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あの日灯った炎を胸に。市川燻製屋本舗が絶やさぬ「好き」の種火

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あの日灯った炎を胸に。市川燻製屋本舗が絶やさぬ「好き」の種火

岩見沢市事業者の想い

文:本間幸乃  写真:斉藤玲子
 
初めて食べたときの感動が忘れられない。そんな味の記憶はありますか?
心動かす食体験は、ときに人生を変えるほどの強い力を持っています。
素材の味を生かす独自製法で燻製を作る、市川燻製屋本舗。その原動力は「燻製が好き」という情熱です。株式会社市川燻製屋本舗・代表の市川茂樹さんに、製品への想いとこれまでの道のりをうかがいました。

両親の店で出会った運命の味

JR岩見沢駅から徒歩10分程度の住宅街にある、市川燻製屋本舗。2022年12月1日に移転オープンした店舗です。かつて市川さんの「トレードマークだった」という、長い髭姿の似顔絵が描かれた看板が目を惹きます。

創業は2005年10月1日。市川燻製屋本舗は、乾物屋を営んでいた両親が残した旧・岩見沢第三中央市場の地で始まったといいます。
 
ーーご両親が残した場所で創業されたんですね。市川さんのお生まれは岩見沢ですか?
 
市川:生まれは栗山町なんです。農家に生まれた父が「商売をしたい」と夢を持ち、移り住んだのが岩見沢でした。私がまだ生後35日の頃です。
当時は高度経済成長期の真っ只中。活気溢れる市場で、両親は乾物屋をはじめました。閉店予定だったお店を引き継いだそうです。
 
たくあん、梅干し、するめ、すじこ‥色々扱っていた中でも、思い出深いのがスモークサーモン。中学生の頃、扱い始めだったスモークサーモンのマリネをつまみ食いしたら、ものすごくおいしくて。
 
初めて食べたときの感動が忘れられず、大学卒業後、思い出のスモークサーモンを製造していた丸高水産に就職したんです。新入社員は募集していなかったのですが、どうしても働きたくて‥アルバイトで入れてもらったんですよ。
 
入社後はスモーク製品の営業担当として、25年間、全国各地のホテルやデパートを飛び周りました。
 
 
ーーつまみ食いの感動から就職とは驚きです。そこからなぜ自分の店を開くことになったのでしょう?
 
市川:「燻製を作ってみたい」という思いは入社当初からありましたが、「せっかく大好きな会社に就職できたのだから」と、しばらくは仕事に邁進していたんです。
 
独立を本格的に考え始めたのは、師として慕っていた上司の定年退職がきっかけでした。「燻製は一に原料、二に味付け。スモークはさらにおいしくしてくれる魔法の煙なんだ」と教えてくれた方です。
 
さらに息子が夢に向かってステップアップし、2人の姿から「私も自分の目標に向かって進もう」と。50歳の節目で独立を決心しました。家内も応援してくれたので、心強かったですね。

取材でうかがったのは創業した10月でした。毎年欠かさず、友人が花を贈ってくれるそう。
取材でうかがったのは創業した10月でした。毎年欠かさず、友人が花を贈ってくれるそう。

ーー理恵子さん(奥様)の当時のお気持ちは?
 
理恵子:正直不安はありました。ただ、このまま会社にいても状況が変わるわけではない。なんとかやってみようという気持ちでした。今でも手探りですよ。
私は野菜を洗ったり、皮をむいたりするくらいですけどね。
 
市川:いつも助かってます。

創業当時のお二人。燻製たまご、スモークサーモンなど5品目ほどからスタートした。(提供:市川燻製屋本舗)
創業当時のお二人。燻製たまご、スモークサーモンなど5品目ほどからスタートした。(提供:市川燻製屋本舗)

