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猿払ならではの体験を。ヤマトさるふつ観光が紡ぐ地域のストーリー

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猿払ならではの体験を。ヤマトさるふつ観光が紡ぐ地域のストーリー

猿払村事業者の想い

文:三川璃子 写真:原田啓介

「地元のものを使って、よそにないものを」ーー猿払村の食材を使い、アイデア溢れる商品を生み出す観光会社があります。1982年創業のヤマトさるふつ観光です。ホタテと牛乳を組み合わせた「さるふつ鍋」や「帆立のり」は、多くの人に愛され、メディアにも大きく取り上げられるほど。

土産店、レストラン、ホテルの運営も行うヤマトさるふつ観光ですが、もともとは小さなソフトクリーム屋さんから始まったといいます。約40年間に渡り、猿払村の「観光」を担う、ヤマトさるふつ観光会長 鳥谷部徹雄さんにお話をうかがいました。

猿払村に観光の仕組みを

かつて、貝殻販売や乳酸飲料、タクシー事業など数多くの事業を興したという鳥谷部さん。猿払村を含む宗谷管内、道北地方ではまだ観光業が盛んではなかった時代に、事業を始めようと思ったのは、なぜだったのでしょうか。立ち上げまでの道のりをひもときます。

鳥谷部:ヤマトさるふつ観光を始める前は、札幌や苫小牧など各地で色んな事業をやっていました。貝殻の販売や運輸業、寝装寝具の販売、タクシー業など。時代に合わせて、流行を先取りする戦略で新しい事業を立ち上げましたね。例えば、寝具の販売は「マイカー」「マイホーム」が流行った時代に合わせて始めた事業。これから家を買う人に向けて寝具も絶対売れると思ったんです。それぞれ色んな要因があって辞めてしまったけれど、どの事業でも損したことは一度もないです。

ーーそんなに多くの事業を立ち上げて来られたんですね。驚きました。
その後どのような流れで猿払に戻り、観光業を始められたのでしょうか?

鳥谷部
:北海道全体に観光の流れが来ると思ったんです。約40年前は、函館や札幌には観光があったけれど、猿払や稚内など道北は観光において未開の地。当時、旅行会社の友人に「もう少しで道北の観光が熱くなる。利尻島、礼文島への旅行ブームが来そうだぞ」って言われたんです。「道北旅行のブームを掴むために、何か猿払観光のきっかけを作っておいた方がいい」と言われ、猿払で観光を始めることにしました。

もう一つきっかけとして大きかったのは友人や兄弟の言葉。「他の地方で事業をやって有名になっても、地元猿払で何やってるかわからない人で終わるのは違うんじゃないのか」って言われたんです。「生まれ育った猿払に恩返ししたい」という気持ちもあり、猿払に戻ろうと決意しましたね。

猿払に戻って、最初にはじめたのは小さなソフトクリーム屋さん。当時、北海道でもソフトクリームが食べられるのは札幌、旭川くらいで、近隣の稚内や紋別、北見、網走にはありませんでした。「よそがやってないものこそ、やるべきだ」と思い、ソフトクリーム屋さんの立ち上げに踏み切りました。

結果、地元の人にも人気の店になり、観光客も立ち寄るる場所になりました。そこから派生して、少しずつ観光客向けにレストランを作り、土産店、宿の運営など多岐に渡って事業を広げていったんです。

猿払の食材を使わなきゃ意味がない

小さなソフトクリーム屋さんから、猿払へ観光の流れを作ったヤマトさるふつ観光。その後、レストランやホテルの運営をする中で、観光客に向けたオリジナル商品の開発も行っていきました。

鳥谷部:観光客が少しずつ猿払村に流れるようになって、もっと猿払村のものを食べてもらいたいと思うようになったんです。猿払村はホタテの町。だから、ホタテを使った何かを作るべきだと思いついたのが「ホタテ鍋」です。「鍋」ってどこでもあるもの。だから他とはちょっと違うものを作りたくて、試行錯誤しました。

ある時、ホタテの貝殻を鍋に見立てて使おうと思いついたんです。知り合いのホタテ加工場から特大の貝殻をもらって、取っておいたのがヒントになりました。他にはない見た目もあって大好評。ですが、農家の方がこの鍋を食べた時、「猿払村の産業は、漁業だけじゃないよなぁ」って、ボソっと言っていて。ハッとしましたね。ああ、ここは酪農も有名な村だよなぁって。改めてホタテ鍋を見直すことにしました。

酪農の要素も組み合わせて、鍋を作れないかと考え、水の代わりに牛乳を使ってみよう、とひらめいたんです。でも牛乳を使うだけでは、味に深みがでない。研究を重ねた結果、味噌と牛乳の組み合わせに辿り着きました。

さるふつ鍋(写真提供:ヤマトさるふつ観光)
さるふつ鍋(写真提供:ヤマトさるふつ観光)

ーー牛乳とホタテの組み合わせはとても斬新ですね!

