果物を通して人と人を繋ぐ。大野農園が創る革新的農業のカタチ
石川町事業者の想い
文:高木真矢子 写真:吉成美里
モデルから転身した社長を筆頭に、建築や不動産、飲食店、福祉・・異業種からのUターン、Iターンの多い「異色メンバーが集う会社」と聞いたら、どんなイメージを持つでしょう?
福島県石川町にある、大野農園株式会社はそんな個性的なメンバーが集まり、「新しい農業のカタチ」に取り組んでいます。
40年以上続く果樹園から、人と人をつなぐ架け橋として挑戦し続ける大野農園株式会社。「みんなでアイディアを出し合って新しい農業の形を作っていく」という社長の言葉に感銘を受け、大野農園に転職したという、営業販売ユニット・丹内悟士さんに話をうかがいました。
土づくりからこだわり40年以上
福島県石川町で40年以上続く果樹農園「大野農園」。これまでどのように歩み、新しい農業のカタチを探ってきたのでしょうか。まずは背景を探ります。
ーーこれまでの歩みを教えてください。
丹内:大野農園は1975年、国営農用地開発事業推進をきっかけに果樹農園として福島県石川町で創業しました。土台となる土づくりと環境に配慮した栽培を行っています。自然と向き合いながら、リンゴ、モモ、ナシ、ブドウと徐々に品種や作付け面積を増やしてきました。果物にあった土づくりについては、かなり試行錯誤されたと聞いています。丸々と大きく育った大野農園の果実は、糖度も高いと好評をいただいています。
また、「お客さんとのつながりを大切にしたい」という先代の思いから、いち早く産直販売に舵を切りました。先代が手がけてきた、“もの作り”や“人とのつながり”への思いは継承しながら、時代に合った価値を提供していくことを目指しています。
現在、1,080aの敷地でリンゴ、モモ、ナシ、ブドウといった果実の生産事業をはじめとして、食品加工事業・カフェ運営事業・体験事業・キッチンカー事業を行っています。
ーー「お客さんとのつながりを大切にしたい」というのは先代から継承されているんですね。
丹内:「果物を通して人と人を繋ぐ農園」が大野農園のテーマ。ものを作って売るだけじゃない「おいしいの一歩先」を目指しています。作り手側の思いやルーツ、プロセスといった「ストーリー」に楽しい「ワクワク感」を加えた「新しい農業のカタチ」を目指して、日々取り組んでいます。
「福島」への抵抗感という逆風と決断
土づくりからこだわり、糖度の高い高品質な果物を世に届けてきた大野農園。ですが、2011年3月以降、窮地に立たされることになりました。東日本大震災による東京電力福島第一原発事故で、世の中の反応が一変したのです。
原発から約65キロ南西に離れた大野農園の線量は東京都と同じにも関わらず、「福島」というだけで敬遠され、実家の農園の売上も3〜4割減と大きく落ち込みました。
当時、東京でファッション関係の仕事をしていた現社長の大野栄峰(よしたか)さん。農園の状況が厳しくなる中、「農業を通して地域を盛り上げていきたい」との思いから、戻る決意をしたのです。
丹内:今でも風評被害が全てなくなった訳ではありませんが、当時は、注文のキャンセルや「箱に『福島』と書かないでほしい」という声があるなど、原発事故による影響は大きかったんです。
元気がなくなっていく両親や、周りの生産者の様子に「自分にできることはないか」と、栄峰さんは家業を継ぐことを決断。2012年5月、代表の後継と同時に、農園を「大野農園株式会社」と法人格に組織変更をしました。
もちろん、法人化したからといって、すぐにお客さんが戻ってくるわけではありませんでした。それでも、さまざまな風評被害を受けている生産者や、福島県全体に対して「何とかしなくちゃいけない」という栄峰さんの思いは大きかった。
丹内:当時栄峰さんは、農業経験もなく「何からやればいいのか」と戸惑いもあった中、最初に取りかかったのが「農業を知ってもらおう」「福島県は大丈夫なんだよ、安全なんだよ」と伝えていくことでした。福島の果物の安全性を伝えるため、農園を使ったイベントやキッチンカーの企画が始まったのです。
風評被害を払拭して、生産者を元気にしたいという思いと同時に伝えたかったのが「福島にはおいしいものがいっぱいあること」。そこから着想したのが、「福島の思いをピザ生地に乗せて届ける」というコンセプトのキッチンカー「オラゲーノ」です。
提供するピザは、果樹農園らしくフルーツピザに。季節ごとに果物を変えています。福島の果物や野菜を生産者の思いとともに届けることで、人と人、人と思いがつながる機会をつくることを目指しています。
丹内:また農業の課題のひとつに、高齢者にとって負担となる労働が多いという点があります。
若い世代にも農業を知ってもらうきっかけを作ろうと生まれたのが、焼きリンゴのイベントです。
リンゴ栽培の中で、剪定後の地面に落ちた枝を拾う「枝拾い」というものがあります。腰に負担もかかりますし、結構大変な作業なんですが、枝をそのままにしておくと、そこから菌が発生して、木が病気になる可能性もあるため欠かせない作業です。
イベントの参加者に、この「枝拾い」を担ってもらい、拾った枝で焼きりんごを作り、交流するというイベント。みんなが楽しみながら、参加者には果物や作業について知ってもらうことができます。
キッチンカーや焼きリンゴをはじめ、オーナー制度や果物の花を見ながらのBBQなども実施しています。さまざまな切り口で果物を提供しているのが“大野農園らしさ”ですね。
