町民の命と絆を守る。みんなでつくる小清水町新庁舎「ワタシノ」
小清水町プロジェクト
文:三川璃子 写真:小林大起
「久しぶり〜」と、コーヒーを片手にテーブルを囲み、ワイワイとお喋りする女性たち。カフェでよく見かけるシーンですが、これは小清水町役場の庁舎内での光景です。
2023年5月にオープンした小清水町役場の新庁舎「ワタシノ」は、官民連携で生まれた全国でも新しい複合庁舎です。テーマは、町民を守る「防災」と「地域の絆の再生」。2021年から新庁舎立ち上げに携わる地域活性化起業人・本城和彦さんにお話をうかがいました。
老朽化した庁舎では、町民を守れない
新庁舎「ワタシノ」は防災拠点型複合庁舎として、コミュニティスペース「にぎわいひろば」やカフェをはじめ、ランドリーやフィットネスジムなどが併設されています。各施設を区切る壁はなく、気軽に行き来できる空間。何度ぐるりと見渡しても、「ここが役場の庁舎なの?」と不思議な気持ちになります。
ーーカフェやジム、ランドリーなど、さまざまな機能を持った複合新庁舎に驚きました。どういった背景でこのような庁舎が建設されたのでしょうか?
本城:1番の課題は旧庁舎の老朽化と聞いています。災害が起こった際に、役場が安心して本部機能を司り、町民の安全な避難場所として機能するようにと、防災機能を備えた新庁舎の建設が計画されました。
2018年9月6日に起こった北海道胆振東部地震では、北海道全域がブラックアウトし、小清水町も約43時間の停電を経験しました。その際に役場では、「これがもし冬に起きていたら人的被害が発生する可能性が高かっただろう」と考えたそうです。
本城:加えてもう1点、課題としてあったのが町内コミュニティの希薄化です。小清水町の人口は現在約4,500人。少子高齢化・人口減少が進む小さな町だからこそ、地域の絆が重要だという久保町長の考えから、「コミュニティ再生」と「地域のきずなの再生」を公約に掲げ、新庁舎でのコミュニティ機能の設置を目指しました。
ーー防災とコミュニティの活性がテーマになっているのですね。具体的にどんな機能が備わっているのですか?
本城:新庁舎は“フェーズフリー”という概念のもと、防災機能とコミュニティ機能が設計されています。フェーズフリーとは日常的に使うサービスを非日常時(災害等)にも役立つようにするという考え方です。
本城:例えば1階には温泉熱を活用した床暖房が整備されています。フィットネス・エリアに整備されたシャワーも同様に温泉熱を活用しており、災害時には避難されてきた方々に衛生的な環境を提供することができます。カフェとコミュニティスペース「にぎわいひろば」では炊き出しが可能ですし、ランドリーでは災害時にも洗濯ができるようにしています。
ーーさまざまな設備が整った庁舎は建設費用がかさみそうですが、計画を立てた際、町民の反応はいかがでしたか?
本城:あまりに大きな建設計画だったので、イメージが湧かない方もいたと思います。単に役場機能のみでよいとの声もありましたが、「町に欲しい商業施設」という町民アンケートから、上位3つのカフェ・コインランドリー・フィットネスジムを新庁舎に取り入れたことから、賛成の声も多かったと聞いてます。
久保町長も本計画にあたって覚悟を持って臨んだそうで、町としても大変な決断だったと思います。
官民が一体となり、アイデアを形に
防災とコミュニティの活性をテーマにスタートした、新庁舎「ワタシノ」プロジェクト。建設に当たっては、建築家やデザイナーだけでなく、官民それぞれのアイデアが活かされました。
ーー本城さんはどのような経緯でこのプロジェクトに加わったのでしょう?
本城:2020年12月に小清水町と、全国にフィットネスクラブなどを展開する株式会社ルネサンスが「未来につながるまちづくりに関する包括連携協定」を締結。私は2021年に地域活性化起業人※として、ルネサンスからの派遣で小清水町に来ました。新庁舎のにぎわい空間の企画監修をルネサンスが受け、私が派遣されたという流れです。
※地域活性化起業人とは、三大都市圏に所在する企業等の社員が、そのノウハウや知見を活かし、一定期間、地方自治体において、地域独自の魅力や価値の向上、地域経済の活性化、安心・安全につながる業務に従事する人。
本城:小清水町に来てからは企画財政課に所属し、課の枠を超えた全庁舎的な取り組みを積極的に行いました。そのひとつが開庁前の朝体操です。ルネサンスが大事にする「健康を起点としたまちづくり」の視点を少しずつ取り入れました。役場のみなさんとの関係性を少しずつ構築して、新しい提案ができる雰囲気づくりに務めました。
新庁舎に併設される関係企業との調整役も担っていたという本城さん。新庁舎整備推進室が立ち上がり、11もの組織が関わって進めてきたとのこと。さまざまなアイデアが飛び交うなかでどのようにプロジェクトを進めていったのでしょうか。
本城:新庁舎を建設するにあたって、小清水町役場をはじめ、NPO法人グラウンドワークこしみずや商工会、ランドリーを運営する株式会社OKULABやカフェの監修を担う株式会社カロリー、にぎわいエリアの内装デザインを手がける株式会社乃村工藝社など、11の組織と調整しながら計画を進めました。
本城:みなさん「町を良くしたい」という想いのもとで集まったメンバーでしたから、それぞれ異なるアイデアや意見をもっています。スピード感を落とさず、落としどころを探るのがとても難しかったですね。
ーー実際にどんなアイデアが集まったんでしょうか?
