父から娘へ渡すバトン。マリナシーフーズが羽幌の未来につなぐ海の宝石
羽幌町事業者の想い
文:三川璃子 写真:原田啓介
ピチピチと元気に動く大量の鮭。午前7時、北海道・天塩(てしお)町で水揚げされた鮭は、次々とタンクに積まれていきます。取材でうかがった9月下旬は鮭漁のピークシーズンです。
賑やかな漁船のかたわらで、「今日の鮭は光ってる、また揚がるかもしれないね」と話す岡田拓郎さん。羽幌町で水産加工を営む有限会社マリナシーフーズの代表です。
「父は毎朝こうして船の様子を見にくるんです」と言うのは、娘のダンバー奈都美さん。父の姿を見て育ち、留学していた中国から帰国後、アメリカ人の旦那さまとともに家業に入りました。
「買って良かったと思われる商品を届けたい」
マリナシーフーズが追求するおいしさへのこだわりと、地域への想いに触れていきます。
鮮度が命。漁師が水揚げした魚をその日のうちに
マリナシーフーズでは筋子といくらをはじめ、ウニやナマコなど北海道北部海域で獲れる海産物の加工と卸を担っています。
ーー鮭はいつもどのくらい水揚げされるのでしょう?
岡田:その日によって量は変わりますが、1日5千〜1万匹くらいかな。今日は少ないから加工も昼くらいには終わりそうだね。
奈都美:1万匹揚がったら「お、来たね」という感じ。1万匹を超える時は加工に夕方までかかることもあります。
ーー水揚げした鮭はその日のうちに加工するんですね。
岡田:魚は鮮度が命。とにかく獲れたてを手早く加工して、鮮度の良い商品をつくるのが鉄則です。一番おいしい状態で加工できるよう、工場のキャパに合わせた量を見極めています。
奈都美:加工場に到着した鮭は一尾ずつ頭と腹を切って、内臓と卵を分けます。身は機械で洗浄してすぐに箱詰めし、取引先に発送します。加工用の卵は洗浄選別をする機械に入れ、その後は手作業で独自の味付けをしていくらや筋子にしていきます。
インドネシアの実習生を合わせた16名ほどのスタッフが、手際良く作業してくれるんです。
ーー岡田社長が毎朝羽幌から天塩町の港まで、車で往復2時間かけて船の様子を見にくるのはなぜですか?
岡田:水揚げ量を早めにチェックして、加工量や取引先への分配量を確認するのがひとつ。もうひとつが、ツヤや大きさなど鮭の状態を見ること。
鮭の状態を見ると、その後の大まかな漁獲量も見当がつくんですよ。これは長年の経験で培ったもの。
今日の鮭は光っていたから、まだ来そうだね。
ーー鮭が光っているというのは?
岡田:まだ若くてピチピチしてるってこと。若い鮭はサイズが小さいけど、水揚げされる量は多い。魚体が大きくなるにつれて、今シーズンは終わりかなというサインになります。
マリナシーフーズでは、漁業組合の船と随意契約※で鮭を仕入れているそう。鮮度へのこだわりが叶うのは、信頼できる漁師の存在が大きいと岡田社長は言います。
※随意契約とは競争入札の方法によらないで、任意に特定の相手方を選択して締結する契約方法のこと
ーー北るもい漁協で水揚げされる鮭の特徴はありますか?
岡田:地元の鮭はオホーツク海と日本海が混ざったような鮭って感じがするね。それぞれの良さがかけ合わさっているって言うのかな。
「北るもい漁協で獲れたオスをください」って言われるくらい、おいしさはお墨付き。北るもい漁協の漁業は歴史もあるし、信頼も厚いんですよ。
ーー毎日水揚げ量に変動があると調整が大変そうです。随意契約をしている背景は?
