未来へ種をまき光をあてる、根本園芸のシクラメン
南相馬市事業者の想い
文:高木真矢子 写真:飛田亜久里
毎年年末になると、園芸店やホームセンターの店頭に並ぶシクラメン。11月から4月にかけて開花し、冬を彩る花として知られています。花びらが上にそり返った姿が篝火(かがりび)に見えることから、「カガリビバナ(篝火花)」の異名も。定番の白・赤・ピンクをはじめ、黄色やグラデーションなどさまざまな色彩が特徴です。
福島県南相馬市の「根本園芸」では、シクラメンを中心とした花き栽培をおこなっています。二代目の根本雄二さんに、こだわりのシクラメン栽培と地域への思いをうかがいました。
土づくりから水やりまで、こだわりの詰まったシクラメン
国道6号線から伸びる支線に入り、しばらく車を走らせると広大な自然の中に複数のハウスが並びます。
南相馬市で花き栽培農家を営む根本園芸。初代・根本修二さんが昭和51年頃にスタートし、さまざまな花を栽培してきました。現在は息子で2代目の根本雄二さんが、シクラメンに加えクレマチス、アジサイ、ラナンキュラス、マーガレットなどを手がけています。
ーー根本さんご自身は南相馬のご出身なのでしょうか?
根本:はい。南相馬市小高の出身です。子どもの頃からなんとなく「自分が後をつぐんだろうな」と思っていて。地元の高校を卒業後、シクラメン栽培を学ぶため、1年間栃木県の花き栽培農家へ修行に入りました。戻ってから25年 、シクラメンをはじめとした数種の花きを栽培しています。
ーー2代目ということですが、先代からシクラメンの栽培をされていたのでしょうか?
根本:父もはじめの10年ほどはシクラメンを育てていましたが、途中で「シャコバサボテン」という、別の鉢物に切り替えていました。市場での戦略を考えてのことだったようです。シクラメンの栽培を再開したのは、私が戻ってからですね。
ーー初めにシクラメン栽培を学ぶ、というのは後継者として一般的なことなのでしょうか。
根本:いえ。一般的ではありませんが「シクラメンを栽培できれば、ほかの鉢物はなんでもできる」というくらい鉢物の基本であり、難易度も高いものなんです。
修行先では、土作りから消毒、植え替え、肥料のやり方、水かけといった肥培管理、そして販売管理を学びました。
ーーシクラメンは咲いた後も、きちんと管理をすれば翌年も楽しめるというイメージがあります。そもそもシクラメンはどのように育てるものか教えてください。
根本:一般的に流通するのは鉢植えが主流ですが、花農家では種から育てていて、種まき、植え付け、植え替え、肥料、花柄摘み、葉組みなどを行っています。うちでは、毎年11月に種をまき、翌年11月に開花するまで丸1年かけ、栽培しています。
ーー種から育てるんですね。初めて知りました。葉組みというのは?
根本:シクラメンの葉を外側に集めて中心を空ける作業です。シクラメン生産に欠かせない工程で、従業員やパートさんも行います。
本来シクラメンは、四方八方に広がって咲くものなんですが、葉組みの作業によって中心を空けることで、花芽に日光が直接当たるようになります。そうすることで花数が増え、より色鮮やかな花を咲かせる。手間をかければかけるほど、より美しい仕上がりになる、大切な作業です。
ーーひとつひとつ丁寧に育てられているんですね。根本園芸さんではどれくらいの数のシクラメンを育てていらっしゃいますか?
根本:毎年約70種類・1万5000鉢を育てています。シクラメンの品種は、原種を元にした品種改良などもあり、数えきれないくらいある中からの70種類です。
葉組みについてはパートさんにも担当してもらい、1鉢5分を目安に作業し、約1カ月かけて全ての鉢を回ります。
さらにシクラメンは花が咲くまで1年かかるので、水の量や肥料のバランスも重要です。2日に1回の水やりと液肥は基本的に全て私が行っています。
ーー徹底されているんですね。
根本:ええ。水やりって、どうしても人によって水の量が変わってしまうんですよ。一定した品質のシクラメンを育てるためには、水の量を一定にする必要があります。
子どもの用事などで留守にする時には機械も活用しますが、基本的には私が担当していますね。土づくりも同様で、赤玉・腐葉土・ピートモスなど自分でブレンドした最高の土を作っています。
1年間、徹底した肥育管理を経て開花した根本園芸のシクラメンは、年に1回行われる「全国花き品評会 シクラメン部門」でトップの農林水産大臣賞を2001年から2005年の5年連続受賞。さらに間をおいて合計9回受賞しています。
品質の高いシクラメンは日比谷花壇や後藤花店など、都内や関東圏をはじめ、ふるさと納税を通じて全国へ。輝かしい功績で順風満帆に見える根本園芸ですが、これまでの道のりは決して平坦ではありませんでした。
東日本大震災でハウスは湖に
2011年3月11日、作業の切り替えのタイミングだったこともあり、ハウスには先代の修二さんと2代目の雄二さんだけでした。
そこに襲った突然の大きな揺れ。ハウスはさほど被害がなかったものの、重油タンクが倒れて油が流出。当時、海から2キロの小高にあった根本園芸のハウス。大津波警報が流れ、海からは真っ茶色な水煙が見える中、雄二さん親子は車に飛び乗り、高台へ避難して一夜を明かしたといいます。
翌日、雄二さんが加入している消防団で行方不明者の捜索を行っていると、福島原発の事故の知らせが入りました。