鳥谷部
:当初「牛乳鍋」と名付けていたのですが、ここでしか食べられない鍋として「さるふつ鍋」に改名しました。旅行会社関係の方にも「これは全国探しても他にない料理だ」と言われて、とても嬉しかったですね。この鍋がひとつの売りになり、稚内から片道1時間かけて来る方も増えました。観光客が猿払に来てくれるきっかけが作れたと、実感しましたね。

ーーさるふつ鍋以外にお土産品でも、ヤマトさるふつ観光さんのオリジナル商品があると伺いました。

鳥谷部
:うちの人気商品「帆立のり」ですね。これは、持ち帰りできるお土産品が欲しいと思って作ったものです。さるふつ鍋と同じく、名産のホタテをどうにか生かしたくてね。

アイディアを探していた時、子どもの頃から食べていた「江戸むらさき(ごはんですよ)」を思い出したんです。時々「なんかちょっと物足りないなぁ」と感じていたので、ホタテの干物とつくだ煮海苔を組み合わせるのはどうだろうと。ホタテの貝柱だけでなく耳(ひも)も入れて、ホタテの出汁もしっかり感じる「帆立のり」が完成しました。平成12年の発売開始以来、今でも多くの方に購入され、リピートいただく愛され商品です。

ーー鳥谷部さんのその斬新なアイデアはどこから出てくるのでしょうか?

鳥谷部
:過去にさまざまな事業をやる中で、全国を飛び回ることも多くありました。私、食に関しては貪欲なので。笑 各地に行く度に、どんな食材を使ったどんな商品が人気なのか、いつも見てたんです。だから、「日本中どこを探してもないだろう」というアイデアは湧いてきますね。あとは、これまでたくさんの事業を経験したことで、多角的な目線で物事を見れるようになったのも理由かもしれません。何事も本当に無駄ではなかったと感じてます。

私は「よそにないものを作りたい」とよく言ってるんです。素材も含めて猿払オリジナルだからこそ、「猿払」の名前を世に出すことができる。今後また新しい商品を作るとしても、猿払をPRするため、必ず地元産にこだわり抜いていきますよ。

あらゆる地図に猿払の名を記す

猿払産の食材にこだわり、オリジナル商品を作り続けるヤマトさるふつ観光。歩みを止めず猿払の観光の幅を広げていく背景には、鳥谷部さんのある想いがありました。

ーー創業からとても順調に進んでいたように思えますが、苦労したこともあったのでしょうか?

鳥谷部
:もちろん、苦労もあります。2020年は新型コロナの影響で観光ツアーが全部中止になり、客足が一気に遠のきました。ホテルに人が入らなくなり、現地の土産店も閑古鳥。辛かったですね。でも、その状況下でも何かできないかと考え、家庭でも楽しめる商品の開発を思い立ちました。

そこで生まれたのが「ホタテ餃子」です。2020年5月頃に試作を始め、7月頃に通販で販売を開始しました。ありがたいことに「ホタテ餃子」もリピートしてくれるお客さんが多くて、発売から間もなく人気商品になってくれました。

ーーすごいスピードです・・。時代に合わせて商品を開発し、ピンチから抜け出したのですね。

鳥谷部
:でも、ネックになっているのが、猿払のホタテが年々高くなっていること。原価の上昇で厳しくなってきてますが、絶対他のホタテを使うなんてことはしません。今後も猿払のものを使って作り続けるつもりです。

ーー次々にオリジナル商品を開発するのって大変だと思うのですが。新しい商品を作るのには何か理由があったりしますか?

鳥谷部
:あらゆる地図に「猿払」の名前を入れたい、という想いがあるんです。天気予報とか、旅行会社で貼られる地図とかに、猿払の印がないのが悔しいと感じてました。猿払オリジナルの商品を作って、どんどん世に出せば、猿払の名前が知られる。そうすれば、猿払も地図にのると考えました。今ではありがたいことに少しずつ地図に記されるようになってきて、やっぱり嬉しいですよね。

ーーそんな想いがあったのですね。
以前の事業から、鳥谷部さんは挑戦心が強いイメージですが、新たなことに取り組むって怖くないですか?

