閉校をチャンスに変えた「三笠高校生レストラン」という一筋の光
三笠市プロジェクト
文:浅利 遥 写真:斉藤 玲子
三笠から「食」のプロフェッショナルを。
かつて炭鉱で栄えた三笠市は、三笠高校を基軸に「食」をテーマにした新たなまちづくりのモデルを描いています。
道内の公立高校では初めて、食物調理科の単科校を設置。「食」への理解を深める教育を行い、生徒が腕を磨くための研修施設「三笠高校生レストラン MIKASA COOKING ESSOR(エソール)」を2018年にオープン。注目を集めています。
地域の活性化と生徒たちの成長を裏で支える、三笠高校調理部顧問の斎田雄司さんと製菓部顧問の鈴木多恵さんにお話を伺います。
三笠から食のプロフェッショナルを
少子化や人口減少の影響で2012年3月に閉校した道立三笠高校。まちが疲弊していくのでは・・と懸念される中、三笠市は同年4月から高校を市立化し、食物調理科の単科校として再スタートを切りました。
三笠高校では授業や行事にとどまらず、講演会や特別活動などを通じ、商品開発、接客販売、店舗経営の基本などを教育。地域とのつながりも深めながら、幅広い視野を持つ「食」のプロフェッショナルを育成しています。中でも特徴的なのが、高校生レストランの運営や商品開発などを担う部活動「調理部」と「製菓部」の存在です。
ーー調理部と製菓部、それぞれの活動内容を教えてください。
斎田(調理部):調理部では高校生レストラン「まごころきっちん」の運営のほか、商品開発や料理教室の開催、料理コンクールへの挑戦などさまざまな取り組みを行っています。運営する「まごころきっちん」では、メニューの考案から仕込み、調理、接客など一連の流れを全て生徒が行っています。
調理の技術だけでなく、コミュニケーション能力や経営力、創造力や精神力など、プロとして必要な資質や能力を伸ばすことを目指しています。
高校生レストランは、私の母校でもある三重県の相可(おうか)高校をモデルにしながら、体制を組み立ててきました。
鈴木(製菓部):製菓部は高校生カフェ「Cherie(シェリー)」の運営をはじめ、商品開発や菓子コンクールなどにも挑戦しています。
菓子研究会からスタートし、2013年に同好会に昇格、翌年の2014年に製菓部になってその年から顧問になりました。「Cherie」が始動したのは2016年。将来的に高校生レストランで運営することを見据えて、最初は市内の飲食店を改装して活動していました。「Cherie」はお菓子に特化したカフェスタイルで運営しています。
三笠高校の市立化に際して食物調理科を選んだ理由の一つには、高校生運営によるレストランの構想があったといいます。三笠高校生レストランESSORはオープン以来、高校生が地域と連携してまちの賑わいを支えています。
ーー開校当初から計画されていた高校生レストランですが、立ち上げに際して大変だったことはありましたか?
鈴木:ありすぎて・・。笑
間取りから何から「製菓店をどう構えるか」というところからのスタートだったので、試行錯誤しました。色んなお店に足を運んで、イメージを膨らませて。実際のレストランに近いような菓子提供を考え、厨房が見える開放的な空間でお皿に盛りつけたデザートを提供するスタイルに行き着きました。
お菓子は仕込みも含めて時間がかかります。仕上げたものをすぐに提供するのは難しかったので、生徒が盛り付けている様子を見られる形にしました。お客様にも提供までの時間を含めて楽しんでもらえますしね。
実際にお店では、お客様が興味をもって厨房に目を向けてくれます。その分、生徒は緊張感をもってやるんですよね。「誰にみられても恥じない丁寧な仕事をしてこそ、美味しいお菓子が生まれる」ということを生徒も実感していて、今ではこのスタイルで良かったと思います。
斎田:調理部が担当する「まごころきっちん」は、僕が相可高校時代にレストランを運営していた経験や、料理人時代の経験を参考にしながら立ち上げました。こんなに立派な施設の立ち上げに、自分が意見を出しながら関われることって貴重なので、大変さもありましたが嬉しかったですね。
生徒の指導という面では、スタート前に、市内に食堂を借りて「まごころきっちん」を運営していたことで、各々がスキルアップしていたので、立ち上げでの苦労はそれほどなかったです。それよりも、運営体制を考えたり、生徒が毎年入れ替わる中でレストランの味を守り続けていくことの方が大変ですね。
高校生であってもお客様にとってはプロ。進路実現への糧に
一人一人の生徒の未来を育む部活動の在り方に向き合うお二人。運営体制への課題もあると語る中、部活動を通じてどのような生徒たちが育まれていくのでしょうか。
ーー運営体制の構築と継続することの大変さを実感される中、教える立場としてどんなことを意識されていますか?
