
クッチャロ湖でつながる、コハクチョウを守る命のバトン
浜頓別町プロジェクト
文:三川璃子 写真:原田啓介
太陽の光に反射して、煌めくクッチャロ湖。広大ながら静かにたたずむ湖に、鳥や虫の声がよく聴こえます。
ラムサール条約登録地であるクッチャロ湖は、毎年春と秋に何千羽ものコハクチョウが飛来する、日本最北の中継地。そこには自然と共生しながらコハクチョウの命を守る物語がありました。

命を守るため、受け継がれるコハクチョウの給餌活動
水鳥を含む約300種の野鳥が記録されるクッチャロ湖。鳥が好んで訪れるのはそこに豊かな自然環境があるからです。今から50年以上前、湖におとずれるコハクチョウを守るため、立ち上がった1人の男性がいました。時を経た今もなお受け継がれる活動について、クッチャロ湖水鳥観察館で働く、千田幹太さんにお話をうかがいました。

ーー水鳥観察館に入ってきて、白鳥の写真に驚きました。
千田:コハクチョウの給餌活動の写真ですね。たしか1993年って書いてたと思うんですけど、あの当時は2万羽とか数えてた時代だと思うんですよね。飛来数は、今は大体6,000羽くらいです。本当にたまに1万超えたりするんですけど。白鳥がいる時期は、毎日カウントしているんですよね。
ーー気が遠くなりそうですね。カウントといっても、あれ?これさっきカウントしたかなみたいになりそうですね。
千田:朝の給餌してない時に。望遠鏡を覗いて、右から左にバーっと見ながら、カチカチカチカチ・・とやっていくんです。

ーー水鳥観察館では、コハクチョウの「給餌活動」を代々受け継がれているとうかがいました。
千田:給餌活動=白鳥おじさんの話ですね。初代、2代目と受け継がれて私は3代目になります。
毎年クッチャロ湖には、コハクチョウがロシアから越冬しに来るんです。浜頓別は北緯45度に位置する寒さの厳しい地。雪が積もり、クッチャロ湖も凍結する中、うまく餌が見つけられないコハクチョウたちが、餓死してしまっていたそうです。
1966年、その状況を何とかしたいと動いたのが、初代ハクチョウおじさんと呼ばれる山内昇さんでした。当時の浜頓別は、氷点下20度を越える日も続き、ブリザードが吹き荒れるほど極寒の地だったと言います。
ーー山内さんはここの職員だったのですか?
千田:山内さんは職員としてではなく“いち町民”として、自費で給餌活動をしていました。ソリに大量の大麦を入れてスコップで湖に撒くんですが、これを1日10杯。毎日1トン近くの餌を与えていたそうです。
ーー毎日1トンもの量を山内さんお一人で給餌されていたんですか。そんな量をまいていたとは思っていなかったです。大麦農家さんだったわけではないんですよね。
千田:山のお仕事をされていたと、聞いてます。いま給餌を引き継いでいる私としては、どれぐらいのお金がかかっているのかもわかります。その金額と毎日の餌やりをおこなっていたと想像すると、考えられないというか、信じられないというか。鳥への愛が深かったんだろうなと思います。
1989年ぐらいまでは、冬の間クッチャロ湖のほとんどが完全結氷してたんですけど、1990年代ぐらいから、完全には凍らなくなってきたんです。保護として始めた給餌が、観光にも生かされるようになってきたり、湖が完全凍結しなくなったことで白鳥が自分で餌を取れるようになったり、いろんな理由の中で、今は秋から春まで1日1杯になりました。