岡田:地元には買い付け人がいないんです。昔は漁師が鮭を一匹ずつ木箱に詰めて、石狩や釧路に送っていたため、鮮度を保てませんでした。
うちならタンクごと送ってもらえば、加工と卸に振り分け、新鮮なまま加工できます。そこで漁業組合から声をかけていただいたんです。
水揚げ量の変動に左右される部分はありますが、横のつながりを大切に、取引先を優先しつつ、うまく調整していますよ。
岡田:私たちが契約してる船は、鮭を生きたままの状態で運んできてくれます。水揚げの時に鮭が跳ねていたでしょ?
あれは漁師が獲れた鮭を丁寧に扱って運んでいる証拠。だから信頼して長くお世話になっています。
娘たちの名前から生まれた「マリナシーフーズ」
「浜に行って、みんなと話すと一緒に頑張る意識が根付いていく」という岡田社長。港でも地元漁師を見つけると、コミュニケーションを取っていました。
水産業歴45年の岡田社長が、マリナシーフーズを始動したのは約7年前のことでした。
岡田:父が苫前にある「丸や岡田商店」を営んでいました。私は羽幌の工場を任され45年ほど働いていました。今は兄が社長として経営しています。
私もずっとそこで働いていたけど、父に資金を渡されて始めたのがこの会社です。
会社名は娘二人の名前「真梨代(まりよ)」と「奈都美(なつみ)」から取って、「マリナシーフーズ」と名付け、2017(平成29)年に始動しました。
ーー当初から今と同じ商品を手がけていたのですか?
岡田:最初は筋子を1日2トン程つくっていました。夜中の12時すぎまで仕事をして、毎朝5時に港に行く生活。毎日睡眠不足だったね。
当時は扱っていたのは鮭だけで、シーズンが終わったらクローズしていたんです。せっかくなら年中稼働したいし雇用も守りたいと、タコやナマコなどの加工も始めました。
「マリナシーフーズがスタートした頃の父はかなり大変だったと思います」という奈都美さん。娘である奈都美さんと真梨代さんは、2018年頃(平成30年)からマリナシーフーズの一員に。当時の思いを岡田さんが語ってくれました。
岡田:うちの会社は動き出したばかりだし、娘とこれまで羽幌工場で働いていた従業員のみんなは兄の会社で働く選択肢もありました。「最初は売り上げが厳しいかもしれないけど、どうする?」って聞いたら、うれしいことにみんなついて来てくれたんですよね。
「みんなのために頑張らなくちゃ」って気持ちをあらたにしましたよ。
家族の絆が、羽幌の未来につながる
父のもとに娘たちが集い、家族の力を合わせて進み出したマリナシーフーズ。娘の奈都美さんは「家族だからなんでも言い合える分、ぶつかることもあります」といいます。
奈都美:新しい商品を提案した時に、父と意見が割れることもあります。お互いの意見を尊重しつつ「二つとも出してみようか?」と、落とし所を探っています。
任せられる機会も増えてきましたが、基本的には家族全員に意見を聞きますし、最終確認は社長である父にお願いしています。
父は妥協を許さないし、徹底的にこだわり抜きたい人ですが、体は一つしかありません。その分、私たちが動いて理想の形を追求できたらと思います。
ーー家族の役割分担は?
奈都美:父が経営全般、姉が経理、私がふるさと納税を担当し、夫が製造にたずさわりながら、父の仕事を少しずつ引き継いでます。
製造にたずさわる奈都美さんのご主人はアメリカ出身。中国留学中に出会い、奈都美さんが帰国するタイミングで入籍し、ともに羽幌へとやってきました。
ーー言葉や文化の違いなど、ご主人は大変なことも多かったのでは?
奈都美:夫は当時日本語が話せなかったので、苦労したと思います。
日本語学校に通う話も出ていましたが、仕事で忙しくしている間に時が過ぎて・・今は不便なく話せています。
彼も父と同じく負けん気が強いタイプなので、仕事に熱くなりすぎることも(笑)
奈都美:私たち次世代は、魚だけでは経営が難しくなってくると思います。どうやって前に進んでいくか、夫と試行錯誤していく必要があります。
父が守ってきたものは、私たちが守る。父が積み上げてきた事業を大切にしながら、私たちにできる新しいことを模索していきたいですね。
ーー奈都美さんが新しく手がけたことはありますか?
