感動をカタチに。ラ・レトリなかしべつがつくる、生乳が生きる“本物”の味
中標津町事業者の想い
文:三川璃子 写真:小林大起
まるで生クリームを飲んでいるかのようなリッチな舌触り。濃厚なのに後味はさっぱり。生乳本来のおいしさが生きた「のむヨーグルト」を手がけるのは、中標津町にあるラ・レトリなかしべつです。
ラ・レトリ(La Laiterie)とは、フランス語で「乳製品をつくる工場・お店」という意味。店名をあらわすように、サイロの形をした赤い屋根のお店は中標津空港から車で5分ほどの場所にあります。
飲むヨーグルト、アイスクリーム、ナチュラルチーズ、イタリアンジェラートなど高品質な乳製品を手がけるラ・レトリ。無添加にこだわり、中標津産生乳の味わいを生かした商品づくりについて、代表の近野了さんにうかがいました。
「本物」に感動し、中標津へUターン
中標津町出身の近野さんは、札幌のホテルに勤務後、中標津へUターンし1992年に会社を設立しました。一貫してこだわっているのが「本物の生乳のあじわい」です。
ーー事業を始めたきっかけはなんだったのでしょう?
近野:純粋に中標津で作られた「のむヨーグルト」に感動したんです。今から30年以上前のことで、今ほど飲むヨーグルトが一般的ではなかった時代。
中標津町の畜産食品加工研修センターで作られていた製品で、生乳の味がしっかり感じられる「本物感」がありました。
人気商品だったものの、公営の施設では生産量の規制があり、民間の移行先を役場が探していました。そこで声がかかったうちの1人が、町で事業を営んでいた私の父でした。
「売れるかどうかわからない。それでもやってみよう」と父が手を挙げて、事業がスタートしました。
私自身はホテル業界に残ることも考えましたが、思い切って中標津に戻ることにしました。
飲むヨーグルトをつくることは、中標津に人を呼び、観光にもつながる。これまで培った観光業の知識や経験も活かせると思いました。
当時、生乳から乳製品を製造する会社を新たにつくることは、法律上難しい時代でした。近野さんは関係機関との調整や、乳製品の知識と製造技術の習得に向け奔走しました。
ーー全くの異業種からどうやって、「のむヨーグルト」の製造を手がけていったのでしょう?
近野:製造に関しては全くの素人じゃないですか。まずは畜産加工研修センターで、牛や生乳について研修を受けました。衛生管理や乳酸菌の培養方法、細菌検査など、半年以上かけて身につけました。
ーー研修センターと実際の工場では、製造面での違いもありそうです。
近野:味を一定に保つことの難しさを感じましたね。飲むヨーグルトは乳酸菌の使い方で味がガラッと変わります。乳酸菌の組み合わせや培養、発酵具合、発酵温度によっても味や風味が変化します。30〜40種類以上ある乳酸菌の中から、酸味や甘み、のどごしを考え、自分が理想とする「のむヨーグルト」に向かい、試行錯誤しました。
ーー近野さんが理想とする「のむヨーグルト」のこだわりはどんなところでしょう?
近野:のどごし、そして甘みと酸味のバランスですね。生乳本来のうまみや香りを引き出すため、乳酸菌の微量な調整をしました。
まずはじっくり発酵させてヨーグルトを作ります。最初は飲むのが難しいほど濃いんですよ。そこから粒子を細かく、なめらかにして飲める状態にしていくんです。
手間はかかりますが、生乳本来の味わいや濃さを生かした「のむヨーグルト」に仕上がります。質感やおいしさが違うんですよね。
アンテナを張り、生乳を生かした製品を
製造・開発と同時に店舗設備も整え、1992年10月にオープンしたラ・レトリ中標津。近野さんは「のむヨーグルト」に加え、当時まだ珍しかったジェラートも手がけました。
近野:「のむヨーグルト」だけを買いにくる人は少ないだろうと考え、ジェラートの販売も手がけました。畜産加工研修センターでお世話になった方から、イタリアのジェラートの話を聞き、海外から機械を取り寄せインストラクターの手解きを受けました。
生乳の味を生かしたミルク味を中心に、素材の組み合わせを考えていきました。
ーーお店ができてからまわりの方の反応はどうでしたか?