斎田:厳しいですけど、社会で求められる「プロとしての姿勢」を伝え続けることが大切だと思っています。実際に社会に出てみると、学校で習うこととはギャップがあります。プロ意識の部分は、なかなか授業だけでは伝えきれません。部活動の中で実際の現場に近い環境をつくることで少しでも意識してもらえたら、と思ってます。
鈴木:常に活動の先に、お客様がいることを意識づけさせています。製造練習でできたお菓子は、「商品としてお客様を喜ばせるものになるんだ」というところは、モチベーションを維持させられるよう、指導の仕方にも気を配っています。ただ、そこに固執しすぎると、生徒たちが行き詰まる気持ちも分かるので。「やってみようという気持ち」「やればできるという達成感」など、部活での経験がのちに自分の進路実現への後押しになるよう、サポートできればと。
企業さんとの商品開発やコンクールへの参加など、作品を他者から評価してもらうことも大事にしています。
ーー商品開発では、生徒はどのように企画を進めていくのでしょう?
斎田:普段、レストランでは生徒たちがやりたいことを表現していますが、企業さんからのご提案に対しては、要望に応えながら、我々なりのアイディアを提案して形にしています。
レストランでの活動実績を評価して下さる方やメディアに取り上げていただいたこともあって、企業側からお声がけいただくことが多いですね。ふるさと納税でもご用意しているおせちもそうです。
鈴木:部活動に限らず、課題研究という授業の中でも、企業さんとコラボして三笠の活性化やPRにつながる商品開発をしています。生徒が主体的にアプローチした中で生まれた商品もあります。部活に限らず三笠高校に関係することは、市の方もPRしようと考えてくださっていて、ありがたいですね。
ーーまちをあげてのPRや商品開発に直結すると、学生の意識も高まりそうですよね。私の高校時代にもそんな環境があったらと羨ましくなりました。部活動を通じて、お二人が嬉しかったエピソードはありますか?
鈴木:卒業生の多くは、部活動で経験したことを活かせる職場に就いています。生徒から聞いた話では、「段取りを組むのが早くてすぐに仕事を任せられる」「接客に慣れている」など、仕事への姿勢を評価いただいているようです。企業の方からも、「専門学生・大学生に劣らない対応ができる」という声をいただいています。部活動で経験したことが糧となって、進路実現に繋がっているんだなと思うと、嬉しいですよね。
ここで育まれることは、技術や知識に留まりません。初志貫徹して最後までやり抜くことや、お客様とのコミュニケーション。飲食業界に限らずどんな道に進んでも、活躍できる生徒が巣立ってほしいなと思います。
斎田:調理部は地域食材を使って本格的な料理を提供しているので、感動してレストランをあとにするお客様も多くいらっしゃいます。三笠でレストランを営業できて、良かったなと思う瞬間ですね。
みんなで枝豆を収穫して、お世話になった農家さんに枝豆のスープを食べてもらったことがあるんです。「こういう食材の使い方もできるんだね。とても美味しい」と言って下さって。料理は食材あってのもの。いただいた食材を自分たちのアイディアと技術で、おいしいひと皿に変身させ、評価いただけたことは、生徒たちにとっても嬉しい経験でしたね。
パンデミックで見えた課題
三笠市民だけでなく市外からも注目され、「毎回の営業のなかで嬉しいエピソードが積み重なっていった」という高校生レストラン。しかし、取材で訪れた日の高校生レストランの雰囲気は、少し寂しい印象でした。店舗の立ち上げから3年目にして店舗運営の体制は一変。休業を余儀なくされました。活動範囲が制限される中で見えた課題もあったそうです。
ーーコロナ禍でイートイン営業ができない期間の活動はどうされていたんですか?