中学生の感動がいまも

創業以来、市川燻製屋本舗が目指しているのは「塩辛くない、硬くない、煙たくない」燻製。素材の持ち味を活かすことを大切にしていると言います。
市川さんが考案した、生ハムのような食感が特徴のスモークサーモン「サーモンプロシュート」は、2016年北のハイグレード食品に選出。燻製の概念を覆す味や製法は、どのように生まれたのでしょうか。
 
市川:創業前は燻製を「売る」プロでしたから、燻製づくりに関しては、退職後に1から勉強し直しました。じゃがいも、玉ねぎ、ぶどうなど、ありとあらゆるものを200種類以上は燻製しましたね。製品になったのは20〜30種類。そこから定番になったものは15〜20種類です。
 
原材料はできる限り北海道産のものを使い、地産地消を大事にしています。岩見沢産玉ねぎのスモークは、創業当初からの人気商品ですね。
 
一番人気はサバのスモーク。改良を重ねた結果、栗山町にある酒蔵「小林酒造」の「北の錦」と、サロマ湖の海水塩「オホーツクの塩」を使った味付けにたどり着きました。

市川:原点である、スモークサーモンも苦労しました。しっとりとまろやかな仕上がりにするには、どうしたらよいだろうかと。
 
スモークサーモンは特に温度管理が重要なんです。最初は自作したダンボールの燻製器から始めたんですが、ダンボールが燃えて、中の燻製がダメになってしまったこともありました。
 
何度か試作するうちに「気温が低いときに煙をかければいいんだ」と気がついたんです。氷点下で作ってみたら、これがめちゃくちゃおいしくて。友人の力を借りてオリジナルの冷燻器を作り、理想の味にたどり着きました。

現在使用している冷燻器。中で煙が循環するよう市川さん自ら考案したもの。
現在使用している冷燻器。中で煙が循環するよう市川さん自ら考案したもの。

市川:燻製チップも地域の素材。「宝水ワイナリー」のブドウの枝と、エンジュをブレンドしたチップをメインで使用しています。ポプラや笹の葉など身近な素材を燃やして、食材や燻製方法に合うチップを探し出しました。
 
札幌の「RITARU COFFEE」と共同開発した「燻製珈琲」は、三笠の堀川林業から仕入れたブナのチップと、ブドウチップをブレンドしています。最近では、北海道大学で伐採されたイチョウを使った燻製珈琲も共同開発したんですよ。

岩見沢「宝水ワイナリー」のブドウの枝
岩見沢「宝水ワイナリー」のブドウの枝

ーー地元の素材を使っているんですね。燻製への並々ならぬ熱量が伝わってきました。
 
市川:中学生のときに食べたスモークサーモンの感動が、いまだに続いているんだと思います。
 
やっぱり「一に原料」なんだよね。さらにおいしい燻製を作るためには、自分の腕を磨き続けなきゃいけない。
私の強みはアイディアをすぐに形にできるところ。新商品の開発だけでなく、既存商品のさらなるおいしさも追求し続けたいですね。

燻製づくりは生き方そのもの

2005年の創業直後、市川燻製屋本舗は新聞やテレビなどのメディアに取り上げられ、一気に名を広めました。その後、規模拡大と環境改善のために二度の移転を経て、現在に至ります。一見すると順風満帆な道のりは、平坦ではなかったと言います。
 
ーー18年間事業を続けてきたなかで、一番苦しかった時期はいつでしょうか?
 
市川:今が一番苦しいです。コロナ禍で飲酒の機会が減った影響が大きかったですね。飲食店からの注文もストップしたまま。加えて昨年12月の移転、物価の上昇が追い打ちをかけました。
 
そんななかでも続いているのが、催事への出店です。「市川さんの燻製が食べたいから来てください」と、全国からお声がけいただいています。
主な出店先は東京、名古屋、札幌。東京池袋にある東武百貨店には、15年ほど続けて出店しています。
 
 
ーー全国の催事に呼ばれたきっかけはなんだったのでしょう?
 
