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8年をかけ培った、カンガルーファクトリーが束ねる物語のある花

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8年をかけ培った、カンガルーファクトリーが束ねる物語のある花

岩見沢市事業者の想い

文:髙橋さやか 写真:斉藤玲子
 
北海道の静かな森の中、草花を育て、束ねる。できあがった花束は土地の空気と物語をまとい、世界にたったひとつの特別な存在になります。
2015年に横浜から北海道岩見沢市美流渡(みると)地区に移住し、花のアトリエ「カンガルーファクトリー」を営む大和田 誠さん・由紀子さんご夫妻。自作のガーデンで草花を育て、自然の恵み溢れる作品を制作しています。

花の自給自足を目指して

岩見沢市の山あいにある美流渡地区。近年、小さなお店を営む人やアーティストなど、移住者が集まっています。車を降りると小鳥のさえずりが聞こえ、まるで絵本の世界に迷い込んだかのようです。
大和田さんご夫妻は日比谷花壇に勤務後、横浜で21年に渡りお花屋さんを営んできました。「横浜は今でも好きな街」と話すお二人は、なぜこの地に移り住んだのでしょうか。

 
ーーこちらに移住しようと思ったのは?
 
誠:知人に空き家を紹介してもらったことがきっかけです。「いつかは静かな田舎暮らしをしてみたい」と思っていたので、思い切って飛び込んだ感じですね。都会では花市場に行けば、ありとあらゆる花を仕入れられますが、自分が育てた花で作品をつくってみたかったんです。

ーー「自分で育てたもので」という気持ちが芽生えたのはいつ頃からなのでしょう?
 
誠:横浜でアトリエを営んでいた頃に、庭の仕事も入るようになったんです。 お客さんの家で庭をつくりながら、「これだったら花束にできるな」と。広い土地で種をまくところから、自分の庭をつくる。育てる過程も楽しみながら作品をつくれたら・・とイメージしていました。
 
由紀子:横浜時代は朝から市場を歩き回って花を仕入れ、水揚げして、店先に並べて。 それはそれで、ものすごく熱い世界だったんですけど、いつしか、その慌ただしさや大量消費の世界から解放されたいという気持ちが芽生えていったんです。
 
市場に行って花を仕入れるのではなく、自分たちのところで育てたものを使う。
意味が大きくちがいますよね。
 
花の自給自足という自然なあり方に落ち着けたら、花の文化はもっと日々の暮らしに浸透するんじゃないのかなって。

ーーお花を育てるとなると、アレンジメントをつくるのとは、また違う世界なのかなと思うのですが。
 
誠:作品をひとつつくるのに、時間はかかりますよね。育てて収穫してからなので、非効率的ではあるんですが、大変さよりも楽しみが勝ってます。都会では市場で花を仕入れて、すぐ仕事に取り掛かれるので、効率は良いんですが、もうちょっと面白みが欲しかった感じですね。
 
ーー アレンジメントはガーデンで育てられた草花だけで?
 
誠:ガーデンだけではお客さんの希望をカバーできないので、市場からも仕入れています。例えば、「赤いバラで」など、お客さんから指定されることもあります。
花が咲いている秋の終わりまでは、概ねガーデンでまかなえますが、冬の間は雪に覆われるので半年は市場の花ですね。
ガーデンの他に花畑でメインの花を育て始めたのは、2021年から。それまではハーブが中心でした。

「暑いですよね。どうぞ」と由紀子さんが注いでくれたハーブウォーターには、自家製のミントが。すっきりと爽やかな風味にのどが潤います。
「暑いですよね。どうぞ」と由紀子さんが注いでくれたハーブウォーターには、自家製のミントが。すっきりと爽やかな風味にのどが潤います。

手探りで築き上げた暮らしの理想と現実

自然あふれる北海道に移住し、自ら育てた草花で作品をつくり届ける。一見、理想の暮らしを叶えた移住の成功例に見えるお二人ですが、お話から見えてきたのは移住のリアルな姿。現在に至るまでの8年の道のりは、ひとすじ縄ではいきませんでした。
 
ーーこちらに移住されてすぐにお花が育つ環境だったのでしょうか?
 
