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絶滅危機からの復活。まちをあげて取り組む、羽幌町海鳥保護の奇跡

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絶滅危機からの復活。まちをあげて取り組む、羽幌町海鳥保護の奇跡

羽幌町プロジェクト

文:三川璃子 写真:原田啓介

オロロンラインに沿って海を眺めながら羽幌町へ向かう道中、大きなペンギンのような鳥のモニュメントが出迎えてくれます。羽幌町のシンボル「オロロン鳥(ウミガラス)」と呼ばれる海鳥です。

世界でも有数の海鳥の繁殖地である羽幌町。ですが、2000年代にはウミガラスの数が10数羽まで減少する危機的状況にありました。

「鳥を守るには“対自然”ではなく、“対人”で考えなきゃいけない」ーーそう想いを語ってくれた北海道海鳥センターの石郷岡卓哉さん。海鳥絶滅の危機から、復活までの道のりをうかがいます。

羽幌オロロンラインに設置された、オロロン鳥のモニュメント
羽幌オロロンラインに設置された、オロロン鳥のモニュメント

自然は見るものであり捕るものではない

「子どもたちが気軽に遊びに来れる距離だからこそ、もっと海鳥に興味を持ってもらいたい」と話す石郷岡さん。北海道海鳥センターの中に入ると、工夫をこらした子ども向けの展示が随所に見受けられます。日本で唯一の海鳥専門施設である海鳥センター。どのような背景で羽幌に設立されたのでしょうか。

ーー北海道海鳥センター設立の背景を教えてください。

石郷岡:海鳥の数がだいぶ減った頃、1997年代に本格的に保護活動が始まったのと同時期くらいに、この施設もできました。施設自体は環境省のものですが、運営しているのは羽幌町です。

環境省は主に保護増殖事業、私たちはこうした展示を使った普及活動をメインにおこなっています。来館者に海鳥のことを伝えるのはもちろん、羽幌の子どもたちへの環境教育も担っています。

ーー子どもたちの環境教育は、どんなことをしているのですか?施設内に子ども向けの展示もたくさんありますね。

石郷岡:私がここに来た当初は、子ども向けの展示が少なかったんです。通常ネイチャーセンターは、保護対象の動物の生息地にあるのがほとんど。一方、海鳥センターは道の駅の隣で、住宅街からも近いところにあります。近所の子どもたちが放課後などに自転車で気軽に来れる距離。逆にメリットだなと思って、「まずは子どもたちが楽しめる展示を作ろう」と思って始めました。

本物の海鳥と同じ重量で作られたぬいぐるみ。持ってみるとかなり重くて驚きます。
本物の海鳥と同じ重量で作られたぬいぐるみ。持ってみるとかなり重くて驚きます。

石郷岡:展示物では、海鳥が漁網に引っかかってしまうことを体験できる仕掛けなど、子どもたちが面白がれる仕掛けをつくってます。段ボールでつくったトンネルに、漁網にみたてたゴム紐を張りめぐらせて、鈴をつけました。子どもたち自らが「海鳥になった気持ち」で、鈴を鳴らさないようにトンネルをくぐって遊ぶんです。

展示を始めてから、徐々に子どもたちがここに集まり始めました。特に興味を持った子どもたちは、僕の仕事を真似て来館者に展示を解説して回ったり、保護した鳥の世話もしてくれるように。

より責任持って活動してもらおうと、子どもたちに「ジュニアレンジャー」として名札を作って渡し始めたんです。そうしたら、ちょっと人気が出過ぎて、定員オーバーするくらい、施設が子どもたちで溢れたこともありました。

ーー子どもたちが積極的に行動してくれるように促すのは相当大変だと思うんですが、関わりの中で石郷岡さんが大事にしていることはありますか?

