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羽幌町

父の背中を追いかけて。梅月が守る懐かしい「羽幌の味」

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父の背中を追いかけて。梅月が守る懐かしい「羽幌の味」

羽幌町事業者の想い

文:三川璃子 写真:原田啓介

小さい頃から慣れ親しんだ地元の味。昔から変わらない、あなたの思い出の味はありますか?
 
オロロンラインに面した羽幌町「御菓子司(有) 梅月」は、大正12年から受け継がれる老舗菓子店です。
お店に入ると、店主の小原健嘉さんと常連のお客さんが楽しそうに話していました。

「父の同級生で、いつもお店を利用していただいている方なんです」と小原さん。4代目として、先代が培ってきたお店とお客さんのつながりを守っています。
「父の同級生で、いつもお店を利用していただいている方なんです」と小原さん。4代目として、先代が培ってきたお店とお客さんのつながりを守っています。

遺言と共に引き継がれるレシピ。大正生まれの「金時羊羹」

大正12年に創業した梅月。今も人気商品の「金時羊羹」や「オロロン最中」は、初代である小原為次郎さんが生み出したものです。歴史あるお菓子を守りつづける小原さんに、これまでの歩みを伺いました。
 
ーー創業からこれまでの歩みをご存知の範囲で教えてください。
 
小原:創業時のことはあまり詳しく知らないのですが、初代・小原為次郎が富山から小樽、留萌と少しずつ北へ移り、最終的にたどり着いた羽幌で商売を始めたと聞いています。

小原:父からは、炭鉱時代の話をよく聞きました。羽幌はかつて炭鉱で栄えた町。昭和20年頃までが最盛期で、映画は札幌よりも先に羽幌で上映するほど、文化も栄えていたそうです。父の年代の人たちはみんな「あの頃は本当によい時代だった」と。
 
ーー炭鉱が栄えた時代に生まれた商品も多かったのでしょうか?
 
小原:炭鉱が栄えた時代には、すでに「金時羊羹」や「オロロン最中」など、初代から受け継がれた商品がありました。天売・焼尻島を象徴する「赤岩餅」も。炭鉱時代は力仕事の方も多かったことから、甘いものが好まれたそうです。
 
今もなお、梅月の主力になっている商品が多いですね。

小原:個人的に特に思い入れがあるのは、やっぱり「金時羊羹」ですね。羽幌銘菓として、多くの方に親しまれる商品です。久しぶりに羽幌を訪れた方も「この羊羹、懐かしいね」と、言ってくださいます。
 
大正時代から作られてきた「金時羊羹」が、さまざまな人にとって“思い出の味”になっているのは嬉しいです。
 
ーー「金時羊羹」のこだわりの製法を教えていただけますか?
 
小原:大正時代に羽幌町で、金時豆が豊富に採れたことから生まれた商品です。当時から変わらぬレシピで、小豆を自社で炊いて、濾して、絞って・・という工程を、朝から手作業でおこなっています。

ーー製法を変えず、時代を超えて引き継がれるのは本当にすごいですね。
 
小原:父と母は初代・為次郎から「羊羹や最中をなんとか守っていってほしい」と、遺言をもらったそうです。3代目の父は遺言通りに当時の製法を継ぎ、私が4代目を継いだ今も変わらぬ製法で作っています。
 
梅月の「金時羊羹」はリピーターのお客さんがわかるよう、パッケージも昔から変えていません。時代に合わせて唯一、変更したのは「サイズ」でした。かつては大きい1本の羊羹しかありませんでしたが、今は「ミニサイズ」の羊羹も販売しています。

小原:ミニサイズは一つずつ小さい型に流し込んで、豆も一つずつ手作業で入れるんです。梱包のサイズも小さいので、正直大きいサイズを作るより、手間も時間もかかります。
 
金時羊羹の味や製法は変えずに、時代にあったアプローチをするには?と考え、いろいろな方に相談しました。一人暮らしの方が増えている時代背景に合わせ、試行錯誤の結果ミニサイズが生まれました。


ーー梅月さんの商品は、和菓子だけでなく洋菓子や羽幌ならではの商品も多いですよね。
 
小原:
そうですね。洋菓子は40年ほど前に、父の代からはじめました。今は私が和菓子担当、もう1人の職人さんが洋菓子担当で製造しています。
 
羽幌ならではの「黒いダイヤ」は、炭鉱をモチーフに平成25年につくられた商品です。炭鉱のまちとしての羽幌を知ってほしい、盛り上げたいという想いがあって。
 
「オロロンサブレ」や「オロロンの街(最中)」など、羽幌の天売島に生息するオロロン鳥を型取った商品もあります。羽幌のお土産品として人気の商品ですね。

お店をここで終わらせるわけにはいかない

大正から令和まで、いくつもの元号をまたぎ愛されてきた梅月の商品。令和の今も変わらぬ味を楽しめるのは、代々お店を守ってきた人がいるからです。4代目を継ぐ小原さんもその1人です。
 
ーー小原さんが家業を継がれたのはいつ頃ですか?