誠:いや、雑草だらけだったので時間がかかりました。
最初は道をつくるだけで大変でしたね。まずはアップルミントという強いハーブを植えて、雑草をミントに変えていくところからスタートしました。ミントが根付いたら、今度は少しずつ別の植物を植えかえて。今はミントと同じくらい強い植物が生き残っています。

ーー植えるものはどうやって決めたんですか?
 
誠:実はみんな、いただきものなんです。
ガーデンをはじめた頃に、北海道新聞に取材していただいて、記事を見た方が持ってきてくれて。さらに、知り合いやそのまた知り合いからも、随分いただいたんです。それを元に増やして、今は100種類ぐらいあります。北海道と横浜では植生も違うので、イチから学びながら手がけていきました。
 
ーー北海道と横浜では植生も違うということですが、まったく環境の異なる土地に来て戸惑いとかはなかったのでしょうか?
 
誠:そうですね、どんな仕事があるとか、 何をやったらとか、全部岩見沢にきて暮らしながら探っていった感じです。
 
横浜時代のお客さんからの注文があったので、市場でお花を仕入れて作品をつくって、配送は継続していましたけど。それだけでは足りないので、半年ぐらいはアルバイトもしました。
 
僕は近所の墓石屋さんで、セメント塗ってたりして。妻はいわみざわ公園のバラ園にあるお花屋さんで働いていました。スタッフの方がみなさんお庭のプロなので、色々教えてもらったり、今でも関係が続いてます。
 
ただ、最初は大変でしたね。

移住当初からの人との出会いが今につながっているという誠さん。「今だから笑って話せるんですよ」と、所持金2万円の時期があったというエピソードを話してくれました。心が折れそうな状況の中、自然と道が開けたのは、お二人の花に対する真摯な姿勢からでした。
 
ーー心折れずにできたのってどうしてですか。
 
由紀子:折れてました。
いろんな生活の不安が自分たちを圧迫して。花屋ってそんなにすぐ軌道に乗るものではないので、時間がかかるとは思ってましたけど。8年かかるとは思わなかった。
もうちょっと早い時期に、「じゃあ、そろそろ旅行いこうか」って言えるくらいになるかなと思ったんですけどね。
 
誠:たまたま注文が増えてきて、乗り越えられたんですよね。
庭が形になっていくにしたがって、お客さんから問い合わせが増えて。なるべく花1本でやっていきたかったので、極力花に集中できるように意識したのが伝わったのかもしれません。「この人たちは途中で投げ出さずに、自分たちの描いた姿に向かっているな」という感じで、見ていただけたのかなと思っています。信頼感を得られた感触はありました。

8年で叶った理想のあり方

少しずつガーデンが形になり、お客さんも増えていったというカンガルーファクトリー。この地でアトリエを開いて8年が経ち、現在は仕事の幅も広がっているそうです。
 
由紀子:花屋のあり方も変わってきたところもあり、ドライフラワーが結構ブームになって、それも追い風になってるかもしれません。
 
誠:冬は花がないので、ドライフラワーでスワッグをつくったりもしています。
岩見沢にある「ログ ホテル メープルロッジ」からも、装飾の依頼を受けるようになって、ドライフラワーをよく使っているんですよ。
岩見沢で育った植物を用いた作品をお客さんに見ていただけるのは、すごく嬉しいこと。 ホテルの雰囲気とうちの作風が重なって、ありがたいです。
 
時代なのか、ワークショップも増えましたね。お客さんと直接触れ合うことができるのは貴重な時間かなと思います。
 
由紀子:ワークショップで一番大切にしているのは、特別なことというよりもお友達にお庭の花をちょっとプレゼントする感覚。お庭の花を束ねる時に、ちょっとした手つきの学びがあって、それがその人の技術になるんですよね。
 