本城:執務室に並んだ椅子もそのひとつです。色がバラバラなんですよ。通常役場では椅子と机はセットで、全て同じものを揃えます。ただ、ひとつ壊れた際に商品が廃番になっていたら「同じ」を優先させると、全て買い替えなければなりません。それなら最初からバラバラの種類で揃えても良いだろうと、未来を見据えたアイデアが採用されました。
本城:また、トイレにもメンバーのアイデアが生かされています。
コミュニティの活性化という観点から、1階のトイレは1箇所に集約。役場職員がにぎわいエリアを通過してトイレに行く動線をつくったのです。
にぎわいエリアにいる町民と職員が出会い、自然と挨拶や会話が発生する。普段から顔合わせするようになれば、地域の絆につながるというアイデアでした。
ーー関わる企業や職員さんからこのような柔軟なアイデアが出てくることは、とても簡単なことではないなと思いました。丁寧に関係を構築してきた本城さんの動きもあったからこそですよね。
本城:そうだと嬉しいですね。まず率先して小清水町側が熱い想いを持って先導してくれたからこそ、プロジェクトメンバーみんなの想いも乗せて、進められたのだと思います。
「久しぶり」と「また今度」が行き交う空間
関わる全ての人が町の未来を本気で考え、誕生した小清水町新庁舎「ワタシノ」。
「私の場所のように自由に楽しんで使ってもらいたい」「私の場所と思われるくらい愛着を育んでもらいたい」そして、「私の小清水町を育てる場所になってほしい」そんな願いをこめて命名されました。
取材日当日も、カフェ、ジム、ランドリーを利用する町民の姿が。町民にとっての「ワタシの場所」になりつつあることを感じました。
ーー新庁舎がオープンしてから、運営側で大切にしていることはありますか?
本城:庁舎に入ってすぐのフロントには、必ず人が立つようにしています。来庁した方へ、歓迎の気持ちを表すためです。
現状に満足せず、自分たちの挨拶や接客・接遇を振り返る時間も欠かさずにとっています。
本城:フェーズフリーの視点で考えると、町民が日常的に利用する場所になる必要があります。スタッフが訪れた人たちと丁寧にコミュニケーションを取って、もう一度来たいと思ってもらえることを目標に取り組んでいますね。
ーー利用している方の反応や様子を見てどう思いますか?
本城:「役場って用事がないと来ない場所だったけど、集う場所になった」と言ってくれる人もいます。
久しぶりに会った町民同士が、「久しぶり!」って挨拶を交わして、どんどん大きなグループになってお茶会が始まっているのを見ると、「ああ、この場所をつくってよかった」と思いますね。
本城:フィットネスジムは町内外から通う人がいて、現時点で会員数は約300人。お母さん同士でホットヨガをしに来たり、学生さんが筋トレで利用していますよ。
ランドリーには、農家さんのために土や泥を落としやすい専門のランドリーも設置されています。小清水町の基幹産業が農業ですから、頻繁に利用してくださる農家さんも多いですね。
本城:オープン当初は珍しい施設として、多くの人が訪れてくれました。しかしながら時間が経つにつれて、町民の動きを把握できていないことに気づいたんです。例えば農繁期に役立つサービスなど、小清水町民の生活スタイルに合った庁舎の活用法をこれからも考えなくてはいけません。
町民の絆と命を守る場所へ
普段のにぎわいが、非常時に役に立つ。その「にぎわい」部分をつくるための歩みは、まだまだこれからです。新庁舎を通して、どのような未来を描くのでしょうか。
ーー今後の「ワタシノ」のビジョンを教えてください。
本城:町民を守るという視点から、この庁舎が防災拠点であるという認知を広げることが最重要だと思っています。
さらに今後は大きなイベント開催も計画しています。町民から近隣に住む方々にも来てもらい、関係人口も増やしていきたいですね。
本城:来年度以降は新庁舎整備推進室と同様に、民間企業、行政と意見を出し合って、「ワタシノ」の運営方針を決めるコミュニティ運営委員会を立ち上げる予定です。「小清水を良くしたい」と想いを持っている方にも新たに参画してもらい、企画を具現化していきたいと思います。
ーー新庁舎をきっかけに生まれたコミュニティや想いが、小清水町のまちづくりの未来に生かされていくんですね。
本城:そうなっていきたいですね。
小学校や中学校の遠足でワタシノを利用してもらうことがあるんです。新庁舎の成り立ちを知った子どもたちが、小清水町に誇りをもつきっかけになればと思いますね。
子どもの頃の記憶や思い出は、小清水町の未来につながるはずです。
「ワタシノ」を起点に、子どもたちが大きくなったときに「小清水町にまた帰りたい」と思えるようなまちづくりを目指したいです。
町民の命と絆を守るため、関わる人みんなが真剣に向き合うことで生まれた防災拠点型複合庁舎「ワタシノ」。オープンから半年で、すでに町民の笑顔が溢れる場になっていました。
「ワタシノ」をきっかけに生まれるコミュニティ。官民、そして町民自身がまちづくりに関わることで、誇りあるまちと人が未来に向かっていくことでしょう。