ーー給餌の量が少なくなってるのは別に悪いことではなく、他で餌が取れるようになったってことですよね。
千田:そうですね。クッチャロ湖以外にも、今は各所で給餌をおこなっています。
本州の方の越冬地に向かう中継地がクッチャロ湖。おそらく60%ぐらいのコハクチョウが、春に寄ってみたり、秋に寄ってみたり、という感じでここを使っていると思います。
白鳥が餓死せず、越冬できることを一番の目的として、給餌しています。
町民の一声で始まった、ラムサール条約登録への道のり
山内さんからはじまった、コハクチョウの命を守る給餌活動。クッチャロ湖の水鳥たちと自然を保護するため、「ラムサール条約」の登録を目指して、山内さんをはじめ町民が動き始めました。

ーークッチャロ湖は国内で3番目にラムサール条約に登録されたとのことですが、どのような経緯で登録にいたったのでしょうか。
千田:山内さんをはじめとする、地域の方から「登録してほしい」という声が上がったことがきっかけだったと聞いています。
ラムサール条約は、特に水鳥の生息地として国際的に重要な湿地の保存を目的とした条約です。登録には地域の方の声だけでなく、国際的に重要な湿地であることを証明するための条件を満たさなければなりません。
一回目の申請は地域全体の理解が得られず、実現にはいたらなかったそうです。ラムサール条約って、環境省が「ラムサール条約にクッチャロ湖を登録しましょう」と言って、登録になるわけじゃなくて。地域の方からの「登録して欲しい」という声が必要なんです。
諦めずに二回目の申請は地域全体でこぎつけ、1989年に国内3番目の登録地になりました。

ーー地域全体で諦めずにラムサール条約登録まで歩みを進めていったのですね。
千田:ラムサール条約の登録は厳しい道のりだったと思います。
例えば産業によっては、「登録によって活動への規制が出てくるんじゃないか」という懸念も生まれてきます。実際、規制はゼロではないので、地域の中で折り合いがつかず、登録に至らない地域もあるそうです。
クッチャロ湖周辺の酪農家さんたちの協力もあり、湖は綺麗な状態を保っています。今もなお、まちの皆さんが当たり前に当たり前のことを続けてくださっているからこそ、ラムサール条約登録地としてクッチャロ湖があるんだと思います。

ーー周囲の協力があってのラムサール条約登録地なんですね。この水鳥観察館は、登録と同時ぐらいの時期にできたのでしょうか。
千田:この施設は1995年に、白鳥をはじめとした水鳥の調査の拠点として建てられました。
水鳥観察館のオープンと同時ごろに職員として採用されたのが、2代目白鳥おじさんの小西です。小西は、フクロウの研究でクッチャロ湖に行った際に偶然山内さんに出会い、その後山内さんのもとで約1年白鳥について勉強したそうです。山内さんの推薦もあって職員となり、給餌活動も引き継いだと聞いています。
小西は大学やサークル活動でも鳥について勉強してきた人で、知識も豊富で愛も深い。
その後3代目として私が引き継ぎましたが、入職当初は鳥の知識がほとんどありませんでした。知識や調査方法など、全て2代目の小西から教えてもらいました。

まちの魅力を語れる子どもたちを増やしたい
水鳥観察館の職員として、給餌活動を引き継ぐ千田さんですが、実は岩手県ご出身。札幌にある北海道酪農学園大学在学中に、環境についての研究やフィールドワークで、浜頓別と繋がりができたそうです。そんな千田さんが、水鳥観察館で働く中でのやりがいの一つに、浜頓別の子どもたちとの関わりがありました。
ーー千田さんが浜頓別に来たきっかけは何だったのでしょう?
千田:大学時代、偶然自分の選択した研究室が代々クッチャロ湖の研究をしていて、それで浜頓別に実際に足を運んだのがきっかけですね。
小さい頃から野生動物が好きで、テレビで観たレンジャー(自然保護官)に憧れていたんです。野生動物を勉強するために進学した酪農学園大ですが、途中で興味が野生動物から環境に変わり、コースを変更。湖や海中にある栄養分などを研究していました。