花に触れることによって、人はエネルギーをもらえる。
そのエネルギーが周りにも伝播していく。
 
その辺も汲み取ってくださる生徒さんが、結構いらっしゃって。そこにワークショップをやる価値ってあるんじゃないかなと思います。

由紀子:最近、いい仲間が集まり始めたっていうのも感じているんです。
数ヶ月前からアルバイトに入っていただいてる彼女のおかげで、目に見えていい変化が起こっていて。これから、どんな風に変化していくかわからないですね。
 
私ね、自由度の高い人生を送りたいんです。
枠にとらわれず、やりたいことをやって生きていく。その思いを共有できる人たちが集まる場所に、なんとなくなってる気がします。

束ねる花に物語を

「だんだん肩の力が抜けてた」と語る由紀子さん。花の自給自足が形になってきた今、描いているこれからについてうかがいました。
 
ーー今後構想していることはありますか?
 
誠:現状、満足してます。庭もまだまだこれから手をかけていきたいですし。芽だしの頃から花を見てるから、愛着があるんですよね。花屋が不器用ながらもつくった庭で育った花が、全国のお客さんのもとへ届く。自然な流れから生まれる物語がお客さんにも伝わったらいいですよね。
 
由紀子:同じですね。今は穏やかに生活できているので。
何もいらないというか、普通にごはんを食べることができて、冬の間ちょっと旅行に出かけたり。そういうエネルギーをもらえるようなことが、日常ちょこちょこあれば十分。
 
例えば、ここを広げてもっともっとっていうのもないし、 築き上げた今のスタイルを充実させながら、歩き続けられれば。だんだん肩の力が抜けてきましたね。
 
誠:作風も変わったんですよ。北海道に来てハーブとか優しい花が増えました。
 
由紀子:無理しないで、そこにあるものでつくれるのが、1番素敵ですね。
 
「ネイティブフラワー」という言葉があって、一般的にはオーストラリアや南アフリカなど、南半球が原産地の植物を指すんですけど。ネイティブっていうのは、本来はそこの土地に根付いて育ったもの、という捉え方もできるのかなって。
 
だから、私たちにとって北海道のネイティブフラワーである、ハーブであったりモミを生かした作品を届けていきたいですね。
 
誠:田舎暮らしでも花屋を営んでいけるという前例になったらいいかなと。
もっといろんな土地に花屋があってもいいかなと思ってます。

ーー最後に、お2人にとって花ってどういう存在ですか。
 
由紀子:難しいですね。
 
誠:綺麗なものに囲まれて、華やいだ人生にしてくれてるなと思ってますよ。
 
由紀子:花の持つエネルギーっていうのは、とてつもなく大きいんじゃないかと思っていて。 それを作品にして、求められたところに届けるというのが、私たちの役割なのかな。
 
ガーデンから手がけることで、根本からの物語が生まれる。
それが喜び。
 
私は誠さんが8年間コツコツとやってきたことを見ているので、1本たりとも捨てたくないんですよ。どんなに小さな一輪も束ねたい。当たり前に、1つのものを大切に思う気持ちを忘れないで、仕事をしていたいですね。

「誠さんはよくやったと思います」「いや、2人でやってきたんです。私だけじゃない」と、お互いを大切に思いあう2人の姿に、培ってきた時間の尊さを感じました。
 
帰り際に由紀子さんが手渡してくれた花束からは、やさしいミントの香りが。自宅で花瓶に挿していたら、蕾が花開き、ミントが伸びていく姿に生命の力強さが溢れていました。

店舗情報

Kangaroo Factory (カンガルーファクトリー)
 
〒068-3180
北海道岩見沢市栗沢町美流渡東町55番地
 
電話番号:080-9268-9775、090-3403-8704

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