奈都美:息子が通う幼稚園の園児を呼んで、工場見学を開催しました。
子どもたちはタコに興味津々。実際にさわったり、作業現場を夢中で見てくれました。見学で使ったタコは茹でて、たこ焼きにし、幼稚園で振る舞ったんですよ。
「将来ここで働きたい!」と言ってくれた子もいて、うれしかったですね。
父が幼い私にしてくれたように、羽幌だからこそできる体験を子どもたちに向けて提供していきたいなと思っています。きっと未来の何かにつながるんじゃないかな。
羽幌のおいしさを、これからも
終始笑いに包まれ、家族の仲の良さが伝わってきた取材現場。奈都美さんが「羽幌を背負う」気概で取り組むふるさと納税は、新たな転機にもなったそう。
奈都美:ふるさと納税を担当して感じるのは、「羽幌ならではのおいしさを体感してほしい」ということですね。私たちはいわば羽幌を背負って返礼品を出しています。期待に応えられるよう細部まで気を配っています。
奈都美:手元に届いた時に寄付者の方をがっかりさせたくない。もしかしたら、家族の特別な日の手巻き寿司で使うかもしれない。絶対に喜んでもらえるようにしたいし、「やっぱりマリナシーフーズの商品はいいね」って思われたいですね。
ーーデスクの下の梱包材やリーフレットが奈都美さんの試行錯誤の様子を写してますね。アイデアの宝庫というか。
奈都美:今まで小売は手が回らなくて動けていなかったので、ふるさと納税をきっかけにどんなニーズがあるのか?どんな箱だと見映えがいいのか?調べて取り寄せて、試行錯誤しています。
奈都美:これまで手がけてきた商品がたくさんあるので、復刻版や既存商品の掛け合わせも考えています。飽きさせないような仕掛けをしていきたいです。
今構想しているのは、いくら醤油漬けの食べ比べセット。黒醤油や昆布醤油など種類によって、味が全然違うんですよ。
最近は羽幌でマグロが水揚げされるので、商品化して少しずつ羽幌のブランド化ができたら、とも考えています。商品を通して、「もっと羽幌を知りたい」と思うきっかけになったら嬉しいですね。
ーー奈都美さんが「羽幌町」への貢献の視点を忘れないのはなぜですか?
奈都美:羽幌って思っていたよりも住みやすいし、子育てしやすいんですよ。
例えばスーパーで子どもが泣き叫んだとき、「久々に子どもの泣き声聞いたよ、元気だね」と声をかけてくれるおじいちゃんがいたり。あったかい環境ですよね。
もうひとつ外に出てみて気づいたのが、「羽幌ってこんなにおいしいものが溢れていたんだ!」ということ。
羽幌のおいしさを伝えたいですし、羽幌を訪れる選択肢の一つになれば嬉しいです。
岡田:最近は海の変化も激しくなってきて、できる範囲のことをやりながら、なんとか売上も保っている状態です。
そんな状況ですが、俺がいなくなっても娘たちがいる。
あと10年、15年頑張って、バトンタッチできるようにと思っていますよ。
「喧嘩も刺激になりますから、父の長生きの秘訣かもしれないですね」と、奈都美さんは笑いながら話してくれました。お父さんからのバトンを、次世代を担う娘たちが受け取る。取材中、家族それぞれを思い合う言葉が飛び交い、胸が熱くなりました。
早朝に鮭の水揚げから加工までの工程を見学し、その後に試食した新鮮ないくらの味は格別。口のなかでプチプチと弾ける食感がたまりませんでした。
マリナシーフーズはこれからも、羽幌からどこにも負けないおいしさを届けていきます。
Information
有限会社マリナシーフーズ
〒078-4102 北海道苫前郡羽幌町南2条2丁目7
TEL:0164-62-5515