人と自然の共存から健やかな暮らしの循環を。想いもつつむミツロウラップ
丸森町事業者の想い
文:高木真矢子 写真:平塚実里
洗って繰り返し使え、環境に優しいミツロウラップ。マメムギモリノナカ代表の山下久美さんは、自然豊かな宮城県丸森町で、地域資源を活用した「ミツロウラップ tsu tsu mi」の製造販売と魅力の発信を行っています。
リラクゼーションのセラピストを経て、2019年に丸森町に移住・開業した山下さん。「人と自然が共存し、健やかに暮らしていくこと」を軸に歩む、山下さんの想いとこれまでの道のりをうかがいました。
地域資源を活用した「ミツロウラップ tsu tsu mi」
ミツロウラップはオーストラリア発祥のプラスチックフリーの食品ラップ。綿100%の布に、ミツロウ・天然樹脂・植物油を染み込ませたもので、洗って繰り返し使用できます。
ーーマメムギモリノナカで製造する「ミツロウラップ tsu tsu mi」ならではの特徴はありますか?
山下:同じ丸森町にある石塚養蜂園のミツロウを使用しています。生地のデザインには東北のモチーフや、東北に由来のあるクリエイターを起用しているのも特徴のひとつです。
ラップは食品に触れるものですから、安全性が大切。その点、石塚さんのミツロウは無農薬で安心です。信頼できる生産者さんの生産過程を間近で見られるのは、地域で連携することの良さですね。
私たちの「ミツロウラップ tsu tsu mi」は、安全性や商品に対する親近感、作り手の思いがストーリーとしてつながっていると感じています。
手の熱であたためると柔らかくなり、さまざまな形にフィットするミツロウラップ。ミツロウには天然の保湿性があり、包んだものの鮮度を保つ役割も。器のふたや使いかけの野菜の保存、サンドウィッチやお菓子の包みなど幅広い用途があります。
ーー商品はどのような工程ででき上がるんでしょうか。
山下:まずは生地を切り出します。次にミツロウと植物油、マツヤニの混合液に熱を加え、生地の表面にコーティング。乾燥したら裁断し、パッケージする、という流れです。
今はすべて分業でおこなっているので、一連の流れを1日で行うことはありません。仮に1日で制作すると考えると、約30枚が限度ですね。
ーー実際にふるさと納税などで、商品を利用されたお客様からの反応はいかがですか。
山下:一番多いのは「野菜の日保ちが良くなる」という感想ですね。ミツロウは保湿力が高いので長持ちするんです。
また「ミツロウラップをきっかけに『使い続ける』『ものを大切にする』ことに意識が向くようになった」「使い捨てではなく、繰り返し使うことの意識づけになった」という、うれしい声もありました。
きっかけは石塚養蜂園との出会いから
現在はミツロウラップの製造販売と起業支援の事業を行う山下さん。地域おこし協力隊の制度を利用し、2019年丸森町に移住しました。それまでは17年間仙台市でリラクゼーションのセラピストとして働き、当初はセラピストとしての独立を考えていたと言います。
ーーミツロウラップにはどのようにたどり着いたんでしょうか。
山下:地域おこし協力隊として移住するにあたり、せっかくなら地域に紐づいた形でセラピーをおこないたいという思いがあったんです。セラピーではクリームを使ってマッサージをするので、地元の素材でクリームを作ろうと考えました。移住前の2019年4月、地域素材を探していたタイミングで、石塚養蜂園がミツロウの使い道を探してると聞いたんです。
石塚養蜂園を訪問すると、思った以上にミツロウの在庫がありました。
私1人では消費しきれないし、もっと多くの方の手に届く商品ができないかと、ミツロウ製品をあれこれ調べました。そして辿り着いたのが、オーストラリア発祥のミツロウラップだったのです。
当時は仙台市在住の会社員だった山下さん。共にマメムギモリノナカを立ち上げた友人と、会社帰りにミツロウラップの試作を始めました。
山下:いざ試作しようと思ったものの、明確なレシピがなかったんです。
何が正解かわからないので、国内や海外の商品を取り寄せて成分表を見たり、何をどう混合したらいいのか? を探りました。
毎晩、夢中になって試作を繰り返しましたね。
ようやく商品に近いものが形になったところで、自分たちの方向性を定めて。ミツロウは天然素材を使用するので、季節や温度、湿度の違いによって、でき上がりも変わります。2〜3年はさまざまなレシピを試し、販売しながら模索しました。
当初ミツロウラップは、サロンの傍らで販売するイメージだったと話す山下さん。ミツロウラップ作りをスタートした翌月の2019年5月には、ハンドメイドのイベントに出店。好感触だったことから、6月にはオンライン販売を開始しました。
さらに7月には石塚養蜂園から「仕入れ先に卸してみないか?」との誘いを受け、とんとん拍子に話が進んでいきました。
