今ある地域資源を生かす。小清水町が生み出すアウトドアと地方の可能性
小清水町プロジェクト
文:三川璃子 写真:小林大起
山、川、海、湖の全てが揃う北海道でも珍しいまち、小清水町。四季折々300種類以上の鳥が見られることから、“野鳥の楽園”とも言われています。
静けさが広がる夕暮れ。湖のそばを歩くと、いつもは雑踏で聴こえない鳥の羽音もよく聴こえます。鳥たちが住む世界にお邪魔させてもらっているような気分です。
小清水町では、貴重な地域資源である「鳥」に着目し、2016年にバードウォッチングなどを取り入れた地方創生戦略を打ち出しました。さらに、2018年にはアウトドアブランド「モンベル」と連携。道東初のモンベルとビジターセンターの複合施設が設立されました。
地方創生で見直した小清水ならではの「地域資源」
「小清水の観光の雰囲気をどうにかしたい」ーー現町長である久保弘志さんの一声で始まった、地方創生。新たな観光施策を考えるため、まず必要だったのは「まちの強みと弱みを知る」ことでした。企画立案から施行まで、中心となってプロジェクトを進めた企画財政課の石丸寛之さんにお話をうかがいます。
ーー地方創生に向けて動き出した、きっかけは何だったのでしょうか?
石丸:2015年に始まった「まち・ひと・しごと総合戦略」がきっかけです。まちの人口減少に歯止めをかけるため、新たな観光施策を考え始めました。
小清水町には、「原生花園」や「濤沸湖(とうふつこ)」などの観光スポットがあるんですが、ピーク時には100万人来ていた観光客が50万人ほどまで減少。インフォメーションセンターや道の駅の雰囲気が少し寂しくなっていたんです。
当時の産業課長で現町長の久保さんが、その様子をみて「この寂しい雰囲気をどうにかできないか」と。私が企画財政の担当として計画書をつくることになりました。手探りで作成してみたものの、最初はなかなか企画が通りませんでした。
石丸:「どうしたら企画が通るだろう?」と、地方創生について勉強していくうちに、大切なことに気づきました。それは「自分のまちの強さと弱さを知ること」。
まちの強みと弱みを認識した上で、尖った企画を出さなければならない。“小清水にしかない何か”を打ち出さないと、人を呼ぶのは難しいことがわかりました。
ーー小清水町は具体的にどんな強みと弱みがあったのですか?
石丸:小清水の強みは、豊かな自然環境に集まる「鳥」です。日本で見られる野鳥の50パーセントが、小清水では見られるんですよ。オオワシオジロワシ、ハクチョウなど、都心では見られない鳥が見られるのは大きな強みだと考えました。
石丸:強みである「野鳥」を活かして、バードウォッチングを観光のフックにするなら、どこをターゲットにすべきか。たどり着いたのが「イギリス」でした。イギリスは、国立の野鳥観察施設をつくるほど、野鳥観察が盛んな国。そこで、ヨーロッパ圏を中心にしたインバウンド誘致を企画しました。
一方で小清水町の弱みは、知名度です。関東、関西など首都圏を中心に「小清水の名前を聞いたことがあるか?」とアンケートをとったところ、小清水町の名前を知っている人はわずか6%でした。
弱みを補うために、協力いただいたのが、国内大手のアウトドアブランド・モンベルでした。
民間との共創が更なる価値を生む。小清水町とモンベルの出会い
まちの認知度を上げるには行政の力だけではなく、民間の力が必要だと気づいた小清水町。町民を通したご縁から、約1年というスピードで小清水町とモンベルはタッグを組むことになります。
ーーモンベルとはどのようなつながりで連携が進んだのでしょうか?