斎田:調理部は、2020年からテイクアウト用のお弁当を中心に活動しました。基本的には、コロナ禍など状況に関わらず、やる側のモチベーションが大事。一つ一つの仕事に対して責任を持たなきゃいけない。「お金をいただく以上、高校生であってもプロじゃなきゃいけない」ってことは厳しく話しています。
一方、実務的な技術面については、先輩から後輩への継承ができていなかった部分があります。時間があるこの時期を逆手にとって、情報を整理して、どんな状況下でも対応できるようなマニュアルを作っています。
鈴木:製菓部もそう。一般的な飲食業とは違って、上級生は新入生の教育もしながら、自分自身も技術を磨くなど成長していかなければなりません。そんな中で生徒たちは3年目で卒業っていう・・。社会人で考えてみるとようやく油が乗ってテキパキできるようになっていく時期なのに、結構ハードですよね。
毎年の運営体制を構築するだけでも難しい上に、今は営業がまともにできない状態。より一層店舗運営の難しさというか、先輩たちが築きあげてきた味を引き継いでいく難しさを実感しています。
ーー続けていく中で、心が折れそうなときはないんでしょうか。どうされていますか?
斎田:精神論になりますけど、気合と熱意と努力。笑
自分が見本を見せなきゃなという想いはありますよね。「先生たちも頑張ってるから自分たちもやらなきゃ」って思ってもらえたらって。
教員と生徒、顧問と部員という立場もありますが、僕は一緒に料理をやっている先輩でもあると思っています。同じ料理人という土俵でやりたい。
「レストランをやりたい」という、強い思いを持って入学してくる子たちの期待にも応えてあげたい。自分自身のモチベーションを高く、向上心を高くもって、教員として先輩としてお手本となるようにやっています。
三笠から「食」を盛り上げる拠点に
ーー今後、調理部と製菓部、そして三笠高校生レストランについて構想していることはありますか?
斎田:営業が順調にできれば、去年から温めていた予約制のコース料理を実現させたいです。通常は決まった食材で定番メニューを構成していますが、そこで学べる料理の基礎知識に加えて、コース料理では応用編として、季節に合わせた料理を提供したいと思っています。そうすることで、より高度な技術が身につくし、おもてなしについても勉強になりますよね。
もう一つは、テイクアウト弁当の販路を広げられたらと。自分たちがダイレクトに届けられるものを増やすことで、販路の開拓も学びながら経験できる環境をつくりたいですね。
鈴木:製菓部では、将来的に通常の菓子店がやっているような、季節やイベント行事など、お客様の要望に合わせたケーキを予約制で提供できたら良いなと思っています。近年は商品のオンライン販売も増えているので、予約制で購入いただけるシステムの導入は実現させたいですね。まずはその第一歩として、「Cherie」の焼き菓子をふるさと納税の返礼品として掲載いただいています。
斎田:このレストランは三笠高校生のためだけじゃなく、食に関わる北海道の高校生たちが集まる拠点としての役割も担えると思っています。以前は幌加内高校の生徒を招いて、幌加内産蕎麦を使ったランチなども企画していたんですよね。ここ数年は実現できていませんが、農業高校との交流の場など、さまざまな高校生が食を学び議論できる場所になればと。北海道の高校生から、「食」を盛り上げていきたいですね。
まちで抱えた課題を学校教育の見直しでチャンスに変えた三笠市。鈴木先生は「まち全体で高校を盛り上げていこうという共通認識があるので、市の協力体制をいつも感じている。それがまちの強みにもなってきている」と話します。今後は道内各地の高校生が食を学ぶ場所として、三笠高校生レストランがどのような姿に変遷していくのか楽しみです。
店舗情報
TEL.01267-3-7335
〒068-2107 北海道三笠市若草町396番地1