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中標津町

酪農のまち中標津が挑んだ、“おなかにやさしい”A2ミルク誕生の物語

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酪農のまち中標津が挑んだ、“おなかにやさしい”A2ミルク誕生の物語

中標津町事業者の想い

文:三川璃子 写真:小林大起

A2ミルクを知っていますか?
A2ミルクとは、A2型のβカゼイン(タンパク質の一種)を含む牛乳のこと。消化しやすくおなかがゴロゴロしにくい牛乳で、近年注目が高まっています。

酪農が盛んな北海道・中標津町で、国内初となるA2ミルクの生産に挑んだのが株式会社ナガホロの永谷 芳晴さんです。地元の酪農家やJA中標津の協力によって誕生した、中標津ブランドのA2ミルク「なかしべつ牛乳プレミアム NA2 MILK」が生まれるまでの歩みをたどります。

酪農家同士の会話からはじまった、国内初・A2ミルクへの挑戦

国内トップクラスの生乳生産量を誇る中標津町では、人口22,000人に対し乳牛約4万頭が飼育されています。車を走らせると広大な牧場が続き、酪農の町を肌で感じられます。

株式会社ナガホロは搾乳頭数82頭、乾乳・育成を合わせて160頭を飼育し、年間出荷量は820トンにのぼります。品質管理を徹底し、2019年には「JGAP認証」を取得。安心安全な商品を届けています。

牧場を営む永谷さんがA2ミルクを知ったのは、地元の酪農家たちとの情報交換がきっかけでした。



永谷:A2ミルクを知ったのは、2016年のことです。当時JA中標津の改良課にいた職員を含む、地元の若い酪農家たちとの会話からでした。

当時A2ミルクは日本国内ではまだ知られていない存在。一方、海外では2003年にニュージーランドのA2 Corporation Limited社(現・The a2 Milk Company社)が販売を開始し、注目が集まっていたんです。

「海外で話題になっているA2ミルクは、どうやら体にもいいらしい」という話を聞き、まずは乳牛の遺伝子を調べてみることにしました。

ーーどのようにA2ミルクの遺伝子をもつ牛を見つけたのですか?

永谷:ゲノム検査を行って、A2型の遺伝子を持つ牛を特定しました。
当時飼育していたうちの約2割がA2型の遺伝子を持つ牛でした。A2型同士を交配させるとA2型の牛のみが生まれるとわかり、交配を進め、現在は牧場にいる82頭のうち、約9割がA2型の牛です。(2024年現在)

ーーA2ミルクの生産は国内初だったそうですが、どのように商品化を進めたのでしょう?

永谷:
JA中標津の組合長に相談し、「そんなに良いものならチャレンジしよう」と協力体制をとってくれました。牛乳でおなかがゴロゴロしていた人も飲めるようになるなら、学校給食など活用できる場も多いだろうと。

A2ミルクの話をしていた、5名の酪農家とともに協議会を発足し、2016年から本格的にプロジェクトを進めました。

ーープロジェクト発足後、商品化までに難しいポイントはありましたか?

永谷:ゲノム検査後は、技術的な面で難しいことはありません。普段みなさんが飲んでいる牛乳はA1型とA2型が混ざった合乳で、A2ミルクを製造するにはA2型の牛を特定し、分けて搾乳すればいい。通常の牛乳と製法も変わりません。バルクを増設し、合乳とA2ミルクが混ざらないように環境を整備しました。

A2ミルク専用のバルク
A2ミルク専用のバルク

永谷:製品として出荷・販売までの道をつくれたのは、中標津の恵まれた環境のおかげもあります。

JA中標津は乳製品工場を持っているんです。北海道内で乳製品の工場を持っている農業組合はごくわずか。

私たち生産者のチャレンジしたい想いと一緒に取り組んでくれたJA中標津の協力があってこそ、A2ミルクの商品化は実現しました。これまで築いてきた信頼関係のもと、中標津の中で酪農家とJAが協力し、製品化できたことを嬉しく思っています。

「中標津=おなかにやさしい牛乳をつくっている地域」という認識が広がれば、地域全体の消費拡大や、まちおこしに少しでも貢献できればいいと思うんですよね。


2018年12月、中標津で誕生した国内初のA2ミルクは、中標津の頭文字Nを加え「なかしべつ牛乳プレミアム NA2 MILK(以下、NA2ミルク)」として販売開始されました。

JA中標津と共に歩んだNA2ミルク 信頼獲得の道のり

A2ミルクの商品化は日本初。プロジェクト発足当初は、世界的に研究は進んでいるものの「どんな牛乳なのか」が完全には解明されていない状態でした。
JA中標津では商品化にあたって関係機関に試飲を依頼し、効果実証に取り組みました。専門家のデータ分析や試飲によって、消化しやすい牛乳であることが証明され、2018年にNA2ミルクの販売を開始。