石郷岡:僕自身が小さい頃に、横浜自然観察の森でジュニアレンジャーとして野鳥観察とか自然観察の活動をしていたんです。それがきっかけで、「羽幌の子どもたちも同じような経験ができたらいいな」という想いでやってます。

昔から自然が好きで、虫とか魚を捕ったりしてたんですけど、子どもの頃に出会ったレンジャー※が「自然は見るものであり捕るものではない」って教えてくれて。自然への接し方が変わったんですよね。今でもそういった実体験は大事にしてます。

※レンジャーとは自然保護や調査などを進める専門職の人のこと

絶滅を危惧された海鳥、復活までの道のり

海鳥センターが設立され、少しずつ子どもたちが海鳥に興味関心を高める一方、保護増殖活動の道のりは決して平坦ではありませんでした。約8,000羽以上いたウミガラスが13羽に減少。絶望的な状況をどのように乗り越えていったのでしょうか。

石郷岡:オロロン鳥は羽幌で一番有名な鳥で、正式な名前はウミガラスっていうんですよね。他にも海鳥は全部で8種類いて、その一つひとつが貴重な種です。

ウミガラスは1963年には8,000羽(推定)を超えていたそうなんですが、餌の減少や漁網による混獲などがあり、60年代後半にはウミガラスを含む海鳥が激減。2002年にはウミガラスが13羽まで減りました。

ーー13羽?そんなに減ってしまったんですね。

石郷岡:1987年以降、環境省や北海道、羽幌町などが中心に保護活動をずっと続けていていましたが、すぐには回復しませんでした。あらゆる手を尽くしても減ってしまい、苦しい時期だったと思います。「このまま絶滅しちゃうのかな」って雰囲気もありました。

ーーそんな苦しい状況の中、保護増殖のために具体的にどんなことをしていたのですか?

石郷岡:ウミガラスは群れで繁殖する生き物なので、そもそも仲間がいないといけない。そこで「デコイ」という実物大の鳥の模型を置いて、鳴き声を流すなどしました。鳴き声は、羽幌に生息しているウミガラスの鳴き声を使うなど、試行錯誤しましたね。

石郷岡:何が原因で減っているのか?今どのくらいの数がいるのか?調査するために、カヤックを使って繁殖場所である崖近くに行ったり。危険にさらされながらカメラを回しに行くこともありました。

僕も当時、保護活動や調査を手伝っていたんですけど、最初は何をやってもうまくいかないような状況でした。卵や雛が産まれても、カラスやセグロカモメに持っていかれて、せっかく繁殖しても数が増えない。そんな状況が何年か続いていました。

ーーハードな調査だったんですね。やっとウミガラスの数が戻ってきたなと感じてきたのはいつ頃ですか?

天売島に生息するウミガラス
天売島に生息するウミガラス

石郷岡:2013年ごろに方針を転換して、カラスなどの「捕食者対策」を始めてから、少しずつ数が回復していきました。でも、「生き物を守るためにもう一方の生き物を捕獲する」というのは、なかなか苦しい選択で・・。当時はいろんな葛藤があったと思います。

環境省だけでなく、海鳥の専門家や研究者が検討会を開き、さまざまな意見をもらいながら、みんなで支えあって進めました。それぞれの努力が重なり合って、順調にウミガラスの数も増え続け、今年はようやく100羽を超えました。この対策がなかったら、今の羽幌にウミガラスはいないでしょう。

ーー皆さんの努力が実を結んだんですね。その後も順調に数が増えていると聞き安心しました。

石郷岡:ただ、羽幌はウミガラス以外にも貴重な海鳥が繁殖する場所です。ウミガラスの保護対策が進む中で、他の海鳥たちの減少は続いていました。カモメの仲間の「ウミネコ」の数が大幅に減ってしまう問題にも直面しました。約3万あった巣が1番少ない時で1,000をきってしまうほど。

原因は餌の減少や、雛を襲ってしまう野良猫の増加などでした。

動物愛護団体や獣医師会に協力してもらいながら、保護した野良猫を飼い慣らし、里親を見つける方向に。2012年には、飼い猫と野良猫を区別する「天売島ネコ飼養条例」も制定しました。各方面から力を貸してもらったおかげで、130匹中126匹の譲渡が決まり、今島に野良猫はほとんどいません。ウミネコの数も順調に回復し、つがいは2,000ほどに増えました。

野良猫の対策は、僕がここに来る前の1992年から取り組んでいて、ほぼ解決するのに30年かかっています。悪戦苦闘する中で、まちだけでなく愛護団体など、さまざまな人たちの助けが復活の突破口になりましたね。

自然を守るため「人」に目を向ける

ひと筋縄では行かなかった海鳥保護への道のり。順調に数は増えていますが、今後も海鳥を守るためには、「まち全体で自然環境を整えていく必要がある」と石郷岡さんは話します。

石郷岡:直接的な保護活動を進めて海鳥の数が増えても、そこに住む自然環境が良好じゃないと、海鳥たちは生きていけないんです。

石郷岡:地域の自然を守るためには、多くの人の協力が必要です。対策の一つとして2018年に「シーバードフレンドリー認証制度」がスタートしました。環境に優しい取り組みをした事業者の商品に認証をつけて、付加価値を高める取り組みです。事業者にも環境にも良い仕組みをつくろうと、進めています。

ーー今はどんな事業者さんが登録しているんですか?