根本:すぐに避難しなくては、と家族と合流し、情報を集めながら移動しました。最初に飯舘村へ、ついで親族のいる山形県米沢市へと避難しました。米沢にいる間に、小高には入れなくなってしまって。震災当日、ハウス自体の浸水被害は免れたんですが、避難区域だったこともあり、水門が閉じたままだったんです。その後、川の水位が上がって湖のような状態に。もう、使いものにならなくなってしまいました。
米沢市の親族の家に身を寄せること3週間。雄二さんは言いようのない不安や焦燥感でいっぱいでした。
根本:従業員もみんな無事で、家族も無事。でも、ハウスは使えなくなってしまって、いつまた南相馬に住めるようになるのかもわからない。そもそも仕事もない。何度も「辞める」という選択肢が浮かびました。
しかし、そんな雄二さんのもとに一本の電話が入ります。高校卒業後、1年間修行を受け入れてくれた花き栽培農家からでした。
「うちに来るか?」ーー縁が再びつながりました。
パイプハウス3棟からの再スタート
震災から約1カ月。修二さんたちは茨城県、雄二さんたち家族は栃木県の農家で、それぞれ避難生活を送ることになりました。徐々に南相馬の状況も入るようになり、仮設住宅の建設、帰宅困難区域の解除などが進んでいきました。
それぞれが、それぞれの場所で「今できること」を模索し続けること3カ月。
茨城県に避難していた修二さんが、知人の農業委員を通じて、数年前から空いていたという南相馬のハウス3棟を探し出し、花の栽培を再開することになりました。
根本:住宅街にあった小さなパイプハウス3棟でした。「来年からまたシクラメン作るから、種まくぞ」と、父から言われて。父はシクラメン栽培の経験が少なかったので、自分も帰った方がいいだろうと思い、福島に10カ月ぶりに戻りました。
妻と子どもは宮城県に住んでもらい、私は単身、原町の仮設住宅に。父と母と3人で、シクラメン栽培を再開しました。小規模だったからこそ、改めて初心に返ることもできましたね。
ーー震災で家族も分かれてしまって、さまざまな困難もあったことと思います。どうやってその逆境を乗り越えることができたんでしょうか。
根本:父が精力的に動いていたのも理由の一つですね。加えて、今までお付き合いしてきた花屋さんや市場の方から励ましの言葉をもらって、それが力になっていきました。
花を通して人を笑顔にしていた根本さんが、今度は花でつながった縁に力をもらいました。2017年には、震災後初めて出品した「全国花き品評会 シクラメン部門」で「農林水産大臣賞」「東京都知事賞」「農水省生産局長賞」のトップ3を独占受賞。喜びはひとしおでした。2018年、4年がかりで現在の土地に出会い、根本園芸の再建にこぎ着けました。
根本:再建は耕作放棄地だった田んぼを整地するところから始まりました。シクラメンは3棟のビニールハウスでの少量栽培だったので、現在の規模に合わせた栽培の準備を進めました。並行して一部を宅地にして自宅を建て、妻と子どもを呼び戻し、ようやく家族全員が揃いました。
オリジナル品種への挑戦と飽くなき探究心
家族で力を合わせ、再び南相馬での栽培が始まった2018年、修二さんから雄二さんへ社長のバトンが渡されました。社長としての新たなスタートの最中、選抜しているシクラメンの中に1鉢、突然変異を見つけました。
根本:シクラメン農家は、葉っぱの模様や形状などから、おおまかな色や品種を当てることができます。ある日、1鉢だけ育てている品種とは違うものを見つけたんです。赤系の基本の鉢のはずが、葉っぱの模様からして違う。まだ花が咲いていない段階で、どういう花が咲くかわからない。シクラメンは開花までに1年かかりますから、咲くまで様子を見たら、紫がかった紺青色の花が咲いたんです。
オリジナル品種に取り組んだことのなかった根本園芸。これを機にオリジナル品種の栽培を始めました。
根本:シクラメンって絵の具と同じで、基本的に掛け合わせると、元の色を混ぜた色になるんですよ。開花したのが、青系のシクラメンだったので、白と掛け合わせると水色になるかと思うとピンクになって。
ーー面白いですね。化学ですね。
根本:5種類くらい交配して、再現するまでに約4年かかりました。遊びで別の品種と掛け合わせたものが、最初に見つけた紺青色と同じになったので、今はそれを増やしています。種まきから開花まで1年かかるので、うまく再現できるか結果を見るまで大変でした。
できあがった品種は「真実」と「幸運」の石言葉を持つ「ラピスラズリ」と名付けました。去年は顔見せ程度だったので、今年ようやく本格的な出荷となります。
ーー震災を経て、この地での再開から4年。社長業としてオリジナル品種にも取り組みながら、一昨年も「全国花き品評会 シクラメン部門」のトップ3独占、昨年も特別賞を受賞しています。根本さんが前に進み続ける原動力はなんなのでしょうか。
根本:「人に喜んでもらえること」が1番ですね。
それと、シクラメンを二十数年栽培していて、賞もいただいているのですが、実は自分が完全に納得したものって、未だにないんです。
だから、100パーセント納得できるシクラメン栽培に向かっていくのが原動力ですね。目指すのは1万5000鉢全てが、賞に選ばれるシクラメンをつくること。これからも去年より今年、今年より来年、と進み続けます。
困難を乗り越え、「去年より今年」「今年より来年」と、前を向き進み続ける根本さん。
根本さんのこだわりと飽くなき探究心は、この南相馬で種としてまき続けられ、未来というたくさんの花を咲かせていくことでしょう。
会社情報
株式会社根本園芸
〒979-2441
福島県南相馬市鹿島区角川原前川原103
TEL:0247-57-5643