鳥谷部
:今のように豊かだと、新しいこととか、こんなに考えは張り巡らせたりしないですよ。昔は本当に大変な時代でした。実は学生の頃、身内が人の保証になったために困窮に陥りました。長男である私が借金を抱えることとなり、学校に通いながら働く生活をしていました。「明日も家族みんなで生きのびるためには、どうすればいいか」って、ずっと考えながらやってましたね。

そんな時に、電車の中で「広島や松島で牡蠣の養殖に使うホタテの貝殻が足りない」という話を聞いて、うちにあった貝殻を売ることにしたんです。それが私が初めて立ち上げた事業。学生服を着たまま、大量の貝殻を貨車や船で現地に運んで出荷し、稼いでいました。

小さい事業でも新しいことを始める時は、必ずもう一方で違う案を考えます。A案がダメだった時のためにB案も事前に考える。「万が一の構想」を大事にしてます。だからたくさん事業を立ち上げても、一度も失敗したことがないんです。それだけが自慢ですね。猿払のホタテも、これからずっと獲れるとは限りません。だから、万が一のことも考えて次の手を用意しておくべきだと思います。

「人のやっていないことを先にやる」「今までの経験を生かす」「時代にあわせて新しいことに挑戦する」この3つは、がむしゃらに必死でやってきたからこそ、たどり着いた考えです。

鳥谷部会長 旅行会社総会時 13年ほど前のお写真(写真提供:ヤマトさるふつ観光)
鳥谷部会長 旅行会社総会時 13年ほど前のお写真(写真提供:ヤマトさるふつ観光)

感謝の気持ちで接することが一番のお土産

「時代が変わっても、変わってはいけないものもある」と鳥谷部さんは語ります。時代の変化に合わせて、新たな切り口で前進してきたヤマトさるふつ観光がこれから描く、未来について伺います。

ーー鳥谷部さんにとって”観光”とはなんでしょう?

鳥谷部
:「この地を訪れたお客さんに喜んでもらうこと」が観光だと思っています。ここに広がった草原、きれいでしょ?でも景色だけでは観光にならない。観光は景色、食、ストーリーが揃っていることが大切です。

道の駅さるふつに広がる草原
道の駅さるふつに広がる草原

うちでは、レストランの食事の説明を必ずスタッフがするんです。猿払のホタテはどうやって育って、他とはどういう違いがあるのか、食べ方、干し貝柱の料理の仕方、冷凍ホタテの戻し方など、10分ほど説明します。そしたら「この説明を聞けただけで北海道に来た甲斐があった」って言ってくれる方も多くて。みんな現地での交流や、ストーリーを求めているんだなと感じました。そこから、食と景色、そしてストーリーも意識するようになりましたね。

猿払村には神秘的な大きな沼がいくつかあります。今後は許可が下りれば、ここに土台船を浮かべて、その上に龍神・ホタテ神社を造りたいな〜とも構想してます。神話って、昔から語り継がれて今もあるもの。語り継がれる何かを残していきたいと思っています。

ーーこれから猿払村でどういう未来を描いていきたいですか?

鳥谷部
:みんなが優しい気持ちを持った、あたたかい町をつくっていきたいです。うちのスタッフによく言っているのは「芯からのありがとうの気持ちを忘れないで接する」ということ。浜言葉方言でも、気持ちがこもっていれば絶対に伝わる。
時代が変わっても、変わってはいけないことってあると思うんです。あたたかさって人に連鎖していくもの。誰かを助けたり、その優しさが次の誰かの手助けにつながったり。だから、気持ちで接することが皆さんへの一番のお土産だなと思っています。

「そろそろ引退かな〜と思いつつ、もう一ついいものを作りたいと思ってるんです。結果的に死ぬまでやってそうだなぁ」と鳥谷部さん。楽しそうに未来を見据える姿がとても印象的でした。

後日、鳥谷部さんのおもてなしで、コロナ禍で開発したホタテ餃子を試食。中にはホタテほたての貝柱とひき肉が入っており、噛んだ瞬間に中からジュワッと肉汁とホタテの出汁が溢れ出します。優しい味わいの餃子で、お子さんから大人まで楽しめる一口食べたらクセになる餃子です。

ヤマトさるふつ観光の商品には、猿払村を大事に想う気持ちが詰まっています。ぜひみなさんの食卓にも。一口でそのあたたかさを感じられますよ。

会社情報

事業者名 有限会社ヤマトさるふつ観光
〒098-6222
北海道宗谷郡猿払村浜鬼志別3467-33
電話 0163-2-3763

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