小原:高校卒業後は漠然とお菓子の道に進んで、北海道千歳市の菓子メーカー「もりもと」で働いていました。父も修行していたご縁があって。
ところが就職して5年くらい経った頃、父が病気になり、急遽羽幌に帰ってくることになったんです。
まだまだ世代交代するような時期じゃなかったんですけどね。

昔から家に飾られていたという看板、この裏には梅月創業の歴史などが書かれているとのこと。
昔から家に飾られていたという看板、この裏には梅月創業の歴史などが書かれているとのこと。

ーー突然の世代交代は容易ではなかったと思いますが、小原さんは当時どんなお気持ちだったのでしょうか。

小原:父が病気をしたと聞いたときは、「ここでお店を終わらせるわけにはいかない」と思いました。父と母が一生懸命店を守り、働きつづける姿を近くで見ていましたから。

自分で店をこれからも続けていきたい、羽幌でまた一花咲かせようと決心したんです。

戻ってきてすぐ、父とともに店舗の建て替えと工場の新設をしました。借金を抱えるので、もう逃げられない。

「なんとかしなきゃいけない」と、あえて自分を追い込み、覚悟を決めました。

父とは5年ほど一緒に働き、その間に梅月に代々伝わるレシピなどを学びました。本当はもっと長く一緒に働けたらよかったんですが・・こればかりは寂しい限りです。

ーー小原さんにとってお父様はどんな存在でしたか。

小原:父はなんというか、誰とでも仲良くできる人でした。お客さんとの繋がりを本当に大切にする人。今でも父の友達がお店に来て、応援してくださるので、ありがたい限りです。
 
父の存在は相当大きいもので、亡くなってからさらに、その偉大さを感じています。父はかなり苦労して商売していたと思います。それでもここまで続けてきた。いつか父を超えようという気持ちで、日々挑んでます。

先代への感謝を忘れず、心と心が通うお店をこれからも

突然の家業引き継ぎに、お店の建て替え・・想像できないほどの覚悟を持ち、苦しい場面に立ち向かった小原さん。それでも取材中は「一生懸命、楽しく働くことが1番です」と終始明るく語ってくださいました。最後にお店づくりで大切にされていることと、今後の展望について伺いました。

小原:商売なので良い時も悪い時ももちろんあります。苦しいときこそ、楽しく一生懸命やることが大切。どんな壁があっても、乗り越えないといけないのは変わりませんから。
 
常に元気に楽しく働くことを意識してますね。


ーー「元気に楽しく」を心がけるのはなぜですか?
 
小原:お菓子づくりってレシピ通りの配合で作っても、イライラして作ると全く違うものができてしまうんですよ。父や「もりもと」の上司にもよく言われました。
 
「いいものを作りたい」という明るい気持ちで、何事も挑んで行けばうまくいく。
 
簡単なことではないですが、1日1日お客様の「美味しかったよ」や「また送ってね」という言葉をエネルギーにしています。

ーー地元にはどんな想いがありますか?
 
小原:生まれ育ったまちなので、想い入れはありますよね。人口減少が進んで過疎になっていくのは仕方ないことですが、共に「元気」でいることはできる。
 
「羽幌町にまた来たいね」って言われるようなまちを維持していきたい。私もお菓子づくりで町に貢献できたらと思っています。
 
5年ほど前には、隣町の苫前商業高校の生徒たちとコラボで商品をつくりました。苫前町で採れる栗味かぼちゃと米粉を使用したマドレーヌ「カボレーヌ」という商品です。高校の販売会のみでなく、定番商品として店頭で販売しています。
 
こうしたきっかけから、苫前商業高校の卒業生や親御さんも買いに来てくれるようになって。嬉しいですよね。


ーー長い歴史のあるお店だからこそ、大切にしていることはありますか?
 
小原:父や先代がこれまで築いてきた、お客様との関係性です。都会と違って、一見さんは少ないお店です。お客様との“信頼関係”があるからこそ、こうして営業できる。
 
これからも、きちんとお客様と心と心が通じ合う商売をしていきたいです。
 
ーー今後の展望を教えてください。
 
小原:地域にあった店づくりをして、先代の味を守りつづけることが私の仕事。
 
これまでずっと商品は全て「手作り」でやってきました。幅を広げず手作りの良さを大切に、お客様に求められるもの、地域に合うものを届けたいですね。
 
先代からバトンを受け取った以上、次に渡せるように頑張るのみです。

取材後の帰り際。私たちの車が見えなくなるまで、お店の外に立って挨拶してくれた小原さん。そんな小原さんの姿に「羽幌に来たらまた伺おう」と、あたたかな気持ちで帰路につきました。
 
金時羊羹をお土産に祖母の家を訪ねたところ「亡くなったじいちゃんが、昔買ってきてくれた羊羹だよ。懐かしいね、嬉しいね。」と教えてくれました。パッケージも味も、当時のままだったからこそ生まれた会話でした。
亡き祖父のことを思い出して食べた羊羹は、とても懐かしく優しい味でした。
 
小原さんはこれからも、たくさんの人々の思い出の味を守りつづけていきます。

店舗情報

有限会社梅月
〒078-4108 
北海道苫前郡羽幌町南大通2-6
TEL・FAX:0164-62-2272

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