福島から発信し、農業のイメージを変えていく
キッチンカーや農園イベントで手応えを感じる中、大野社長には新たに見えてきた課題がありました。それは、生産者同士の横のつながりがないこと。
徐々に風評被害は落ち着き始めていたとはいえ、震災以降、福島県内の農業界全体は元に戻ったとはいえません。これまではつながりの薄かった生産者同士が力を合わせ、福島から発信し「農業の印象や認知を変え、盛り上げていこう」と、栄峰さんは全県の生産者たちと2015年に一般社団法人Cool Agriを立ち上げました。「農業に興味を持ってもらう」「農業を好きになってもらう」「農業を仕事にしてもらう」を目標に掲げ、さまざまな活動を行っています。
丹内:Cool Agriでは、農業での困りごとについて意見を出し合いながら、農業を盛り上げていくための取り組みをおこなっています。そのひとつが、「フルーツカルチャー袋」。規格から外れてしまったものを詰めて、流通させるプロジェクトです。
以前、栄峰さんと話した時に、「すごく大事に育てても、傷がついたら贈答品にならない」状況は、すごく残念だと話していました。せっかく実ったタイミングで、雹が降ったりとか、台風が来たり、実が落ちてしまったり。天候との勝負の中で、贈答品として売れる数が減ってしまう悩ましさがあります。
見た目が悪いだけで、本当はすごく美味しい果物をどうにか生かせないか。同じ悩みを抱えていたCool Agriのメンバーと共に、販売する方法も考え課題を乗り越えました。
丹内:市町村の垣根を超えたCool Agriの活動と同時に、農園では加工品事業もスタートしました。「ワクワク感で食べる楽しみ」がコンセプトです。
ーーワクワク感で食べる楽しみですか?
丹内:オリジナル商品の「りんごモナカ」「ももモナカ」、牛乳やヨーグルトを入れて振ってドリンクにする「ふるふる」。これらは全て、最初に「なんだろう?」と気になり興味が沸くパッケージ、商品の「見た目」に加え、「作る」と「食べる楽しみ」がセットになっています。
例えば、モナカは2種類の餡をパリパリのモナカに挟んで、“自分で作って食べる”商品。家族や友達と楽しむ時にも会話が生まれますし、餡の量などを好みに合わせてカスタマイズできます。
「農家がこういうのを作っているんだ」という、驚きがある「新しい農業のカタチ」のひとつですね。
丹内:2018年には、加工品や飲食も楽しめる「オラゲーノショップ&カフェ」をオープンしました。もなかなど、加工品の品数も増えてきましたし、実店舗を持つことで、これまでになかったお客さんとの接点も生まれて、よりダイレクトに「人と人とのつながり」が実感できるようになりました。
ーー大野農園さんの社員さんはUターンIターンといった転職組が多いそうですね。そんな大野農園だからこそ生まれるアイデアもあるのでしょうか。
丹内:本当に多様なジャンルから集まってるメンバーなので、パッケージデザインや商品開発でも、新しい人が入れば入る分だけ、新しい考え方も入ってくるんです。
「パッケージにはフォトジェニック性を持たせよう」とか「パッケージで栽培の過程をイラストにしよう」など、みんなで知恵を出し合い、新しいものを作り上げています。おかげでメニューやデザインの幅も広がりました。
入社時に「うちは、みんなでアイディアを出し合って新しい農業のカタチを作っていく」と栄峰さんに言われたんですよね。その言葉通り、さまざまな意見やアイディアが出る分、苦労もありますが、それが「大野農園らしさ」であり、「新しい農業のカタチ」を創っています。
「これからもっと良くなるために」想像し、創造する
ーーデザインや商品開発の部分でも「新しい農業のカタチ」を大事にしていらっしゃるんですね。大野農園のみなさんが意識されていることはありますか?
丹内:常に新しいものを「そうぞう」するというところですかね。
「そうぞう」って、心の中に思い浮かべる“想像”や、創り出すという“創造”がありますよね。効率化や固定概念にとらわれないおもしろさも「そうぞう」して、「これからもっと良くなるためにはどうしたらいいか?」と考えることを大事にしています。
そして、先代の頃から続いていることですが、何事にもやっぱり「正直」であること。お客さんに対しても、嘘をつかないで、正直に答えることは守り続けています。
ーー「これからもっと良くなるために」という考えが、社内の文化として浸透していて、新しさと前向きさを感じますね。今後の展開や展望はいかがでしょうか?
丹内:「ワクワク感で食べる楽しみ」が感じられる新たな商品を出していきたいですね。今ある商品が全てではありません。まだチャレンジしていないことも、多様なメンバーみんなで考えて、もっともっと大野農園の「新しい農業のカタチ」を通して、農業の世界を広げていけたらと思っています。
先代からのこだわりや思いを継承し、前向きに革新的な取り組みを続ける大野農園。
みずみずしく、うつくしい果物はもちろん、かわいらしくオシャレな加工品のパッケージ、「どんな味なんだろう?」と好奇心をかき立てるカフェのメニューが並ぶショップ&カフェも、ワクワクであふれていました。福島から発信される「新しい農業のカタチ」は、これからも農業界を変える先駆けとして走り続けていくことでしょう。
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