわり

土地に根ざした素材からお酒をつくる。馬追蒸溜所のこだわりには、その歴史が関係しています。2017年に前身の「マオイワイナリー」から事業譲渡を経て、「マオイ自由の丘ワイナリー」に。さらに2022年には、ウイスキーやブランデーの製造も行う「馬追蒸溜所」としてリニューアルしました。

2017年から在籍する取締役の池岡優介さん曰く、当時は「何もなかった牧草地を手で開拓」したとのこと。

池岡:最初はひどい荒地で、トラクターで整地を試みたものの、石ころだらけの地面があらわれたんです。5〜6人でトラクターの後を追いかけて、石ころをひたすらトラックに積むっていうのを3往復。東京ドーム3.5個分の敷地です。

ーー気が遠くなりますね。池岡さんはもともとワインにたずさわるお仕事をされていたんですか?

池岡:以前は札幌のIT企業に勤めていたんです。親族から声をかけられて、直感的に「面白そう!」と、飛び込みました。ゆくゆくは「畑に触れられる仕事がしたい」という思いもあったんです。

前オーナーからは、1年間かけて葡萄栽培からワイン造りまでを教わりました。

池岡さんが引き継いだ2017年当時、30軒ほどだった北海道内のワイナリーは、現在70軒を越えるほどに。「このままでは埋もれてしまう」という危機感と、道産酒への“ある思い”から製造のラインナップを増やしていきました。

ーーワインにとどまらず幅を広げようと思ったのはなぜですか?

池岡:北海道の素材を使ったお酒がもっとあっていいんじゃないかなと。

というのも、例えば海外からお客さまが来て、カクテルを出しますよね。提供者は「北海道のカクテルです」って言いたくても、原材料は外国産だったりする。旅行のお土産にお酒を・・と思っても、ラベル裏の原材料表示を見たら外国産だと、残念な気持ちになりますよね。自信を持って「北海道産です」と胸を張れるお酒をつくりたいと思ったんです。

まずは甘味果実酒の免許を取得して、北海道産のボタニカル(植物性の原料)を入れたお酒を手がけ、その後、蒸溜機を導入しウイスキーとブランデーの製造もスタートしました。現在は他にスピリッツ、リキュールの免許も取得しており、北海道産原料をさまざまなかたちでお酒にすることが可能になっています。

ウイスキー製造にあたり、蒸溜技師として仲間入りしたのが前出の花岡さんでした。

花岡:
規模が小さい蒸留所ならば、イチから自分が関われる。その喜びを求めて手をあげました。

以前の大手蒸留所では、醸造・仕込み・発酵・蒸溜までは担当しますが、その後の熟成やブレンドにはノータッチでした。自分たちが仕込んだ原酒が、いつ、どのようにウイスキーとして消費者に届いているのか、“作り手としての喜び”みたいなものを感じにくかったんです。

ーー実際に馬追蒸留所でのウイスキー造りはいかがですか?

花岡:冬の寒さが厳しい北海道では、暖かい地域とくらべ、熟成のスピードが遅くなります。初期投資が大きいウイスキーは、熟成期間と円滑な事業運営とのせめぎ合いですね。

本場のスコットランドだと12年熟成させるのがスタンダードですし、一般的に長期熟成の方が価値が高い。長期的にみれば、北海道の冷涼な気候でゆっくり熟成したウイスキーは、質の高いものになると信じています。

失敗を恐れず、「初めて」を生み出す蒸留所に

花岡さんが手がけたウイスキーの原酒は、『東京ウイスキーアンドスピリッツコンペティション2025』(TWSC)で金賞を受賞。2026年以降には正式に「ジャパニーズ・ウイスキー」として世界に飛び立っていきます。

最後に馬追蒸留所のこれからについて、うかがいました。


ーー今後、構想していることはありますか?

池岡:中標津のモルトを使って、道産材の樽で熟成させる「オール北海道産ウイスキー」の実現ですね。

花岡:洋樽の製造販売で60年以上の歴史を持つ老舗企業が旭川に工場を建設中で、北海道産の「ミズナラ」を使った樽を製造予定なんです。

もし連携できれば、堂々と「これが北海道の味です」と海外に向けて発信できるようになります。

池岡:ものごとには全て「はじまり」があって、例えば「コアントロー」というリキュールはコアントロー兄弟がオレンジの皮から生み出した「はじめて」のお酒です。

ですから、我々も「失敗」や「前例がないこと」を恐れずに、「はじめて」を生み出すつもりで臨んでいきます。

最初に手がけたウイスキーも、完成はこれからなので「どんな味になるのか?」というワクワク感を、心待ちにしているお客さまと共有したいですね。

「熟成」という時間の経過とともに起こる変化、樽の中で起こる変化をまずは皆さんと一緒に楽しみたいです。

ーー今日お話を聞いて、お酒の飲み方が変わると感じました。

池岡:
ウイスキーには選んで味わう楽しみがあります。10年もの、20年もの、時間を味わう大人のための“贅沢な遊び”かな、と思っています。

まだまだ成長過程にある蒸溜所ですが、お客さまと近い距離を保ちながら、見守っていただける存在でありたいなと思います。

花岡:僕はここでの経験、前職での経験もひっくるめて、実験的な形でウイスキーをつくっていきたいですね。「花岡がまたおもしろいの作ってきたな」って思っていただけるような。

ゆくゆくは中標津、北海道を飛び越えて、日本から世界へ羽ばたいてほしい。

それにふさわしいウイスキーを手がけていきたいです。

未来の「おいしさ」をつくるお二人に共通するのは、失敗を恐れない姿勢と「はじめて」への情熱でした。その熱量は、原酒とともに樽の中でゆっくりと熟成され、やがて馬追蒸溜所でしか味わえない一杯に。

ウイスキーから北海道を感じ、時間を味わう贅沢をしてみませんか?

Information

馬追蒸溜所(MAOI株式会社)
〒069-1316 北海道夕張郡長沼町加賀団体
電話:0123-88-3704

  • このエントリーをはてなブックマークに追加