あそびーち石狩が目指すバリアフリーな海の愉しみ
石狩市プロジェクト
文:髙橋さやか 写真:斉藤玲子
太陽の光を受けてキラキラと輝く真っ青な海。寄せては返す波に足を踏み入れた時の、ひんやりと心地よい感触。夏の海は、大人も子どもも心が躍ります。当たり前に感じられる“海とふれあう楽しさ”ですが、人によってはハードルの高さを感じることもあります。
「どんな人にも海で遊ぶ楽しみを提供しよう」と、早くからバリアフリー整備をおこなってきた石狩浜海水浴場「あそびーち石狩」。取り組みの背景やこれから目指す姿について、一般社団法人石狩観光協会の高梨朝靖さんと石狩市商工労働観光課の佐藤薫子さんにお話をうかがいました。
海に入る喜びを、すべての人に
石狩浜海水浴場「あそびーち石狩」は、昭和初期から親しまれてきた石狩市の“顔”とも言える場所。札幌中心部から車で40分ほどの距離にあり、毎夏多くの人で賑わいます。北海道を代表する海水浴場として、いち早くバリアフリー整備にも取り組んできました。
ーー北海道の海水浴場としては、いち早くバリアフリーの整備をされたということですが、まずはその背景について教えてください。
高梨:「あそびーち石狩」は、もともとファミリー層が多い海水浴場でした。監視も行き届いていることから、障害者施設の方にもよく利用いただいていたんです。目の見えない方や車椅子の方も、「年に1回は海水浴を楽しみたい」という需要がありました。せっかくなら、障害のある人たちが、もっと楽しみやすいような環境作りをしようと、整備を始めたのが平成13年のことです。
まず最初に手がけたのが、「ランディーズ」というアウトドア用車椅子の導入です。初年度は2台、平成15年には大洗の海水浴場から、車椅子を4台寄贈してもらいました。
高梨:その後、シャワー設備も車椅子で利用できるものを取り入れるなど、少しずつバリアフリーの取り組みを重ねています。2021年には、ビーチの入り口にアクセスマットを設置。アウトドア用の車椅子とはいっても、砂で地面がふかふかしてると、身動きが取りにくかったり、補助が必要になってきます。少しでも、ビーチへのアクセスが楽になるよう、整備しました。
ここ4〜5年くらいで「ユニバーサルビーチ」という言い方もされるようになってきたんですよね。障害者のサポート団体にも認知が広がり、「ぜひ、あそびーちで海水浴を」と評価いただいています。
「北海道初のユニバーサルビーチとして、胸を張れるような取り組みをしていこう」と、市と観光協会が連携して整備をすすめています。
ーー車椅子やアクセスマットなど、バリアフリーの整備にあたっては、現場から導入してほしいという声をあげてきたのでしょうか。それとも市役所として「必要だ」と判断して導入しているのでしょうか。
高梨:現場で見て、必要性を感じて伝える・・という感じですね。
例えばアクセスマットについても、以前から「ビーチへの通路ごとにマットを設置できないか」という話はあったんですが、予算的な問題もあって。コンパネを敷いていた時期もありました。
もっと車椅子の方が、気軽に入ってこれるような形にできないだろうかと。
天気の良い平日だと監視の人員配置も少ないので、監視業務の妨げにならないように、という意味合いもありました。
“海離れ”で見直した海水浴場のあり方
「あそびーち石狩」では、バリアフリーだけでなく、サンドパークやキッズパークなど、さまざまな取り組みをおこなってきました。取材当日は平日にもかかわらず、海水浴を楽しむ人の姿が。「平日でも結構人がいるんですね」という言葉に対し、お二人からは「少ない方なんです」と。実は海水浴場を整備する背景には、「海離れ」があったのです。
高梨:今って「夏=海水浴」というイメージが、もうなくなってるんです。「小さい頃に海に行ったことがない」「海水浴をしたことがない」という人が結構多くて。日本財団が2019年におこなった調査※では、海に「行きたくない」人の68%が、子どもの頃の海体験日数が「年1日程度」か「それ未満」だったんです。
僕が子どもの頃って、夏といえば海でバーベキューとか海水浴という感じだったんですけど。今は同じ水に入るのでもプールであったり、あとは家でゲームしたり・・遊べるものが多様化してきてるんですよね。「夏になったら海に行こう」というイメージが崩れてきている。
そういった海離れに対して、「どうしたら楽しんで帰ってもらえるだろう」「なんとかできないかな」と試行錯誤してきました。
ーー海離れってはじめて聞きました。
高梨:僕たちは海水浴場を管理してるので、海離れに対して敏感になっているというのもあると思います。来場者の推移や人の流れを見ていて、だんだん海から離れていってるなと。
佐藤:2001年(平成13年)は、あそびーちの来場者って約40万人いたんです。最近は、10万人を割る年も出はじめて・・という感じです。2021年は好天に恵まれたので、あそびーちの来場者も増えたんですが、それでも11万人ちょっとぐらい。
高梨:以前は土日に混み始めたら、道路交通情報センターに渋滞情報の連絡をいれていたんですけど、最近はまったく。昔は人の出入りは、天気次第というところがあったんですけど、今は天気が良くても人が来なくなってきて。
40万人から30万人に減って、20万人、10万人・・何が原因なんだろう?って。
ーーそうなんですね。私は子どもの頃に家族で海水浴に行った思い出があるので、「夏=海」のイメージがありました。
高梨:海水浴した後って、どんな感じだったか覚えてますか?