石郷岡:制度を立ち上げて最初に登録されたのは、網漁による海鳥混獲を防ぐ網の開発に協力している「北るもい漁業協同組合」です。海鳥がかからない網は、今もなお開発中ですが、ゆくゆくはこの網で獲れた魚に「シーバードフレンドリー認証マーク」を付けて販売できたらいいなと思っています。他にも、通常の半分以下の農薬でお米を栽培している「上築有機米生産組合」など、全部で4団体が登録しています。

まだまだ登録事業者を増やしていきたいと思っていて、シーバードフレンドリー協議会で新たな仕組みや改善を試みているところです。海鳥センターもまちの環境に関する窓口のような位置付けに変わって、町民はもちろん、色んな人の意見をいただきながら進めています。

ーー保護活動同様、協議会でも​​いろんな方が関わりながら進めているんですね。さまざまな人が関わることで大変な面もありそうですが・・。

石郷岡:そうですね、自然を守るって“対自然”な感じがするんですけど、実際にやっていることは“対人”なんです。いろんな人を集めて、その人たちの意見を聞きながら、調整して進めるって、なかなか難しいんですよね。僕もそういうのが元々得意な方ではないので、苦労はしています。

一部の研究者だけの力では限界があります。環境という大きな問題は、みんなで取り組まないと変わっていかないと思うんです。重要なのは関わる人を増やしていくこと。なので、さまざまな人を巻き込む仕組みは、これからも増やしていきたいと思ってます。

地域環境を守る応援者を、増やしたい

ジュニアレンジャーの取り組みをはじめ、地域内で関わる人を増やしながら、自然を守る活動を進める石郷岡さん。今後の展望についてうかがいます。

石郷岡:羽幌町が「海鳥をはじめとした地域の自然環境を守るまち」として、多くの人に認識されていって欲しいなと思ってます。もっと言うと、まちだけじゃないですね。この留萌管内が自然に優しい地域だと認識されて、都市部に暮らす人たちと交流が生まれ、応援してくれる流れをつくりたいです。羽幌町や留萌管内に「応援人口」が増えて、盛り上がってくれたらいいなと思います。

ーー応援人口って素敵ですね。関東圏の水族館とも連携していると知り、既に応援人口が広がっているのかなという印象を受けました。

石郷岡:葛西臨海水族園とパートナーシップ協定を結んでいて、普及啓発や調査研究の相互連携をしています。葛西臨海水族園では水槽を使って、海鳥が混獲されにくい網の実験をおこなったり、海鳥の生態を明らかにするための調査など。実際に現地に来て、ケイマフリ※の巣穴にカメラを仕掛け、どのような子育てをするのか、保護に役立つ調査に協力してくれています。

※ケイマフリは、チドリ目ウミスズメ科に分類される海鳥の一種。日本では北海道の一部(天売島や知床半島)に生息している。

石郷岡:葛西臨海水族園では、講演会やパネル展などを通して、より多くの人に海鳥の普及啓発ができるので、すごくありがたいです。今まで羽幌を知らなかった人が知るきっかけになることも多くて、嬉しいですね。

今もなお、海鳥保護のために毎年危険な調査を続けるレンジャーたちがいます。僕は、普及啓発という側面からバックアップしていきたいです。

「海鳥って水に潜ることもできるし、飛ぶこともできる水陸両用で最強の生き物だと思うんですよね。なかなかこんな生き物いないですし、貴重な海鳥が身近にいる羽幌は、他の地域にも負けない素晴らしい自然環境ですよ」という石郷岡さんの言葉の節々に、海鳥への愛を感じました。

関わる人たちが一丸となって、前を向き続けたからこそ守られた海鳥と羽幌の自然。その想いは未来にもつながっていくことでしょう。

施設情報

〒078-4116  
北海道苫前郡羽幌町北6条1丁目
電話      0164-69-2080
開館日     火曜日から日曜日
休館日  月曜日、祝日の翌日、年末年始
営業時間  (4月-10月) 9:00-17:00、(11月-3月)9:00-16:00
入館料  無料

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