山下:石塚さんは丸森町の中で“働き手”として頼られるような世代。地元の方から移住者に対しての信頼関係を確立された1人だと思います。住民の方とのパイプ役になってくださったり、新規の移住者が地域で動きやすいよう立ち回ってくださる頼もしい存在なんです。私が丸森に来るきっかけになった大きな存在でもあります。
開業間際での事業転換
山下さんが丸森町に移住し、いよいよサロンスタート!と思った矢先の2019年10月。
令和元年東日本台風が丸森町を襲い、甚大な被害をもたらしました。山下さんがサロンとして使う予定だった物件は浸水。サロン開業を見送り、先に商品化していたミツロウラップの事業からスタートすることになりました。
山下:転換点でしたね。そこからはミツロウラップに本腰を入れていく方向へと、舵を切りました。
翌年(2020年)3月の「ふるさと名品オブ・ザ・イヤー」受賞をきっかけに、引き合いをいただくように。ビジネスとして成り立つ兆しが見えたことから、本格的にミツロウラップを主軸に事業をおこなうことにしました。
ーースピード感を持って進んでこられた印象を受けますが、苦労もあったのではないでしょうか。
山下:前職とは全く違う業種に飛び込んだのは、本当に大変でした。
当初はパッケージも手作りで、商品の値付けの仕方も分からなかったんです。
原価やランニングコスト、利益を出すための知識がなかったので、最初の値付けに失敗して、利益が残らず値上げしたこともありました。営業も商談も、これまで経験したことないことばかり。シーズンごとに新作を出すのも、ペースが掴めず苦労しています。
製造面でも季節ごとの配合バランスの調整や、コーティングの課題も。大きいサイズを作ろうと思うと、均等に熱が入らずシワになったり、厚みにムラができたり・・。
製造関係の企業が集まる商談会に出向いて、専門の会社に相談したところ、すぐに熱が均等に入るプレートを作成していただき、品質が上がりました。
ミツロウラップの制作を機に、2021年からは町内のキャンプ場でミツロウラップの端材が着火剤として販売されるように。制作過程で生じる布の端切れは、地元企業の商品梱包に使われるなど、地域でのつながりと循環が広がっています。
山下さんが始めた循環型の取り組みは注目を集め、「SDGsジャパンスカラシップ岩佐賞」(公益財団法人岩佐教育文化財団)を受賞。社会起業家としてのイベント登壇など、全国的にも大きな影響を与えています。
ーーさまざまなことに挑戦する中で、大切にしている指針や信念はありますか?
山下:セラピストだった時期が長いこともあり、「健康」については体と心の両面から考えています。
ミツロウラップの素材の選び方や製造過程はもちろん、ともに働いてくれる人や自分自身を取り巻く環境、心身の健全さはいつも考えていますね。
ーーその考えに至ったきっかけはあるのでしょうか。
山下:セラピスト時代に営業として、お客様の体の状態に関わらず、施術回数を増やすよう促すこともあったんです。そこに違和感を抱いたというか、私は健康の大事なポイントってマッサージ以外の部分にあると思っていて。
食事や生活のリズム、どんな環境に身を置くのか。
自分が健康かどうかを感じられる余白のある状態かどうか。
丸森町に来て独立する頃に目指していたのは、そんな人が自然環境と調和できるようなセラピーでした。
ーー業種は変わりましたが、根底にある部分で変わらない考え方なんですね。
山下:そうですね。働き方の部分でも大事にしているものを見失わないように、慌ただしい中でも自分や大切な人たちを守りながら進みたいと思っています。
自然と人が共存して健やかに暮らすものづくりを
健やかさや自然との調和に思いを馳せながら事業を営む山下さん。丸森町に移住し、暮らしへの満足度や意識が変わったと言います。
山下:丸森町にいる生産者の方は、ものを作るのがいかに大変かをすごく理解して、大切にしている方が多いんですよね。自分でものを作ったり、直したりする方もたくさんいて、「自分の生活を自分で成り立たせる」ことに感銘を受けました。私自身も感化されて、「自分の暮らしを自分で支えられるようになりたい」という意識が芽生えましたね。
地域の方がマメムギモリノナカの事業に共感してくれて、町内で端材を循環できているのも、すごく良いなと思っています。丸森に根付いている風土に混ぜてもらってるような感覚です。
ーー最後に、山下さんが今後取り組んでいきたいことや目標を教えてください。
山下:自然素材の面白さに魅力を生かした商品展開をしていきたいです。
大切にしたいのは「自然と人が共存して健やかに暮らす」ことが叶うものづくり。地域資源を使うこともそうですが、生産者や私自身の考え方、暮らし方も交えて体現していきたいですね。
ミツロウラップにも、自身や周りの人の働き方にも「健康」を意識し、つながりと循環を大切にする山下さん。使い捨てない、マメムギモリノナカのミツロウラップには、自然と人が共存し、健やかな暮らしを送ってほしいという山下さんの思いも包まれていました。
ラップを包む手のひらから伝わる熱のように、山下さんのあたたかな思いは丸森町の内外へゆるやかに伝播していきます。