千田:毎年のように浜頓別に訪れ、クッチャロ湖の研究と、地元の小学生を対象にした自然環境について学べる教育プログラム「ジュニアガイドアカデミー」を行っていました。プログラムの一つである「環境キャンプ」にも、大学時代から毎年参加していて、2日間子どもたちと関わる中で楽しさを感じていました。
修士課程を終えるころに町から「ここの施設の担当としてどうですか?」と声をかけられ、そのまま就職しました。もう、即答でしたね。
ここで働くようになってからも、ジュニアガイドアカデミーの企画は、年に約18回と盛んに行なっています。みんなで白鳥を観察したり、鮭の産卵や遡上を見に行くなど時期に合わせて企画していますね。

ーー子どもたちにとっては貴重な体験ですよね。ジュニアガイドアカデミーはどんな想いで行なっているのですか?
千田:浜頓別鳥は人口約3,400人弱の小さなまちです。子どもたちはまちを出て就職するのがほとんど。まちを出た後も、自分のまちは「何もない」ではなくて「うちのまちにはこんな魅力がある」って語れるようになれたらいいな、と思って活動しています。
年に2回ほど、子どもたちがジュニアガイドとして、ベニヤ原生花園でお客さんに花の説明をする機会があるんですよね。恥ずかしがりながらも、一生懸命に説明している姿を見た時は、感慨深かったですね。私の前では「嫌だ」って口にするんですが、本当に嫌なら当日来ないはず。子どもたちなりに覚えてきて、自分の口で説明しているのは嬉しいです。

千田:同じように環境に関わる活動をしている子ども同士の交流の場や、全国の子たちが集まる大きなイベントもあるんです。そうした場で「浜頓別町の魅力って何ですか」って言われたときに、「クッチャロ湖があります」「ベニヤ原生花園があります」「クッチャロ湖には“コハクチョウ”がいます」って、自分の言葉で言える。私としては価値のある活動だなと感じています。
多様な人たちが交わり、支え合うチームに
白鳥の命を守るバトンを受け取り、地元の子どもたちへもまちの魅力発見へ働きかける千田さん。今後の展望について伺います。

千田:まずジュニアガイドの課題としては、少子化にともなって参加者も減っている状況です。それでも、毎年子どもたちに新たな発見をしてもらえるように、楽しそうな企画を考えていきたいですね。
それと、鳥の調査活動の人手不足も課題です。他の地域だとチームで行なっている調査も、クッチャロ湖では、浜頓別町民は私と小西の2人しかおらず、近隣の方々に協力いただいております。「浜頓別チーム」を作れると、保護活動も調査活動も続けていける。
白鳥の給餌も含め、クッチャロ湖の環境管理は、山内・小西と、時代ごとに一人ずつ担ってきました。誰か1人が負担を抱える形だと、ほころびが出て、継続が難しくなってしまいます。いろんな人に水鳥観察館の活動を知ってもらって、興味がある人には参加してもらって・・いつまでもこの環境を守れるように、同じ意識を持った人や協力者を増やしていきたいです。
鳥をはじめとして、環境に興味のある多様な人たちが集まって、語り合えるチームになれば、できる活動も増えていくと思うんです。私一人では思いつかないアイデアや発想を、実現できるチーム体制をつくっていきたいですね。

お一人で大変な状況の中、先代の想いを継ぎ、クッチャロ湖の未来を見据えた活動を積極的に行う千田さんの姿が素敵でした。淡々とお話される姿の奥に秘めたアツい想いが感じられました。
「子どもたちが来年もまたジュニアガイドやりたい!と言ってくれる時は本当に嬉しいです」と語ってくれた千田さん。白鳥たちの命とクッチャロ湖の自然を守り、子どもたちや浜頓別の未来を見据えるあたたかな想いは、これからも広がっていくことでしょう。
施設情報
クッチャロ湖水鳥観察館
〒098-5739
北海道枝幸郡浜頓別町クッチャロ湖畔37
電話/FAX 01634-2-2534
営業時間 9:00〜17:00
休館日 月曜日、祝日の翌日、年末年始
入館料 無料