石丸:日本野鳥の会に所属する町民の一人と、モンベルの社員がつながっていたことが始まりです。ありがたいご縁でご紹介いただき、交渉の話が進みました。
モンベルの常務や担当部長が対応してくださり、まずは「フレンドタウン」※としての提携が決まりました。
フレンドタウンの提携ができれば、小清水町が紹介されたガイドブックや冊子がモンベル会員に届く。小清水の知名度を少しでも広げられる、打開策になると思いました。
※フレンドタウンとは、モンベルが提携した会員優待が受けられる施設が多数集まるエリアのこと
ーーフレンドタウンの登録にとどまらず、その後モンベルの店舗も設立されましたね。
石丸:2016年に提案したバードウォッチング施策は国に採択されて、プログラム整備はできるようになりました。ただ、それだけでは物足りない。観光促進のための「拠点」も必要だと考えたんです。
ちょうど、内閣府が拠点設立向けの補助金制度を制定したタイミングでした。建物は町で建て、モンベルに出店してもらえたら最高の拠点になるはず。町内への出店打診という新たな交渉に移ることになりました。
モンベルの創業者であり現会長の辰野 勇さんと町長との直接交渉の末、モンベルの直営店舗出店が決まったのです。
正直、普通だったらあり得ない話というか。小清水は人口5,000人弱のまちで、隣まちの網走は10倍の5万人。大きなまちで店舗を運営する方が、モンベルにとっては魅力的なはずです。
それでも小清水を選んでくれたのは、辰野会長自身がチャレンジングな方で、義理堅く温情深い人だったから。「1番最初に声をかけてくれた自治体を大切にしたい」という想いで、とても協力的に動いてくださいました。
2018年、ついにモンベルショップと観光ビジターセンターが併設された拠点がオープンしました。
ーーオープンされてから、まちの反応や観光客の変化はありましたか?
石丸:オープン時は、約4,000人が集まり、レジが3時間半待ちの行列でした。
小清水は農業が基幹産業のまち。モンベルはアウトドアの他に、畑作用の作業服や帽子なども扱っています。オープン時には農作業着のファッションショーも開かれました。町内の農家さんが実際にモデルになって歩いたんですよ。スタートの段階から町民との交流や繋がりを大切にしてくれています。
町民にとっても、ありがたい施設だと思います。現に町内のモンベル着用率は本当に高いですからね。
観光の面でも、設立前には50万人ほどに落ちていた観光客が、一年目で約75万人にまで増えました。当初は一年に一万人増やしていく計画だったのですが、予想を上回る結果となりました。
観光客だけでなく、雇用や移住も増えましたし、モンベルの会員誌を通じてまちの知名度も徐々に上がっています。本当にありがたい、まちのパートナーです。
二度とない、今ある小清水の「自然」を愉しむ
モンベルショップと併設された観光ビジターセンターでは、小清水にしかない自然を楽しむことを重要視したプログラムやアクティビティが企画されています。「二度と同じものは見れない」ーーアウトドア視点で観光を盛り上げる観光協会事務局長の湯浅さんにお話をうかがいました。
ーー小清水町ではどのような体験プログラムやアクティビティが楽しめるんでしょうか?
湯浅:野鳥観察ツアーやサイクリング、カヤックなども楽しめますよ。
今までは、野鳥がいる恵まれた環境でも、案内人となるネイチャーガイドが一人しかいなかったので、プログラムが組めなかったんです。サイクリングであれば、自転車という「道具」も必要ですが、それ以上に「道具をどのように使うか」「まちをどんな風に楽しめばいいのか」案内できる人が必要なんですよね。
ビジターセンターの設立が決まってからは、ガイド育成などに試行錯誤しながら、みなさんがまちを楽しめるように環境を整備しました。
ーー環境を整備してから、どんな変化がありましたか?
湯浅:小清水町は女満別空港から知床へと向かう道中にある“通過型”のまちでした。
アクティビティ・プログラムを組んだことで、今まで素通りしていた人が少しでも興味をもって長く滞在してくれるようになったと思います。滞在時間が増えただけでも、やっている成果は出ているかなと。
来てくれる人はプログラムによってバラバラです。野鳥観察に関しては、首都圏や関西圏の人がほとんど。どんな鳥がいつどこで見れるのかわからないので、ガイドの需要もあると感じています。
ーー湯浅さんご自身もガイドとしてやられているんですか?
