野生生物との共存を次世代へ。オホーツクの村が守る自然資産
小清水町事業者の想い
文:三川璃子 写真:小林大起
オホーツク海を望む止別川(ヤムベツガワ)の河口近く、森林に囲まれた場所に位置する「オホーツクの村」。ここは「小清水の美しい自然を守りたい」という思いから、「小清水自然と語る会」によって1978年に開かれた自然豊かな森林地帯です。
地図を頼りに道を進むと、草木が茂る細道が見えます。ここがオホーツクの村への入口。何か異世界に誘われるような感覚です。
細道を抜けた先には、大きなログハウスと人造湖があり、小川も流れています。葉音や小鳥のさえずりが響いてくる、幻想的な場所。子どもたちが自然に触れ合える場としても活用されています。
志を受け継ぎ村を守る村民のひとり、苅込洋一さんにお話をうかがいました。
人工林から自然林へ。オホーツクの村が守る100年先の自然
「もう少ししたら、渡り鳥が来るかもしれませんよ」と、優しい眼差しで写真撮影の良いタイミングを教えてくれた苅込さん。オホーツクの村には、人工林や手作りの池があり、鳥たちが住みやすいように環境を守っているといいます。
ーーすごく綺麗な池ですね。
苅込:自分たちで掘って作った池なんですよ。ここは地下水の位置がとても高いので、掘ると湧水が出てくるんです。鳥たちの餌になるように、魚も放しています。
周囲の林も、約50年前に植えたもの。まだ若くて細い木ですが、シジュウカラなどの小さな鳥が遊びに来るようになっていますよ。
ーー池も林も人の手が加わってきたものなのですね。このオホーツクの村という場所はどのような経緯で立ち上げられたのでしょう。
苅込:1970年代頃、多くの土地が畑として開墾されていきました。
そんな状況を見て、「このままでは野生動物たちの住む場所が奪われてしまう」と、地元の酪農家や獣医などが危惧していました。そこで、映画「キタキツネ物語」にたずさわった竹田津実さんを中心とする18人の有志が、1978年財団法人「小清水自然と語る会」を立ち上げたのです。
この場所は地元漁師のおじいちゃんが木を植え、魚つき林(※1)になっていた土地でした。売却されそうになっていたところを、私たち「小清水自然と語る会」が野生動物を守る場所として買い取る契約をしたのです。
自然保護の目的で土地を守るイギリスのナショナル・トラスト運動(※2)になぞらえて、「オホーツクの村」と名づけ、寄付を募りながら運営してきました。
※1 魚つき林(うおつきりん)は、魚介類の生息や生育に好影響をもたらす森林を指す言葉
※2 ナショナル・トラスト運動とは、 市民が自分たちのお金で身近な自然や歴史的な環境を買い取って守るなどして、次の世代に残す運動
ーー「小清水自然と語る会」の発足から45年の時が経った今もなお、活動が続いているのがすごいです。
苅込:「人工林も100年経てば自然林と同じような森になる」と信じてこの活動が始まりました。
木を植えた創立メンバーは100年先の森の姿は見れません。それよりも後世に自然の大切さを伝えることが大切だと。今は自然淘汰の世代に入ったと判断していて、森にはあまり手をかけないようにしています。森の散策路に木が倒れていたら切る程度。
近年は、子どもたちの自然教育にこのフィールドを使ってもらえるよう、環境づくりや機会づくりをしています。子どもたちと一緒に虫取りや釣り、野鳥観察をする場として管理しているんです。
受け継いだ私たちも「自然林として完成した森」の姿は見られないでしょう。自分の子どもたち世代でやっと、見れるかな?という感じです。3世代に渡って、変わりゆく森の姿を見せていけたらいいなと思いますね。
人とキツネの共存を目指す、サンクチュアリに
「小清水の美しい自然を守りたい」という思いからスタートしたオホーツクの村。その活動は敷地内の自然環境を守ることにとどまらず、野生動物との共存を目指す取り組みもおこなわれています。そのひとつが、2001年にスタートしたキタキツネを媒介とするエキノコックス※への対策です。
※エキノコックスとは、北海道のキタキツネが主な感染源で、糞虫にエキノコックスの虫卵が排出され、人はその虫卵が手指、食物、水などを介して口から入ることで感染する寄生虫による疾患
ーーオホーツクの村ではエキノコックスの対策も行っているとうかがいました。
苅込:エキノコックスは、キタキツネが主な感染源です。キタキツネの体内で繁殖した虫卵が糞と一緒に排出されて、人間が触れると病気になってしまうのです。
そこで2007年ごろから「ベイト」という「虫下し」が混ざった餌の散布をはじめました。
ベイトは魚肉ソーセージのような餌に、虫下しの薬が混ざっているもの。犬科であるキツネも食いつきやすいように、あえて匂いがするようにつくられています。ベイトを食べたキタキツネの体内からは、虫が排出され、エキノコックスの繁殖も抑えられる。
北海道大学の調査や合同会社環境動物フォーラムが作った虫下しを使って、散布し始めました。
ーー効果はどのくらいあったんでしょうか?