市川:店を始めて2年目で、体調を崩したんですよ。
ありがたいことに、創業まもない頃に新聞で紹介されたことがきっかけで、「人生の楽園」という全国放送のテレビ番組に出演することになりました。放送された11月から注文が殺到。3月末まで商品を待っていただく事態に陥りました。
 
そのときの過労で、ガクッと体調が悪くなってしまって。その後1年くらいは製造が思うようにできず、売り上げにも影響が出てしまいました。このままではいけないと、札幌の「きたキッチン」に営業へ出向いたことが催事出店のきっかけです。
無事販売に繋がって、お客さんもすごく喜んでくれました。1週間の出店予定が3日で売り切れてしまったんですよ。
 
その後、新たに燻製器を導入して製造量を増やし、安定した在庫を確保できるよう体制を整えたことで、全国の百貨店に出店できるようになりました。
 
 
ーーまさに「怪我の功名」ですね。
 
市川:そうそう。踏まれても立ち上がる。今もその精神は持ち続けています。

ーー外看板にあった「燻製づくりは自分の生き方そのもの。煙をかけては休ませる。無理はしない。それで燻製が出来上がる」という言葉が印象的でした。この18年間で働き方に変化はありましたか?
 
市川:実はね、昨年の移転前までは働きづめだったんです。事務所に泊まりがけで働いてました。今は無理しないよう心がけています。我ながらよくやったなと思いますよ。
 
ここまで続けられたのは、燻製が好きだから。好きじゃなかったらできないよ。そして「おいしい」と言ってくれるお客さんがいるからだよね。
 
理恵子:待ってくれるお客さんがいらっしゃる限り、頑張らないわけにはいかない。期待に応え続けたいですよね。

いにしえに灯された炎をつなぎ、未来に残る燻製を

無理をしない働き方に変えた今でも「絶えず新しい燻製を作ることを考えている」という市川さん。催事には毎回一品、新商品を出すことを自分に課しているそう。
燻製への飽くなき探究心と情熱で進み続けてきた、市川燻製屋本舗。これまでの18年間で、両親が夢を抱いて踏み入れた地、岩見沢への想いにもある変化があったそうです。
 
ーー事業を続けるなかで、岩見沢への思いは変わりましたか?
 
市川:岩見沢は両親が私を育ててくれた場所であり、今の私と同じように、夢とエネルギーを持って商売を営んでいた場所。その熱を受け継ぎ、これからも燻製に注いでいきたいですね。
 
両親はもうこの世にはいませんが、今でも2人の力強い後押しを感じます。「人生の楽園」には父も出演してくれたんですよ。当時の放送を見るたびに泣けてきちゃうんだよね。
 
 
ーーきっとお父様も嬉しかったと思います。最後に市川さんにとって、燻製とはどんな存在でしょうか。
 
市川:自分にとっての「未来」です。燻製の歴史を辿ると、人類が火を使い始めた縄文時代には、既に作られていたという説があります。昔からずっと受け継がれてきた燻製を、未来に残したい。
 
これからも私がおいしいと信じる燻製を「おいしい」と味わってくれる人に届け、未来に繋げたいと思います。

燻製の話になると目を輝かせ、身を乗り出して話す市川さん。「好き」の力の偉大さを実感した取材でした。後日自宅でいただいた「サーモンプロシュート」は、驚くほどの滑らかさ。素材の旨みが凝縮されたひと切れを、ゆっくりと味わいました。
 
縄文時代に生まれた燻製の情熱は市川家の歴史と重なり、さらに大きな炎となって、未来に受け継がれていきます。

店舗情報

市川燻製屋本舗

〒068-0043 
北海道岩見沢市北3条西7丁目1番地3
電話:0126-20-0300
FAX : 0126-20-3001
営業時間:月曜〜金曜 11:00〜18:00
    土曜    11:00〜17:00 
定休日 :日曜

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