近野:最初はもの珍しさもあって、たくさんの方に来ていただきました。喜んでいただきましたね。
ただ目新しさだけでは、徐々にお客さんにも飽きられてしまう。どう販売していこうか?初めてのことでしたから、試行錯誤しましたね。
近野:オープンして10年ほど経つと、競争が激しくなってきました。乳製品の製造規定が緩和され、飲むヨーグルトに参入する事業者も増えていきました。売り上げは上がったり下がったり・・。借り入れもありましたしね。
ーー苦しい状況でも製法は変えずに?
近野:コストや手間がかかっても、そこは絶対に変えないですね。
商品は変えず時代に合わせてアプローチを変える。
ちょうど2000年頃にインターネットが活況になってきたのに合わせて、ホームページを作ったんです。興味を持った企業からお問い合わせいただき、大口の注文で救われたこともありました。パッケージのデザインも時代とともに何度か変更しています。
販売方法だけではなく、本筋の乳製品づくりでも近野さんは試行錯誤をつづけました。2000年には独学でチーズづくりをスタート。風味豊かなウォッシュタイプのチーズ「ブリック・ド・ナカシベツ」は、オールジャパンナチュラルチーズコンテストで優秀賞を受賞しました。
ーー2017年に販売を開始したギリシャヨーグルトは、試行錯誤の道のりがあったとうかがいました。
近野:ギリシャヨーグルトは大変。伝統的な「古代水切り製法」で何日もかけて水切りをして、カップ詰めも手作業でひとつひとつ。
製品化も長い道のりでした。頭の中で考える分には簡単なんだけどね。生乳を発酵させて、水切りするだけ。いざ製品化しようとすると生乳が固まらないんですよ。乳酸菌を入れたら固まるはずなのに。
さらに10〜20リットルのヨーグルトを水切りする方法など衛生面も含め、研究者のアドバイスも受け、2年ほどかけて製品化にたどり着きました。
時間も手間もかかりますが、やっぱり丁寧につくったら、おいしいんですよ。
ーージェラートやギリシャヨーグルトなど、近野さんが時代を先取った商品をつくれるのはなぜですか?
近野:ものすごく人に聞きますね。一生懸命聞いて、実践してみる。
新しいものを見たり、触れたりするのが好きなんですね。
仕事は同じことの繰り返しだからこそ、自分で自分に刺激を与えています。
ーー苦しい時期もありましたが、前を向き乗り越えられたのはなぜでしょう。
近野:地元の方の支えが大きいです。苦しい時に販売先をご紹介いただいたり、お中元やお歳暮に使っていただきました。
中標津は酪農関係者が本当に多いんですよね。農家さんだけでなく、獣医師さんや飼料をつくる事業者さんなど、みなさんお店を利用してくれます。
地元の方の支えがあってこそ、30年以上つづけてこれました。
“中標津だから”できる乳製品をこれからも
時代の変化に合わせながら、生乳の味わいを生かした製品を届けてきたラ・レトリ。お店では開店と同時に、地元の方がジェラートを楽しんでいました。
ーー地元に愛されるお店づくりをされてきたんですね。
近野:地元の方に使ってもらってこそ、お店を経営する意味があると思っています。私たちは中標津の生乳に支えられている。町の外へおいしさを届けることも大切ですが、“外だけ”に発信するのは違うなと思っています。
「とにかく中標津に還元できるお店づくり」を目指して営んできました。
ーー今後の展望を教えてください。
近野:中標津の生乳を生かした乳製品は変わらず、山や海に恵まれた中標津ならではの素材をかけ合わせていきたいですね。
去年、熟成が進みすぎたチーズを試しにジェラートに混ぜてみたんです。すごく美味しくて、新しいフレーバーとして採用しました。
「今あるものをかけ合わせることで、新たな価値を生み出せるのだ」と、気づくきっかけになりました。
近野:空港が近いこともあり、お客さんには道外の方が多いんです。
中には世界中、日本中を旅している方も。旅行で訪れた方は「地元の人と話してみたい」とおっしゃるんですよね。だから、レトリから地元との接点が生まれるのも面白いんじゃないか?と構想しています。
丁寧な乳製品づくりは変わらず大切に、人のつながりも生まれる場にしていきたいですね。
地元のために、お客様のために、そして自分を楽しませるために。
「のむヨーグルト」を初めて飲んだときの感動を忘れず、中標津の生乳を新たなカタチにしていく近野さん。今後も地元愛あふれる乳製品が生まれていくのが楽しみです。
Information
有限会社ラ・レトリなかしべつ
〒086-1145 北海道標津郡中標津町北中9番17
TEL:0153-72-0777 FAX:0153-72-0966
営業時間:11:00~16:00 定休日:毎週火曜日
季節により営業時間は変わります。