湯浅:そうですね。私は道外から移住して来たんですが、当初は鳥について全く知らない状態。町内にいる日本野鳥の会の支部長に、いろいろと教えてもらい、どんどん野鳥観察にハマっていきました。こんなにたくさんの種類の鳥が見られる場所って、他にはあんまりないんですよね。小清水の雄大さにはいつも感動させられています。
ガイドをしていても、自然相手なので予想していたものが出てこないことも多々あります。鳥はとくに、「このエリアに行けば見えるかも」という場所はありますが、毎日出会えるわけではありません。でも「何が出てくるかわからない楽しさ」が自然にはあるんですよ。
野鳥観察に限らず、他のアクティビティでも“毎日同じ”ということは絶対にないんです。今日は夕日が綺麗で、次の日は雲や太陽が綺麗な日になるかもしれない。二度と同じ瞬間は見られない。日々の自然の美しさや移り変わりを、お客さんと一緒に楽しめることは、私にとって嬉しい時間です。
ーー素敵ですね。ちょっと難しい質問になるかもしれないんですが、小清水町とアウトドアの掛け合わせで生まれた価値って何だと思いますか?
湯浅:私たちが美しいと思う自然って、ずっとあるものじゃないんです。人間の活動によって簡単になくなってしまうかもしれない。野鳥を見ていると「今年はこの子が来ないね」っていうことに気づけたりするんですよね。
アウトドアを通して自然に触れることで、「自然は普遍的なものではない」と知る。そういうきっかけをくれるんじゃないかなと思います。
小清水の素晴らしい自然は、小清水に住むみなさんの生活で保たれている。「小清水にこんな素敵なものがあるよ」っていうのをこれからも発信していきたいですね。
まちが循環し、オホーツクに魅力が広がる
通り過ぎてしまっていた人が、少しずつ足をとめるまちに。小清水町にしかない魅力を武器に、オホーツク全体に新たな風が吹き始めています。湯浅さんと石丸さんに今後の展望をうかがいました。
ーー今後アウトドアと絡めた新たな動きはありますか?
湯浅:今年の春に新しく農業関連の施設が小清水にできたのをきっかけに、サイクリングと農業体験を合わせたプログラムができないか、今考えているところです。
小清水の雄大な畑の景色は、貴重な地域資源です。サイクリングをしながら畑の景色を楽しんでもらって、収穫体験で食も楽しむ。景色を見るだけで終わらない、サイクリングプログラムを企画中です。
ーー役場ではどんな展望がありますか?
石丸:現在新庁舎を建設中で、複合施設としてコインランドリーやカフェ、フィットネスジムに加えてモンベル監修のボルダリングも併設予定です。
複合施設建設の目的は、まちのコミュニティ再生と、観光人口のまちへの導入。現状、観光客はビジターセンターやモンベルショップのある浜小清水側にしか滞在せず、まちの中心地への導入ができていない課題があります。「町民も観光客も利用できる新庁舎」を目指し、人々の循環を創出したいと思っています。
ーーすごいスピードでまた新たな施設ができる予定なんですね。楽しみです。
石丸:地方創生で動き出したプロジェクトですが、観光視点でいうとまだまだ小清水だけでは完結できません。町内の機能循環を目指す中で、オホーツク広域の連携も必要だと感じています。
大空町には女満別空港がありますし、宿泊には網走がある。“オホーツクエリア”として手をとりながら、今後は広域視点で、観光施策を仕掛けていきたいです。具体的にはまだ動いていませんが、エリアの強みを強固にして、各まち同士でこれから協議していく予定です。
湯浅:小清水の良さを知って欲しいのはもちろんですが、オホーツクエリア全体で楽しんでもらうことも重要だと思っています。各地を巡ることで、改めて「小清水のここが面白かった」が見えてくるかなと。互いの地域資源を存分に活かして、一緒に何かやっていきたいですね。
実はこのフィールドノートに貼っているシールの鳥のイラストは湯浅さんが描いたもの。「もっと小清水に生息する鳥に興味をもってほしい」と取り組まれたそうです。小清水町の自然への愛が溢れる湯浅さんの思いが伝わってきます。
新たな観光資源の創出や人との繋がりの重要さに気づく久保町長の視点があり、それに対してアクションを起こした石丸さんがいたからこそ、今の小清水があるのだと感じました。
「同じ日は一日とない」ーー自然に触れて、日々の豊かさに気づきます。今あるものを大切にしながら、新たな価値をカタチにしていく。小清水の歩みはこれからも続いていくでしょう。
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