苅込:ベイト散布を始めて3回目、小清水町でエキノコックスを持っているキツネはほぼ0%という数値が出ました。200検体調べて、一例あるかないかです。
今は年に3〜4回散布しています。これまで年に2回にしてみたり、試行錯誤していたんですが、やっぱり最低でも3回はやる必要があるとわかりました。
苅込:実はベイト散布の前は、キタキツネを害獣として駆除していたんです。
でも、キタキツネを一匹駆除しても、縄張りが解けて別のキタキツネが入ってきてしまう。害獣として駆除し続けても、エキノコックスの感染率は低くならなかったんですよね。
人間に害があるからと、キタキツネが嫌われるのも悲しいじゃないですか。ベイト散布は、キタキツネを愛した竹田津実さんの想いもあったと思います。オホーツクの村の人々は「駆除よりも共生」を大事にしてきたのです。
ーー人間とキツネどちらも守るために始められた活動なんですね。
ーーこれだけ効果があるとわかれば、他の地域でも実施できると良さそうだなと思いました。
苅込:みんな興味はあると思うんですが、初期調査に莫大なお金がかかってしまうのがネックになっていると思います。
小清水町は幸い北海道大学のフィールドとして調査データがあったので、実行できています。「どこに散布すれば効果的か」散布するための地図をつくるのが大変なんです。
ーーこの地図に描かれているブロック全てに撒いているんですか?
苅込:全体で200〜300箇所くらいですね。10ブロックに分けて、毎回20名弱のメンバーでひとり2〜30箇所ずつ撒いてもらっています。小清水町役場の職員のみなさんも協力してくれています。当初は、5人がかりで丸3日かかっていたので、手伝ってくれる人が増えて本当に助かりましたね。
ベイト代も追跡調査もまちが助成金を出して負担してくれています。小清水がここまでできるのは多方面で理解してくれる人がいたからです。
交流から生まれたモンベル・ファンドTシャツ
取材でお話をうかがったのは、オホーツクの村にたたずむ大きなログハウス。ここはアウトドアブランド・モンベルの創業者である辰野勇さんとの交流がきっかけで建てられたそうです。
モンベルの店舗には、オホーツクの村のシンボルであるキタキツネが描かれたコラボTシャツが。自然への思いを同じくするモンベルとオホーツクの村。Tシャツが生まれた背景と、両者の繋がりについて、モンベル小清水店店長の吉谷元啓さんにお話をうかがいました。
ーーモンベルのTシャツにオホーツクの村キツネのイラストが採用された背景を教えてください。
吉谷:「竹田津さんの描いたキツネのイラストを使いたい」と、弊社会長の辰野から申し出たのがきっかけと聞いています。辰野と竹田津さんは今でも非常に仲が良い関係です。
辰野は、オホーツクの村のベイト散布の活動も知っていましたし、村に顔を出すこともあったようで、2018年春夏期に寄付付きのTシャツを弊社で販売することになりました。
ーー寄付付きのTシャツなんですね。
吉谷:Tシャツの売上の一部が、オホーツクの村の活動に役立てられます。これまで、オホーツクの村で実施されるイベント用のテントやカヤックに活用いただきました。
提携Tシャツが販売された当時は、寄付付き商品はまだ少なく先駆け的な商品だったと思いますよ。
吉谷:このTシャツは毎年人気で、今期は売り切れてしまったほど。観光で来られる方もお土産として買っていってくれますね。
小清水店限定品ではないので、他の店舗でも買ってくれている人がいますよ。
ーーTシャツ以外でも、オホーツクの村とは関わりはあるのですか?
吉谷:ここはまだオープンして4年ほどのお店ですが、オホーツクの村の皆さんと一緒にイベントを実施しました。
小清水町は、野生動物も多いですし、都会だと気づかない景色をみて、わたし自身、四季を感じやすくなったと思います。自然を守る人たちがいるから見られる景色だと思います。
安心して触れ合える自然を次世代に
たくさんの人たちの関わりで、オホーツクの村は小清水の自然を守り育みつづけています。今後オホーツクの村は、どんな未来を描いていくのでしょうか。
ーー苅込さんが活動の中で幸せだと感じる瞬間はありますか?
苅込:子どもたちが、この場所で嬉々として自然と触れ合いながら遊んでいる姿を見る時ですかね。
苅込:意外に思うかもしれませんが、田舎の子どもたちって実はあんまり外で遊べないんです。「森に行っちゃダメ」「川に入ったらダメ」「危ないよ」って。
苅込:オホーツクの村には、子どもたちが安心して触れ合える自然があります。いつもだと嫌がるような虫も、楽しんで捕まえてみたくなってしまう。カヌーに乗れば、水の中にジャボンと落ちてみたくなる。
民間で管理している場所だからこそ、できることもあると思うんです。
子どもたちには、オホーツクの村に住む小鳥の巣やエゾモモンガの昼寝を覗きながら、小清水の自然からのお裾分けを楽しんでもらいたいと思います。
ーー今の時代だからこそ、子どもたちが外でのびのびと遊べる場所があるといいですよね。
今後どんな未来を描きたいですか?
苅込:「学校の野外活動で使用したい」という相談も、少しずつ増えています。ただただ「虫取りがしたい」という子たちも。それぞれの楽しみ方で、存分に自然を味わってもらいたいと思いますね。
田舎だからこそ楽しめる自然に触れて、自然を守ってくれる子どもたちを育てたいです。
実は飲みの席で生まれたという「小清水自然と語る会」。苅込さんも飲み仲間として誘ってもらったことをきっかけに、活動を共にすることになったと言います。定期的に開催される村祭りでは子どもも大人も童心に帰って楽しんでいるそう。
森の散策道や手作りの池、ログハウスや鳥を観察する小屋など、全てが絵本の中の世界を彷彿させるような雰囲気。自然の上に、温かい人のつながりがあるからこそ世代を越えて続いていくのだと感じました。
オホーツクの村はこれからも動植物と共生しながらゆっくりと前に進んでいくでしょう。
施設情報
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