しかしながら初めて聞く「A2ミルク」という言葉に、消費者の理解はなかなか追いつきません。さらに追い打ちをかけるように新型コロナウイルスの蔓延が重なり、2020年以降は販売イベントも中止に。厳しい状況が続きました。

永谷:販売当初A2ミルクはまだ日本で研究が進んでいなかったため、怪しむ声もありました。その状況を見たJA中標津の職員さんは、説明書類の作成や商標登録、検査対応など、NA2ミルクの信頼獲得・販路拡大に取り組んでくれたのです。

徐々に存在を知る方も増え、NA2ミルクを定期的に注文してくれる方もあらわれました。当初は海外帰りの方からの注文が多かったですね。

NA2ミルクが広く知られるようになったのは、最近のこと。2023年にはこれまでで一番の売り上げとなりました。発売当初、興味を持ってくれたのはほとんどが酪農の関係機関でしたが、新聞やテレビ番組などでご紹介いただき、少しずつ消費者のみなさんにも知ってもらえるようになりました。

私より大変だったのは、農場スタッフやJA中標津職員の方々。工場でも合乳とNA2ミルクが混ざらないよう、集荷の日は必ず朝5時に来てくれるんですよ。
周りに助けていただいて、本当に感謝しかないですね。

JA中標津職員が情報を集め、消費者に丁寧な説明を重ねたことで、少しずつ認知度があがってきたNA2ミルク。2024年にはパッケージをリニューアルし、中標津の町花であるエゾリンドウをモチーフに、より中標津ブランドが感じられるデザインとなりました。リニューアルにあたって大切にしたのは、消費者が「買ってよかった」と思える商品。

現在は中標津町内のスーパーをはじめ、東京・自由が丘の牛乳・乳製品の専門カフェ 「MILKLAND HOKKAIDO → TOKYO」や札幌にあるどさんこプラザ、ホテルなど販路を増やし、各地でNA2ミルクが購入可能になりました。

飲みたくても飲めなかった人へ、A2ミルクがもたらす一滴の希望

店頭で販売されるNA2ミルクを見た時は「みんなで作ったものがやっと形になった」と、永谷さんはよろこびを噛み締めたそう。NA2ミルクの販売開始以降、子どもから年配まで幅広い方々から「飲みたくても飲めなかったのが、飲めるようになった」という声が届いていると言います。

ーー少しずつ広がっているNA2ミルクですが、周りの反応はいかがですか?


永谷:牛乳を飲めない人の中に、「飲みたい」と思っている人はどの程度いるのか?販売前は未知数でしたが、販売後は「これなら飲める」という声が多くて、ほっとしています。

年齢を重ねて消化機能が低下し、牛乳が飲めなくなったという人が「NA2ミルクなら飲める」という話も耳にします。奥さんの健康を気遣い、ご主人がまとめて購入してくれるケースもあります。

販売後に名古屋大学・大学院の竹下准教授の協力を得て、牛乳を飲めない学生(乳糖不耐症の方を除く)を対象に検査を行った結果「8割がNA2ミルクが飲めた」という結果も出ました。

製造・販売が軌道に乗るまでは苦労もありましたが、ここまで頑張ってきて本当に良かったなと思いますね。

ーー普通の牛乳とA2ミルクは飲みやすさなどの点で違いはありますか?

永谷:人によっては舌触りが軽く感じられる人もいますが、普通の牛乳と味に大差はありません。

スーパーなどで見かける多くの牛乳は120〜150度で数秒間加熱した超高温瞬間殺菌の牛乳ですが、JA中標津の工場では、85度で15分間栄養分を逃がさないようにゆっくり殺菌しています。安心安全で、生乳のコクを生かしながら、後味はすっきりした味わいですよ。

ーー中標津のみなさんで成し遂げたNA2ミルクの商品化、最後に今後の展望を教えてください。

永谷:牛乳を飲みたい人に安心して飲んでもらえるよう、私たちは努力するのみです。「飲みたくても飲めない」という方には、NA2ミルクを試してほしいですね。

子どもたちにもNA2ミルクを知ってもらいたいと思っています。子どもの頃の“おいしい記憶”は、大人になっても残るはず。牛乳のおいしさを知って、年を重ねても長く飲み続けてもらえたら嬉しいです。

みなさんに信頼してもらえるNA2ミルクを届けられるよう、謙虚さと感謝を忘れずに一歩一歩着実に進んでいきます。

おなかにやさしいNA2ミルクは、永谷さんをはじめ中標津の酪農家とJA中標津の、信頼と協力から生まれました。「地域の良いものを守る、広げる」という思いがつまったNA2ミルクは、「牛乳を飲みたい」すべての人に、やさしいおいしさを届けます。

Information

株式会社ナガホロ

〒088-2681
北海道標津郡中標津町字当幌1263番地

TEL. 0153-72-9172

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