ーーう〜ん。記憶がおぼろげで・・
高梨:海水って上がった後、ベタベタするんですよね。それが嫌だという人が増えているのも海離れの要因のひとつです。海に入って、帰るときにさっぱりして出られるように、シャワーなどの環境も整えてきました。
ーーバリアフリーだけじゃなくて、いろいろ試行錯誤されてるんですね。
高梨:ちょっとずつ整えてきましたね。環境の整備だけでなく、サンドパークといってあそびーちの一角に、砂でできた彫刻が立ち並ぶイベントを実施したり、キッズパークを開催したり。
市役所とも連携しながら整備していますが、時代の流れや社会情勢の影響、人事異動による担当者変更などで、違う考えが生まれたりすることもあります。
佐藤:内部で意見がすれ違うこともあります。
ーーそういった意見の違いはどうやってとりまとめていくんでしょう。
佐藤:異なる意見の中にも、新たな気づきやヒントがあったりします。なので、職員同士よく話し合いながら、アイデアを膨らませたり、意見をすり合わせて、まとめていますね。
あそびーちをもっと良くしたいという想いはあるんですが、限られた予算の中でどう整えていくか・・という課題はあります。
高梨:現場の声を吸い上げて、毎年観光協会から市役所へ要望を出しています。たくさんある要望の中から「じゃあ、今年はこれ」と、車椅子が導入されたり、通路ができたり。
佐藤:私たち市役所職員も、なかなか毎日現場を見にくることができないので、現場からの声があるのはありがたいですね。企画を通すときにも現場の声が一番響きます。
高梨:海の中にあるフェンスも、要望から実現したものの一つです。
夏の時期は、“やませ”という風で子どもが流されてしまうんですよね。昔は旗の目印しかなかったんです。水難救済会から市へ要望を出して、最初にフェンスが設置されたのが1999年〜2000年(平成11~12年)頃のこと。
地元の水難救済会に所属する漁師さんが、監視してくれる中で「こういうロープがあると、沖に流されないから」と声をあげてくれたんです。漁師さんがほぼボランティアで、ロープを繋いで全部作ってくれました。
それから20年以上経過して、ロープには牡蠣やフジツボが付着し、交換しないと遊泳者が怪我をしたり、ロープが切れてしまいそうな状態に。段階的にでも良いので、補修してもらいたいと要望を上げ続けて、5年がかりで叶いました。
水難事故が起きないよう、できる限り安全に楽しんでもらいたいですね。
何度でも行きたくなるあそびーちに
さまざまな試行錯誤をつづけてきた「あそびーち石狩」。これから、どんな海水浴場を目指していくのでしょうか。
ーー海水浴場の整備を続けていく中で、利用者の方からはどんな反応がありますか?
高梨:利便性が上がるにつれて、みんな喜んで来てくれるようになっています。
身障者の方も「はじめて海に入った」「もう何年振りだろうっていう」って喜んでくれて。「来年また来たいね」という声を聞いたり、何回も海に入ってくれる姿を見ると、やっぱり整備して良かったなと思いますよね。大変さもありましたけど。
佐藤:障害を持った方のために設置したアクセスマットが、他の方にも喜ばれたりという、思わぬ相乗効果もあったりします。
ーーさまざまな試行錯誤をつづけてますが、海への意識やライフスタイルが変化する中で、あそびーちをどんな場所にしていきたいですか?
佐藤:海離れやコロナなど、さまざまな問題がありますが、障害がある方も健常者の方も、高齢の方も小さいお子さんも、みんなが楽しめるような海水浴場にしていきたいですね。
感染対策や体調面にも気を配りつつ、海の楽しさが感じられる場にしていくことは、課題かなと思います。現場の声を大切にしながら、より良いあそびーちにしていきたいです。
高梨:僕は、「休みの日に子どもと一緒に自分も来たいと思える場所」にしたいですね。まずは、自分が楽しくないと人にお勧めできないじゃないですか。
そういった発想から、「気軽に浜でバーベキューができるといいね」と、手ぶらバーベキューをはじめたら、結構人気があって。キッズパークでは海水を引いて、地元の漁師さんがとってきてくれた貝を入れて、「石狩にはこんなおいしいものあるんだよ」と、地元の食材紹介をしたり。次の段階としては、グランピングとかも構想しています。
どんな人にも海の楽しさを体感してもらえる、「あそびーち石狩」にしていきたいですね。
「海、大好きなんですよ」と日焼けした笑顔で話してくれた高梨さん。
誰かにとっての当たり前は、別の誰かにとっての特別。生命の源である海に親しみ、その楽しさを体感できる場を「あそびーち石狩」は目指していきます。